第104話 お詫びの品

 今日の講義は昼からの予定なので午前中は寮でゆっくりとするつもりだったのだが、食堂でいつものように朝食をとって寮に戻ろうとするとケモ耳少女に呼び止められた。

 なんでもケモ耳少女の話によると、予定していたオークションが冒険者ギルドとの合同開催になったため、開催が延期されることになったそうだ。そのため、空間拡張の魔導具の貸し出し期間と、売り上げの支払いを一ヶ月延ばして欲しいと言う話をされたのだ。


「本当はパパが説明に来るのが筋なのだけど……」


 魔法学院は関係者以外の立ち入りが原則禁止となっている。

 それは家族であっても例外はなく、かなり厳しく制限されているそうだ。

 それで娘に伝言を頼んだというのは納得の行く話だが、


「別に構わないんだぞ? 一ヶ月延びたくらいで、そんなことをしなくても……」

「ダメ。商人は信用が第一だから」


 ケモ耳少女から何か欲しいものはないかと尋ねられたのだ。

 特別なにかをしてもらう理由はないのだが、それではケモ耳少女の親父さんの面子が立たないらしい。

 言いたいことは分からない訳ではないのだが、急に言われてもな。

 お金に困っていると言うことはないし、これと言って欲しいものがある訳でもない。


「強いて言うなら珍しい魔導書があれば欲しいかな」 

「ん……伝えておく。でも、それだけ?」


 それだけって……魔導書は安いものではない。十分過ぎると思うのだが?

 あとは欲しいものと言えば、魔導具くらいだが……金髪エルフと買い物に出掛けた時、魔導具もいろいろと見て回ったけど、これと言って興味を惹かれるものはなかった。

 大抵のものは自分で作れるしな。こればかりは仕方のない部分もある。

 欲しいと思ったものは、ほとんどの場合は自分で作った方が早いからだ。

 

「あ……」


 一つだけ欲しいものが思い浮かんだ。

 これは欲しいものとは少し違う気がするけど、不満に思っていたことがあるのだ。


「工房付きの家が欲しいな」


 ずっと寮住まいなので錬金術の研究が出来ないことが、不満と言えば不満だった。

 ケモ耳少女の商会で良い物件を紹介してくれるのなら助かる。

 余り高い家賃は払えないけど、そこそこの物件があれば引っ越したいと思っていた。


「ん……わかった」


 小さく頷くと、そのまま走り去るケモ耳少女。

 しかし信用が命とはいえ、商会の経営も大変だなと感心させられるのだった。



  ◆


 

 あれから一週間。

 確かに俺は家を紹介して欲しいとケモ耳少女に言った。

 しかし、それは普通の賃貸物件で良かったはずなのだが――


「ここです! 如何でしょうか?」


 ケモ耳少女の親父さんに案内された場所には、アインセルトくんの家ほどではないが部屋数が二十はありそうな豪邸が建っていた。

 庭もそれなりの広さがあり、軽い運動なんかも出来そうだ。

 物件としては申し分ない。文句の着けようがないくらいの建物なのだが――


「……高いんじゃないのか?」


 家賃が凄まじく高そうだ。

 残念ながら俺の給料で住めるような場所とは思えない。


「いえ! お代など頂けません。勿論、無料タダで提供させて頂きます!」


 そう思っていたら、とんでもないことを言ってきた。

 この豪邸が無料? もしかして訳あり物件と言う奴なのだろうか?

 そう言われて見返してみると、お化けが住んでいそうな雰囲気がある。


「実は、この物件はアインセルト家の当主様に紹介して頂きまして、お詫びの意味を込めて費用の方は商会とギルドで負担させて頂くことで話がついております」


 どうしてギルドの名前がここで出て来るのかと思ったが、そう言えばギルドとの合同開催になってオークションの開催が遅れることになったような話をケモ耳少女がしていたな。

 アインセルトくんの親父さんが絡んでいる事情は分からないが、俺にとって悪い話ではないような気がする。


「それで如何でしょうか?」


 どこか不安そうな表情で尋ねてくるケモ耳少女の親父さん。

 やはり、幾らお得と言っても事故物件を押しつけるのは、不安があるのだろう。

 しかし、ここが訳あり物件でも俺は錬金術師だ。

 仮にお化けが住み着いているのだとしても、対策は幾らでも講じられる。


「ここで問題ない。早速、今日から住めるのか?」

「え、はい。それは構いませんが……」


 嘗ては貴族の屋敷だったそうなのだが二十年以上放置されていたとかで、庭には雑草が生い茂っていて家の状態も良くないので、俺の了承が得られたら業者を手配するつもりだったと話をされる。

