第95話 オリハルコン硬貨

「お探しの魔導書と言うのは、黒い魔導書で間違いありませんか?」

「ああ、何か心当たりがあるのか?」

「いえ、黒い魔導書に心当たりはないのですが、もしかしたらと思いまして……」


 ケモ耳少女の親父さんの話によると〈魔女王〉から〈巫女姫〉が譲られたとされる魔導書が、もしかしたら俺の探している魔導書かもしれないと言う話を聞かされる。

 なんでも〈無形の書〉と呼ばれる魔導書らしい。この魔導書、話によるとスキルを封じ込める効果があるらしく、白から灰に、灰から黒へと封じ込められたスキルの力に応じて色を変化させるそうだ。

 親父さんも実物を見たことはないそうなのだが、白と青の二カ国では有名な魔導書という話だった。

 どうも話を聞く限りでは、ケモ耳少女の家族は〈白き国〉からの移住者らしい。


「ああ、あの魔導書のことね。確かに色が変化することは知られているけど、シーナが探している魔導書って黒一色だったのよね?」

「ああ、漆黒と呼んでいいほど深い黒色をした魔導書だ」

「ううん……あのね。〈無形の書〉ってスキルを封じる能力があるのは確かなんだけど、色が変化するのはスキルの影響じゃないのよ」


 金髪エルフの話によると、色が変化するのはスキルを封じ込めたからではなく魔導書が吸収した魔力の量で色が変化するらしい。しかし、過去に二百年ほど魔力を貯めた状態の〈無形の書〉を見たことがあるそうなのだが、その時は薄い灰色をしていたとの話だった。

 二百年で薄い灰色か。いや、でも仮に二万年ほど魔力を貯めたらどうなるんだ?

 単純計算で百倍だ。黒く変化しても不思議ではないような気がする。

 仮に俺の見た魔導書が〈無形の書〉だとすれば、封印されていたのは恐らく〈時間跳躍〉に関連したスキルだと推察できる。二万年分の蓄積された魔力が解放され、その影響で過去に跳ばされたのだとすれば――


(仮説としては、ありえなくないか)


 可能性として、ありえなくないという結論に至る。

 それを確かめるためにも、現物を確認しておきたいところだな。

 一目見れば、同じ魔導書かどうかは分かる。

 仮に同じ魔導書だったなら重要な手掛かりになるかもしれない。


「前に〈巫女姫〉の同行者に選ばれたとか言っていたよな? 無理を承知で頼むが紹介してくれないか?」

「確かにあなたには借りがあるけど……」


 困った様子で、難しい表情を浮かべる金髪エルフ。

 話を聞いている限りでは、相当に偉い人だというのは分かっているしな。

 俺も簡単に会えるとは思っていない――あ、そう言えば。


「〈巫女姫〉と思しき人から紹介状を貰ったんだが、これじゃダメなのか?」

「え? 巫女姫様の紹介状? なにそれ、聞いてないんだけど」


 黄金の蔵から以前もらった紹介状を取りだし、金髪エルフに見せる。

 採用試験に合格した後、紹介状は返してもらっていたのだ。


「本物ね。まさか〈巫女姫〉様と知り合いだったなんて……」


 偶然声を掛けられて宗教の勧誘と思しき強引さで紹介状を押しつけられただけなのだが、余計なことは言わないでおこう。実際この紹介状があったから魔法学院の講師に採用された訳で、助かったことは事実だしな。

 あの時の御礼も言いたいし魔導書の件がなくとも、もう一度会いたいとは思っていたのだ。


「いいわ。確約は出来ないけど〈巫女姫〉様にお伺いしてみる」


 さすが金髪エルフだ。頼りになる。

 いつも相談に乗ってもらっているしな。今度なにか御礼をしないといけないな。

 霊薬の素材とレシピくらいでは、対価として釣り合っていない気がする。

 俺の作った魔導具を一つ、なにかプレゼントするか?

 なにがいいかと考えていると――


「あの……錬金術師様。少々よろしいでしょうか?」


 畏まった様子でケモ耳少女の親父さんに商談・・を持ち掛けられるのだった。



  ◆



 親父さんが持ち掛けてきた商談と言うのは、モンスターの素材を売ってもらえないかという話だった。

 なんでも惜しげもなく珍しい素材を授業で使っているという話を娘から聞いていて、前から一度会ってみたいと思っていたそうだ。

 黄金の蔵には大量に余っている素材もあるし、売ること自体は問題がない。俺がモンスターの素材を売って金を得ようとしなかったのは、商人と交渉が出来るとは思えなかったことと相場が分からないからだ。

