第96話 噂の二人
椎名と金髪エルフが結婚を前提に付き合っている、と言う噂が魔法学院の生徒の間で広まっていた。
「おい、イグニス。お前、もしかして……」
「僕が先生のプライベートを言い触らす訳がないだろ! ソルム、キミじゃないのか?」
「いや、俺も言っていない」
一体、誰が――と首を傾げるイグニスとソルム。
しかし、四区の繁華街は魔法学院の生徒が多く利用する場所だ。
あんな風に腕を組んで歩いていれば、注目を集めても不思議ではない。
恐らくは他の生徒にも目撃されていたのだろうと二人は考えて、教室に向かっていたのだが――
「ん……先生なら昨日うちの店に来たよ。エミリア先生と一緒だった」
『お前かあああああ!』
イグニスとソルムの声が揃う。
廊下で女生徒に囲まれ、昨日のことを話しているアニタの姿を目にしたからだ。
しかし、
「聞かれたことに答えただけ」
アニタも自分が噂の出所であることを否定する。
実際、彼女は訊かれれば答えるが、自分から話を振っていく性格ではなかった。
そのことはイグニスとソルムもよく知っている。それだけにアニタが嘘を吐いていないと言うことが分かり、二人は再び首を傾げる。
そのため、
「やっぱり、誰か他の生徒に目撃されてたんじゃないか?」
「その可能性が高そうだな」
という結論にソルムとイグニスは至るのだが、
「皆さん、ご存じでしたか!? 昨日、シイナ先生とエミリア先生が仲良く腕を組んで歩いているところを偶然、目撃致しまして――」
教室でレイチェルに昨日の話題を振られ『お前かよ』と二人の心が揃うのだった。
◆
しかし、黒幕は別にいた。
「想定以上の成果ね」
レイチェルたちの話に耳を傾けながら、くすりと笑みを浮かべるイスリア。
エミリアが自分から腕を組んだり、いつになく大胆な行動にでたのは、すべて彼女が仕組んだことだった。
椎名と二人で買い物に出掛けると聞いて、敢えて目立つような行動を取らせたのだ。
とはいえ、それだけあれば、これほど噂になったりはしなかっただろう。
やはり学院内で、いま最も注目を集めている椎名とエミリアの二人だから、これほど噂になったのだとイスリアは分析していた。
ああ見えてエミリアも、男女問わず学院内で人気の講師だ。
講義が分かり易く面倒見が良いと言うのが理由の一つにあるが、妹のイスリアから見てもエミリアは美人だ。元々〈精霊の一族〉は容姿の整った美男美女が多いのだが、そのなかでもエミリアは特に美しく昔から男の視線を集めていた。
巫女姫の後継者に選ばれてからは更に人気に拍車が掛かり、祖国では『親衛隊』と言う名のファンクラブがあるほどだ。そんなエミリアと、本物の錬金術師が現れたと注目を浴びている椎名の熱愛発覚だ。
注目を集めないはずがなかった。
(外堀は順調に埋まっているわね。あと、もう一押しあれば……)
椎名が義兄になる日は近いと、イスリアは笑みを漏らす。
それこそ、彼女の目的だからだ。
勿論、エミリアにその気が無ければ、椎名との仲を取り持とうとは思わなかった。
一族のためと言うのは建て前にあるが、一番はエミリアの幸せを望んでのことだ。
(問題は頭の固い長老たちをどうやって説得するかだけど、それも霊薬のことを話せば黙らせるのも難しくないかな)
霊薬をエミリアが欲していたのには理由があった。
ダンジョンに潜っていた〈青き国〉の冒険者たちが壊滅的な被害を受けたのだ。
深層の大森林を開拓するため、結成した大攻略部隊。それがイレギュラーとの遭遇で壊滅的な被害を受け、命からがらダンジョンから帰還したものの生き残った者たちも手足を失うなどの酷い重傷を負っていた。
そのなかにエミリアとイスリアの両親の姿もあったのだ。だから大量の霊薬が必要だった。
生きて帰ってきた冒険者たちを救うため、どうしても霊薬を手に入れる必要があったのだ。
「おはよう。今日の講義を始めるぞ」
椎名が教室に入ってきたことで、慌てて席に着く生徒たち。
さすがに本人に真相を確かめる勇気はないらしく、あれだけ騒いでいたレイチェルも大人しくしている。
そんな生徒たちの様子に首を傾げながらも、椎名はいつものように講義を始めるのだった。
◆
こんなことを言うと自意識過剰と思われそうだが、今日はやたらと人に見られている気がするんだよな。
講義中も生徒たちの視線が背中に突き刺さるような感覚があったし……。
勉強には真面目に取り組んでいるようだったので、気の所為だと思うのだが――
「進級試験?」
「やっぱり知らなかったのね。一ヶ月後に実技の試験があるのよ」
いつものように食堂で日替わりメニューを食べていると、一ヶ月後にテストがあることを金髪エルフから聞かされた。
