第102話 お見舞いの品

 無事に妹さんは助かったそうなので寮に帰ろうとしたのだが、


「どうか、これまでの非礼を許して欲しい!」


 アインセルトくんの親父さんに土下座をされ、夕飯をご馳走になることになった。

 謝罪をされる理由がさっぱり分からないが、御礼をしてくれると言うのなら断る理由もない。

 貴族の家の晩餐には興味もあるしな。


「お客様。夕食の準備が整いましたので、どうぞこちらへ」


 そう言って、屋敷のメイドに案内されたのは大きな食堂だった。

 赤い絨毯に天井にはシャンデリアのように煌びやかな照明が確認できる。そして、白いテーブルクロスがかけられた十人以上は一緒に食事が取れそうな長い食卓の上には、食べきれないほどの豪華な料理が並んでいた。


「先生! こちらの席へどうぞ!」


 どこに座ればいいのか分からずに悩んでいると、アインセルトくんが席を引いてくれた。

 家族想いなことも分かったし、今日一日で俺の中での彼の株価は上昇中だ。

 まあ、最初の印象が悪かっただけで授業も真面目に受けているしな。

 少し猪突猛進なところはあるが、やはり根は悪い子ではないのだろう。


「錬金術師殿、貴殿は娘の恩人だ。ささやかながら晩餐を用意させてもらった。この程度で恩を返せるとは思っていないが、今日は楽しんで帰って欲しい」


 そして、アインセルトくんの親父さんも人格者のようだ。

 娘の恩人とはいえ、こんな黒ずくめの怪しい男にもちゃんと対応してくれるしな。

 まさに紳士の対応。器の大きな人なのだと分かる。

 しかし、本当に絢爛豪華な食事だ。高級な食材を使い、手間暇を掛けた料理であることが見た目からも察せられる。冒険者ギルドで食べた料理も悪くはないが、こういう高級なディナーも苦手と言う訳ではない。

 楽園のメイドたちが用意してくれる普段の食事は、どちらかと言うとここに並んでいるような料理が多いしな。過去の世界に跳ばされて、まだ一ヶ月ほどしか経っていないが懐かしい気持ちになる。


「ほう……ああ、これは失礼。食事を取られる所作が実に様になっていたもので……」


 それほどでもないと思うが、メイドたちの主人を三十年以上もやっていればテーブルマナーくらいは身につく。

 それに、この手の作法についてはレギルに叩き込まれたしな。

 俺から教えて欲しいと頼んだのだが、あれで意外とスパルタなのだ。

 お陰で恥を掻かなくて済む程度には、基本的なマナーを習得できたと思っている。

 月面都市の式典を無事に乗りきることが出来たのも、そのお陰と言って良い。


「しかし、実に優雅で洗練されている。幼い頃から教育を受けていなければ、一朝一夕で身につくものではないと思うのだが……もしや貴殿は名のある家の生まれなのでは?」

「父上、あれこれと詮索するのは先生に失礼ですよ」

「はは……これは失礼、悪い癖でね。他意はないのだ。許して欲しい」


 そう言って頭を下げるアインセルトくんの親父さん。

 とはいえ、俺も自分で怪しい人間だという自覚はあるので、詮索されたくらい怒ったりはしない。

 むしろ、丁寧に対応してくれることに内心では恐縮しているくらいだ。

 しかし、料理は美味いのだが――


(やっぱり酒は薄味なんだよな)