 しかし、そこまでしてもらうのはさすがに悪い気がする。

 それにどうせなら自分でいろいろと手を加えたいしな。

 なので、屋敷に手を加える許可を貰った上で自分で修繕することにするのだった。



  ◆



「なに――職人の手配は不要だと?」

「はい。すべて、ご自分でなされると言うことで……」


 マルタ商会の会頭から説明を受け、目を丸くするアインセルト家の当主。

 無理もない。あの規模の屋敷を職人の手を借りずに一人で修繕するなど、普通に考えればありえないことだ。

 なのに職人の手配を断った。

 そこには何か理由があるはずだと考える。


「工房のある家を探していると言っていたな。それが理由・・か」

「はい、恐らくは……」


 アインセルト家当主の考えに、会頭も同じことを考えていたようで頷く。

 優れた魔法の知識や技術は秘匿されて当然のもので、王侯貴族の家では代々当主となる跡継ぎのみに継承されるものも少なくない。そのため、工房を屋敷内に構えるということは情報の漏洩を防ぐためだと察せられる。

 それなら職人と言えど、余所者を屋敷に入れたくない事情は理解できる。

 

「しかし、本当に一人で屋敷の修繕など可能なのでしょうか?」 


 本来であれば職人を雇い入れ、半年は掛けて行うべき工事だ。

 人を集めて急いだとしても、あれほどの工事となれば三ヶ月は掛かることが予想される。そんな工事をたった一人で行うなど、本当に可能なのかと会頭が首を傾げるのも無理のないことだった。

 しかし、


「恐らくは可能なのだろう。彼は〈錬金術師〉なのだから」


 本物の〈錬金術師〉であれば、それも可能なのだと当主は考えていた。

 錬金術師に関してそれほど詳しい訳ではないが、この国の女王――〈至高の錬金術師〉については様々な逸話が残されている。

 そのなかでも有名なのが一夜にして城を建てたというものだ。

 なにをバカなと思うかもしれないが、この話はアインセルト家が保管する文献にも記されていることだ。

 一夜にして城を作り、僅か十日で街を造り上げてしまったと――

 もし、椎名が本物の〈錬金術師〉であるなら、同じことが出来たとしても不思議ではない。それに当主は椎名が〈錬金術師〉であることを、もはや疑っていなかった。娘を救われた後、椎名の学院での評判についても調査を行ったからだ。

 マルタ商会の会頭のことを知ったのも、その調査の過程からだった。

 しかし、調査の結果上がってきた報告は、どれも信じがたいような内容ばかりであった。

 三十を超える魔導具を同時に使いこなし、深層のモンスターの素材を惜しみなく学院の講義で用い、更には〈賢者の石〉を取り引きする現場を見たという生徒の証言まで調査報告書には記されていた。

 どれも証拠となるものはなく噂の域をでない話で、以前なら荒唐無稽な内容だと切り捨てていたかもしれないが、〈万能薬〉や〈神樹の酒〉と言った現物を目にした後では信じるしかない。

 同じ物を用意できる魔法使いが、この世界にどれだけいるだろうか?

 少なくとも〈巫女姫〉や〈魔女王〉に比肩する立場でなければ不可能だと言い切れる。それは即ち、この国の女王――〈至高の錬金術師〉に並び立つ力を持つと言うことだ。

 それだけの力を持つ者が〈錬金術師〉を名乗っているという事実。自分のような凡人に推し量れるような相手ではないと、アインセルト家の当主は椎名のことを高く評価していた。

 

「しかし、そうすると使用人の手配も控えた方が良いやも知れぬな」

「はい。〈錬金術師〉様のお屋敷となると、秘匿すべき情報も多いでしょうから……」


 今回のように断られるのがオチだという結論に至る。

 それでも無理を通せば、関係を悪化させることに繋がりかねない。

 慎重に動く必要があることを、二人は確認しあうのだった。

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