 その点から言えば、ケモ耳少女の親父さんなら信用できる。

 それに今なら金髪エルフもいるしな。


「どんな素材が欲しいんだ?」

「余っている素材でしたら、どんなものでも構いませんが……」


 なんでもいいとなると困るのだが……使いきれなくて仕舞ってある素材が大量にあるんだよな。

 大きな素材もあるし、カウンターに並べるのは無理がありそうだ。


「どこか広い場所はあるか?」

「それでしたら奥に倉庫がございますので、そちらで――」


 そう言って、俺と金髪エルフは店の奥に案内される。


「ここなら如何でしょうか?」


 それなりにスペースはあるようだが、やはり十分な広さがあるとは言えない。

 メタルタートルの甲羅とか置くと、店の倉庫がそれだけで一杯になりそうだ。

 とはいえ、店に備え付けの倉庫なら、こんなものか。

 いや、待てよ?


「店主、ここに魔導具を設置しても構わないか?」

「え……危険なものでなければ、構いませんが……」


 特に危険なものと言う訳ではないので大丈夫だろう。

 極ありふれた魔導具の一つだ。


「これでよしと」

「ちょっとシーナ、それってもしかして……」


 倉庫の中心に突き立てた棒状の魔導具に魔力を込めて起動すると、倉庫内の空間が拡張される。

 大凡、元の十倍。体育館くらいと言ったところだろうか?

 このくらいのスペースがあれば、それなりに素材を置く場所を確保できそうだ。


「素材は……まあ、適当に余ってるのをだせばいいか」


 これでも全部は置けないので、適当に種類を優先して倉庫内にモンスターの素材を積んでいく。

 欲しい素材があれば、あとで必要な数を言ってもらえればいいだろう。

 メタルタートル甲羅は……小さめのにしとくか。嵩張るしな。


「深層のモンスターの素材がたくさん……」

「この羽みたいなのって、なんのモンスターの素材よ。見たことないのに、物凄い魔力を感じるんだけど……」


 大量の素材を前に驚くケモ耳少女と金髪エルフ。

 金髪エルフが手に取っているのは天使の素材だな。

 あいつら大量に沸くから素材が飽和状態なんだよな……。

 正直、ゴブリンやスライム並に有り余る素材なので、それほど値が付かないのではないかと思っている。

 この時代の探索者は優秀だって話をユミルから聞いているしな。


「まだまだ大量にあるから必要な素材があったら数を言ってくれ」

「え、あ、はい……え?」


 親父さんの様子がなにやらおかしい。

 金髪エルフが驚くくらい名の通った商会のようだから、このくらいは見慣れていると思ったのだが――


「やりすぎよ! この店を潰すつもりなの!?」


 なぜか金髪エルフに怒られるのだった。



  ◆



 結局、全部は買い取ってもらえず、並べた素材の四分の一ほどを買い取ってもらうことになった。

 天使の素材なんて一つも買い取ってもらえなかったし、やはり価値が低いようだ。

 あと空間拡張の魔導具については魔導書の情報料として譲ろうと思っていたのだが――


「このようなものを頂く訳にはまいりません!」


 と言われたので、レンタルすると言うことで話が付いた。

 貸し出し期間はオークションを終えるまでとの話で、なんでも俺の売却した素材は半分をオークションに掛ける予定らしい。売却益の九割が俺の取り分で、商会の取り分は一割でいいそうだ。

 貰いすぎな気もするが、金髪エルフも何も言わないし、これが相場なのだろう。


「これが、その他の素材の代金です」


 そう言って渡された袋には、オリハルコンの硬貨が入っていた。

 見たことのない硬貨だが、これって使えるのだろうか?

 まあ、いまは特にお金に困ってないし、蔵に仕舞っておけばいいか。

 場合によっては〈巫女姫〉から魔導書を買い取る交渉しないといけないし、使えそうならその時に使えばいい。


「オークションの収益はアニタを使いにだしますので、その時に店まで取りに来て頂ければ……」

「分かった。手間を掛けるな」

「い、いえ、とんでもない! このような大商いに関わらせて頂いたことを光栄に思います!」


 さすがは商人。客をおだてるのが上手い。

 まあ、そっちの売り上げも魔導書の購入にあてればいいだろう。

 しかし、思っていた以上に良い取り引きが出来たと思う。

 目的の魔導書に関する情報も聞けたしな。金髪エルフには感謝だ。


「どうかしたのか?」

「〈賢者の石〉の段階で気付くべきだったけど、自分の認識の甘さを痛感してるところよ……」


 よく分からないが、俺に関することだと言うのは察しが付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る