第100話 色神
金髪エルフと冒険者ギルドに出向いた翌日、
「俺が試験監督ですか? まだ早いと思うんですが……」
「大丈夫、キミならやれる! というか、キミに断られると困るのだ。儂を助けると思って引き受けてくれんか!?」
タイミングをはかったかのように、俺の元にも試験監督の話が舞い込んできた。
上手く断ろうとしたのだが、
そんなに人手が足りていないのだろうか?
課題は〈レッドオーガの皮〉をダンジョンから持ち帰ることとなっていた。
そのことを金髪エルフに話すと――
「課題が〈レッドオーガの皮〉の提出? 学院の試験で深層に向かうなんて普通じゃないわよ……」
そんなことを言われて、首を傾げる。
深層のモンスターと言っても、ドラゴンやベヒモスではないのだ。
試験の内容としては妥当じゃないかと思っていたのだが、
「担当するパーティーは……〈英雄の集い〉? ああ、それで……」
「英雄の集い?」
「生徒会のパーティーよ。いまの生徒会は〈黄金世代〉と呼ばれていて、生徒会長のオルテシアさんはミスリル級の冒険者にも匹敵する実力者だと言われているわ。レイチェルさんのお姉さんよ」
生徒会のことも初めて聞いたが、意外な繋がりに驚く。
縦ロールのお姉さんか。やはり、姉も縦ロールなのだろうか?
しかし、なるほどな。学院でもトップクラスに優秀な生徒だから、課題の内容も難しくなっていると言うことか。
「それでも、この課題の内容は……」
金髪エルフは課題の内容に納得が行っていないようだ。
それだけ生徒のことを心配していると言うことなのだろう。
「そういうお前は、どんな生徒を担当することになったんだ?」
「私が担当するパーティーの名前は〈アルケミスト〉――あなたのクラスの生徒たちよ」
◆
「よろしくね。姉さんが私たちのパーティーの担当になったんでしょ?」
「どこでそれを――」
その情報をどこで知ったのかと訝しむエミリア。
試験の監督役については、当日まで生徒に告知されないことが決まりとなっているからだ。
これは試験での不正を防ぐための対応でもあった。
たまにいるのだ。監督役の講師を買収して試験に合格しようとする生徒が――
もっとも、そういう生徒は実力が足りていないことから早死にすることが多い。
ダンジョンは彼等が考えているほど甘い場所ではないからだ。
「言っておくけど――」
「身内だからって甘い採点はしないって言うんでしょ?」
はいはいと適当に流す妹の態度に呆れながらも、釘を刺すエミリア。
とはいえ、その態度が自信に裏打ちされたものだとエミリアには分かっていた。
学院の試験程度では、イスリアの実力を測ることは出来ないからだ。
イスリアの実力はミスリル級の冒険者に匹敵する。
純粋な戦闘力だけを言うなら、エミリアよりも上だった。
「あなたが強いのは分かってるけど油断は禁物よ。ダンジョンは何があるか分からないんだから……」
心配するエミリアを見て、失言だったとイスリアは気付く。
ダンジョンで怪我を負った両親のことを思い出させてしまったのだと察したからだ。
一命は取り留めたものの、二度と冒険者として活動できないほどの怪我を二人の両親は負っていた。すべては
稀にダンジョン内部で発生する異常事態。そのなかでも特に危険とされるのが、特殊個体――ユニークモンスターとの遭遇だ。しかも、二人の両親のパーティーが遭遇したユニークモンスターが現れたのは深層の大森林だったのだ。
ユニークモンスターの力は、その階層に出現するモンスターの力を大きく凌駕する。例えるなら下層に現れたユニークモンスターは、深層に出現するモンスターに匹敵する力を持つ。
そして、深層はダンジョン攻略の最前線。ダンジョンの
生きて帰ることが出来ただけ、運が良かったと言えるだろう。
「分かってる。油断をするつもりはないから安心して。それに、ダンジョンに潜るのは私一人じゃないしね」
姉を安心させるために、そう言って笑みを浮かべるイスリア。
深層のモンスターが相手でも、一対一なら余裕で狩れるだけの実力がイスリアにはある。例え、ドラゴンが相手だったとしても後れを取ることはないだろう。
しかし、今回は学院の生徒と一緒にダンジョンへ潜るのだ。当然、本来の実力を見せる訳にはいかない。
彼女の役目は、巫女姫の後継者であるエミリアを陰から護衛することにあるからだ。そのために厳しい訓練に耐え、ミスリル級の冒険者に匹敵するほどの力を身に付けた。
生徒に扮して学院に潜入しているのは、そのためだ。
当然、エミリアもイスリアの役目については知っていた。
エミリア自身は納得はしていないのだが、イスリアを護衛役に選んだのは〈巫女姫〉だからだ。
「そう言えば、先生は〈英雄の集い〉の担当になったんだよね?」
また、どこで知ったのか?
