第97話 冒険者ギルド
あっと言う間に金髪エルフと約束した日がやってきた。
前と同じように噴水で待ち合わせをした俺と金髪エルフは、冒険者ギルドへ向かっていた。
冒険者ギルドは
危険ってどういうことだと首を傾げていたら――
「今日も派手にやってるわね」
爆発音と共にギルドの出入り口から二メートルほどある大男が飛び出してきた。
なにかに吹き飛ばされたらしく、白眼を剥いて気絶している。
なるほど……危険というのは、こういうことか。
時代は違えど、やはり冒険者も現代の探索者とそう変わらないらしい。
日本の探索者が他より
「これに懲りたら、もう俺の女にちょっかいを掛けるのはやめるんだな」
ギルドの出入り口から、左右に女を侍らせた色男が姿を見せる。
背格好は俺と余り変わらないが背中に剣を担ぎ、肩まで伸びた髪の色と同じ派手な金色の鎧を着ていた。
耳が長く尖っていることから、恐らく金髪エルフと同じ種族なのだろう。
「エミリアじゃないか!」
そんな色男が金髪エルフの名前を呼んで、こっちに近寄ってきた。
やはり知り合いだったようだ。
「気安く名前を呼ばないでくれる? アドリス」
名前を呼ばれて、どこか不機嫌そうに対応する金髪エルフ。
なんとなく嫌がっているような感じがすることからも余り仲は良くないようだ。
確かに見た目は完全に夜のホストって感じの色男だしな。
女を侍らせていて、金髪エルフが苦手そうなタイプのような気がする。
「なんだ? お前は?」
そんなことを考えていると、何故かこちらに矛先が向く。
まさか、こいつ心が読めるのだろうか?
「
俺と色男の間に庇うように割って入る金髪エルフ。
この展開。どこかで見たことがあるなと思っていると、
「彼だと!? おい、お前――エミリアとどういう関係だ!」
金髪エルフとの関係を問われ、どう答えたものかと俺は考える。
相談に乗ってもらったり、食事を奢ってもらったり、仲は悪くないと思う。
たまにだが、俺の方からも相談に乗ってやったりもしているしな。
いまのところ世話になっていることの方が多いのだが、敢えて言うのなら――
「大切な仲間だ」
俺にとって金髪エルフは学院の同僚。大切な仕事仲間だった。
◆
「お前、覚悟しろよ!」
正直に答えただけなのに、俺はまた何故か訓練場に立っていた。
今度は学院ではなくギルドの訓練場だ。
色男と
「ごめんなさい。あのバカが迷惑を掛けて……」
「気にするな。お前が悪い訳じゃない」
喧嘩をふっかけてきたのは色男の方だしな。
金髪エルフが悪い訳じゃない。
「でも、大切な仲間だって言ってくれて嬉しかった」
そう言って、俯く金髪エルフ。
これで「仲間だったの?」と返されたらショックを受けていたかもしれないが、金髪エルフも俺のことを同じように思っていてくれたようだ。
金髪エルフ以外に頼れる同僚はいないしな……。
他の講師と接する機会がない訳じゃないのだが、どうにも距離を置かれているようなのだ。だから金髪エルフに見捨てられると、俺はこちらの世界の学校でも孤立してしまうところだった。
「あなたなら大丈夫だと思うけど気を付けて。あいつ一応〈勇者〉と呼ばれているくらいだから」
勇者と聞き、シオンの弟が頭を過る。
真っ裸の彼と同じか……。まあ、女を侍らせているくらいだし、きっと〈勇者〉と呼ばれるようなヤンチャを過去にしてきたのだろう。
「別れの挨拶は済んだか? 俺のエミリアに近付いた報いを受けさせてやる」
「俺の? 彼女は嫌がっていたみたいだが?」
「そんな訳があるか! 俺と彼女は結ばれる運命にあるんだ!」
そうなのかと疑問に思い金髪エルフの方を見ると、首を左右に振って全力で否定していた。
あれだな。これはストーカーって奴だ。
金髪エルフが嫌がっていたのは、そういうことだったのか。
いるんだよな。相手の気持ちを考えず、勝手な思い込みで迷惑を掛ける奴が……。
その割に女を侍らせているし、金髪エルフが嫌うのも当然か。
「少しは彼女の気持ちを考えろ。お前のやっていることは、ただのストーカーだ」
「すとーかー? なんだ、それは?」
ああ、この時代では、まだそういう犯罪の括りはないのか。
あれって、どう説明すればいいんだろうか?