進級が掛かった大事なテストらしく、この時期は生徒も講師も大変なのだと説明される。
なるほどな。それなら生徒たちの様子がおかしかったのも頷ける。
「実技試験って、なにをするんだ?」
「五人一組のパーティーを組んで、課題で指定された素材をダンジョンに潜って取ってくるのが毎年の恒例ね」
「なるほど、そう言えば全員〈冒険者〉のライセンスを持っているんだったか」
「ええ、私も持っているわよ。ほら――」
そう言って、金髪エルフは胸元から銀色のプレートを取り出す。
五百円玉くらいの大きさのドッグタグのようなもので、中央に小さな魔石が嵌まっていた。
「ミスリル級の冒険者よ。凄いでしょ」
なにが凄いのか分からないが、プレートの素材はミスリルのようだ。
この時代の冒険者は鉱物で階級で表現しているのかと観察していると――
「シーナの階級はどうなの? やっぱり、あなたもミスリル級?」
「いや、俺は――」
金髪エルフに冒険者ランクを尋ねられた。
残念ながらギルドには登録していないことを、金髪エルフに伝える。
前から気にはなっていたのだが、冒険者ギルドに足を運ぶ機会はなかったしな。
「え、でも、ならどうやって、あれだけのモンスターの素材を? もしかしてモグリでもしてたの?」
「……モグリってなんだ?」
「ギルドに登録せずダンジョンに潜っている人たちのことよ」
「ダメなのか?」
「国によってルールは違うから違法とも言い切れないんだけど、ギルドに登録せずにダンジョンに潜っても良いことなんて何一つないわよ? ギルドを通さずに素材を売るのは手間が掛かるし、税金だって高くつくから――」
ギルドを通して売る方が税金が安く済むらしい。
先日、ケモ耳少女の家族が経営する店で素材を売却したが、あれもちゃんと税金が引かれているそうだ。
一応、商会に直接持ち込んだ方が高く売れるなどのメリットもあるので、ものによってはそちらの方が良いこともあるそうなのだが、買い叩かれるリスクもあることからギルドを通すことが推奨されているとの話だった。
「それにモグリをするような人たちってギルドに登録できない何かしらの理由がある人たちが多いから、実力はあっても怪しまれるのよね」
確かに言われてみると納得の行く話だ。
ようするに身分証のような役割も果たしていると言うことか。
「次の休みに冒険者ギルドに行きましょう。登録しておいた方が絶対に良いし、ライセンスがなかったら生徒の引率を頼まれた時に困るわよ」
「引率? そんなことまでするのか?」
「毎年、臨時の講師にも試験の監督役が回ってくることがあるのよ」
金髪エルフの話によると、試験でダンジョンに潜るパーティーには監督役の講師が同行するそうだ。
確かにそうしないと不正をする奴が出て来る可能性もあるしな。
安全も考慮して、試験の監督役を同行させていると言った感じなのだろう。
そういうことならライセンスはあった方が良いように思える。
違法じゃないと言っても、引率の先生が資格を未所持とか格好が付かないしな。
「理解した。なら、次の休みも一緒に出掛けるか」
「うん……あ、そうだ。〈巫女姫〉様の件なんだけど……」
そう言えば、と金髪エルフに頼んでいたことを思い出す。
急ぎと言う訳でないのでいつでも良かったのだが、どうやら確認してくれたらしい。
「いま城に滞在されているらしくて、すぐには連絡が付きそうにないの。伝言を頼んであるから、遅くとも一ヶ月以内には返事があると思うのだけど……」
金髪エルフの話を聞き、そういうことなら仕方ないと納得する。
偉い人のようだし、城に招かれると言うことは何か大事な仕事でもあるのだろう。
そう言えば、前から気になっていたことが一つあるんだよな。
「前から気になっていたんだが、どうして学院で講師をしてるんだ? 同行者って話だけど〈巫女姫〉についていなくていいのか?」
「ああ、そのことね。私もシーナと一緒で〈巫女姫〉様から推薦されたのよ」
文化交流の一環として互いの国の学生を留学させたり、講師を派遣する制度があるそうだ。大体、期間は半年から一年くらいで、金髪エルフが期間限定と言っていたのはこれが理由らしい。
楽園まで同行することになったのも〈巫女姫〉の推薦があったからのようだった。
金髪エルフの妹も、その交換留学を利用して学院の生徒をしているとの話だ。
「なるほどな。あの人、強引だったしな」
「〈巫女姫〉様にそんなことが言えるのはシーナくらいよ……」
紹介状を押しつけられた時のことを思い出しながら、俺の時みたいな感じかと納得するのだった。
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