 冒険者ギルドでも思っていたことだが、この国の酒は味が薄い。

 まずいとまでは言わないが、ワインを水で薄めたような味には慣れない。

 折角、晩餐に招待してもらったのだから酒くらいは俺が提供するか。


「よかったら、これで一杯やりませんか?」

「……それは?」

「俺の作った酒です」


 黄金の蔵から酒の入った瓶を何本か取り出す。

 自分で言うのもなんだが、この酒に関してはかなりの自信がある。

 以前、日本の総理にもプレゼントしたのだが、人に勧められるレベルの出来だと自負していた。

 なにせ世界樹の果実・・・・・・で作った酒だしな。


「旦那様、私が毒味を……」

「いや、よい。注いでくれ。我が家の恩人の好意を疑うような真似はしたくない」


 執事と思しき初老の男性が毒味を申し出るも、それを拒絶する親父さん。

 屋敷の大きさを見れば偉い人だというのは分かるし、毒味くらいで怒ったりはしないのだが律儀な人だと思う。


「美味い! なんだ、この酒は――」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。

 自分の作った酒を美味いと言ってもらえるのは、やはり嬉しいものだ。


「たくさんあるので、遠慮せずに飲んでください。よかったら何本か置いていきますよ」

「それは嬉しいが、これでは御礼になっていないな……」


 苦笑する親父さんに、遠慮せずにと言って酒を勧める。

 実際、売るほどはないが気に入った相手や身内に配るくらいは余裕であるしな。

 今日は良い体験をさせてもらったし、なにより歳の近い同性の知り合いは貴重だ。

 これからもアインセルトくんの親父さんとは仲良くさせてもらいたいと思うのだった。



  ◆



 そろそろ夜も更けてきたし帰ろうとしたところで――


「妹に会って欲しい?」

「はい、まだ体力が戻っていないので晩餐の席には呼ばなかったのですが、怒らせてしまったようで……」


 アインセルトくんから妹に会って欲しいと頼まれた。

 どうやら一人だけ仲間外れにしたことで、怒らせてしまったらしい。

 それで俺に助けを求めるのはどうかと思うが、薬の効き目を確かめておきたいので案内してもらうことにした。

 まだ体力が戻っていないと言う話だし、相当に重い病だったのだと察せられるからだ。


「ミラベル、先生を連れてきた。入るよ」


 案内された部屋の前で、コンコンと扉を二回ノックするアインセルトくん。

 ミラベルというのが妹の名前のようだ。

 アインセルトくんの後を追って部屋の中に入ると、さわやかな花の香りが出迎えてくれた。

 たぶん、リラックス効果のある香水や香炉と言った感じだろう。


「先生、紹介します。彼女が妹の――」

「ミラベル・アインセルトです。〈錬金術師〉様、お会い出来て光栄です」


 アインセルトくんの言葉を遮って、優雅にお辞儀をする少女。

 背中に掛かるくらいの亜麻色の髪に、百五十センチに満たない小柄な体型。

 髪の色は違うが、どことなくレミルに似た雰囲気の少女だった。

 彼女がアインセルトくんの妹か。思っていたよりも元気そうで安心する。

 しかし、


「シイナだ。どうやら薬の効果はあったようだな」

「はい。〈錬金術師〉様のお陰で――あ」

「せ、先生!?」


 体力が回復していないというのは本当のことだったようだ。

 化粧で誤魔化しているが、随分とやつれていることが見て取れる。

 手を取って確認してみると分かるが、腕なんて相当に細いしな。たぶん、ずっと寝たきりだったのだろう。

 どうにかしてやりたいと思うが、余り薬に頼り過ぎるのも身体に良くないか。

 なら、ここは――


「これをやろう。まだ食欲は湧かないと思うが、果物なら食べられるだろう?」

「え、はい。頂いても、よろしいのですか?」

「ああ、俺からのお見舞いの品だ」


 黄金の蔵から〈世界樹の果実〉を入れた果物かごをプレゼントする。

 お見舞いの品と言えば、やはり果物が定番だしな。

 それに〈世界樹の果実〉には霊薬のように部位欠損を治す力はないが、体力を回復する効果がある。

 弱っている身体でも、これなら食べられるだろう。


「早く元気になってお兄さんを安心させてやれ」


 いつもレミルにするみたいに、咄嗟に頭を撫でてしまい嫌がるかと思ったが、


(よかった。嫌がっている素振りはないな)


 気持ちよさそうな表情を浮かべるアインセルトくんの妹を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 やはり、どことなくレミルに似ている気がするのだった。

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