要約するのであれば――
「彼女に嫌われているのに気付かず、つけ回している迷惑な奴って意味だ」
間違ってないよな?
概ねあっているはずだと考えていると、
「もう絶対に許さん! 殺してやる!」
更に怒らせてしまうのだった。
◆
アドリスは〈精霊の一族〉のなかでも長老の一角に数えられる名家の生まれで、その才能は数百年に一人と呼ばれるほどの天才魔剣士だった。
エミリアほどではないが精霊の寵愛を色濃く受け、薄い金色の髪は精霊の頂点に立つ精霊王――世界樹の祝福を受けている証だ。
そのため、アドリスは〈青き国の勇者〉と呼ばれていた。
実際それだけの実力があり、彼が冒険者をしているのも一族の期待を背負ってのことだ。
「雷鳴よ、来たれ!」
黒い雲が空を覆ったかと思うと、雷がアドリスの魔剣に落ちる。
精霊魔法とそれ以外の魔法では、魔法式を必要とするかしないかに大きな差がある。自身の魔力を精霊に分け与えることで、代わりに魔法を行使してもらうのが精霊魔法だ。
だから本来であれば、複雑な工程を必要とする雷魔法も精霊に命じるだけで発動することが出来る。
こんな風に――
「
最高位の雷魔法を魔剣に乗せた一撃をアドリスは椎名に向かって放つ。
下手をすれば訓練場すら吹き飛ばしかねないほどの破壊力を持った一撃だ。
これだけの魔法が使える魔法使いは、国中を探してもそうはいないだろう。
野次馬の冒険者たちもまずいと思ったのか、慌てて身を庇うように頭を伏せる。
しかし、
「なに――ッ!」
驚きに目を瞠るアドリス。
それもそのはずだ。彼の放った一撃は障壁に阻まれ、椎名に届いていなかった。
それどころか、雷が跳ね返ってアドリスに襲い掛かる。
そして、
「うああああああ――」
光の奔流に呑み込まれ、アドリスは訓練場の外にまで弾き飛ばされるのだった。
◆
あの色男は何がしたかったんだ?
攻撃してきたかと思えば、どこかへ吹き飛んでいってしまった。
「嘘だろ。オリハルコン級の冒険者を一撃とか……」
「いけ好かない奴だが、実力は確かなはずだ。それを……」
野次馬たちが勝手なことを言っているが、これって俺の勝ちでいいのか?
そもそも俺は何もしていない。色男が勝手に自爆しただけだ。
派手な魔法だとは思ったが〈
相手の手札が分からないのに、最初から大技を使うのはリスクが高い。
普通は様子見から入ると思うのだ。それを怠った色男が悪い。
それよりも問題は――
「これ、どうしたものかな……」
風通しの良くなった訓練場を眺めながら溜め息が溢れる。
色男が吹き飛んでいった方角の壁が跡形もなく消し飛んでいたからだ。
これ、あとで修繕費とか請求されたりしないよな?
「おい、お前」
そんな風に悩んでいると、見知らぬ大男に声を掛けられた。
以前、日本で会った大入道を彷彿とさせるハゲ頭の大男だ。違いは肌の色くらいだろうか?
顔半分に紋様のような刺青をしたブラック大入道。
何者なのかと疑問に思っていると――
「バーグさん!?」
「〈金の乙女〉か。久し振りだな」
金髪エルフの声が訓練場に響く。
名前を叫んでいるようだが、このブラック大入道のことか?
それに〈金の乙女〉って?
「シーナ、紹介するわ。この人はバーグさんと言って、元オリハルコン級の冒険者でここのギルドを統括するギルドマスターよ」
どうやら、このブラック大入道はお偉いさんだったらしい。
派手に壊れた訓練場を見渡しながら、どうしようと不安に駆られるのだった。
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