生徒の知るはずのない情報を口にするイスリア。
もう何を言っても無駄と諦め、エミリアの口からは溜め息が溢れる。
「深層のモンスターが課題の対象になっているって話、本当なの?」
「……ええ、本当よ」
どうせ調べればすぐに分かることだと考え、エミリアは素直に答える。
それにエミリアもこの課題については、どこかおかしいと感じていた。
卒業試験でさえ、課題で相手にするのは下層のモンスターが精々なのだ。
実際、イスリアのパーティーの課題も中層のモンスターの素材を取ってくるというもので、試験の内容としては妥当と言えるものだった。
なのに学院の試験で、深層のモンスターの素材が課題にだされるなど本来はありえない。
幾ら生徒会のメンバーとはいえ、危険過ぎるとエミリアは感じていた。
「ふーん、本当なんだ。でも、彼女の実力ならありえるかもね」
「オルテシアさんって、それほどの実力者なの? ミスリル級の冒険者に匹敵するとは噂されてるけど……」
「強いよ。たぶん私と同じくらいの実力はあると思う」
イスリアと同等と聞いて、驚くエミリア。
それだとミスリル級のなかでも上位の実力を持つと言うことになるからだ。
学院の生徒のなかでは、間違いなく最強の実力者と言って良いだろう。
「暇があればダンジョンに潜っているみたいだし、彼女のユニークスキルは強力だしね」
「そう言えば〈赤〉の権能を彼女は授かっているって話だったわね」
この時代のユニークスキルは現代のものと異なる点があった。
それが、
赤、青、緑、紫、白、黒の名を持つ六つの国で信仰される神々。これらの色が名前に含まれている権能が、この時代ではユニークスキルと呼ばれていた。
ちなみにイスリアは〈緑〉の権能を所持していて、風の精霊の加護を色濃く受けている。そのため、彼女の髪の色は鮮やかなエメラルドグリーンをしていると言う訳だ。
そのなかでも一つだけ例外とされる七つ目の色があった。
それが〈金〉――
エミリアが〈精霊の一族〉のなかでも特別視される理由がここにあった。
「深層でも通用する実力はあると言うことね。それでも……」
全員がオルテシアのように強い訳ではない。
やはり、この試験には何かあると不安を覚えるエミリアを見て――
「そう言えば、姉さん。ずっと気になってたんだけど、先生と何かあった?」
「え……別に何もないわよ?」
場の空気を和ませようと思ったのか、イスリアは気になっていたことを尋ねる。
しかし、誤魔化すように視線を逸らすエミリア。
そんなエミリアの分かり易い反応に、イスリアは呆れる。
いつ
「その指輪、先生からのプレゼントだよね?」
「ど、どうしてそれを……」
「昨日からずっと嬉しそうに指輪を見て、にやけてたじゃない」
それで気付かない方がおかしいとイスリアは反論する。
しかもエミリアが椎名から貰った指輪をつけている左手の薬指は、精霊の一族にとって特別な意味を持っていた。
一族の祖先が最初に契約したとされる原初の精霊。
その契約の儀式から伝わった特別な意味が――
「今日は寝かさないから、そのつもりでいてね」
妹に肩を掴まれ、涙目になるエミリア。
こうして姉妹の長い夜は更けていくのだった。
後書き
連載開始から凡そ三ヶ月。お陰様で百話を達成しました。
これからも応援よろしくお願いします。
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