第94話 マルタ商会

 俺は今、魔法学院の近くにある噴水で待ち合わせをしていた。

 昨日、講義の帰りに金髪エルフの妹が待ち合わせ場所を伝えてきたからだ。

 恐らくは妹に伝言を頼んだのだろう。それ自体は別に構わないのだが、


「なんで待ち合わせ場所がここなんだ?」


 同じ寮で暮らしているのだから、寮の前でも良かったと思うのだが……。

 目的地は繁華街なので、ここで待ち合わせをすると少し遠回りになるんだよな。

 もしかすると、この辺りに金髪エルフの妹が住んでいるのだろうか?

 たまに妹のところに泊まりに行っているような話をしていたしな。

 そんな風に考えごとをしていると金髪エルフの姿が見えた。

 あっちも俺の姿を確認したようで、小走りでこちらへ向かって来る。


「ごめんなさい、待たせちゃった?」

「いや、俺も着いたばかりだ。気にしなくていい」


 別に待ち合わせに遅れた訳ではないしな。

 それに多少遅れたとしても今日は案内してもらう側だ。

 俺の買い物に付き合ってもらうのだから、このくらいで文句を言うつもりはない。


「ん? 今日はいつもの装備と違うんだな」

「あ、うん。変……かな?」

「いや、可愛いと思うぞ」

「か、かわ……!」


 いつもの装備も似合っているとは思うが、少し色合いが地味だしな。

 今日は明るいエメラルドグリーンのドレスを着ていた。

 裾には白いフリルがあしらわれたワンピース風の可愛い感じのドレスだ。

 たぶん、このドレスを選んだのは妹かなと推察する。

 それに――


「いつものストレートじゃなくて髪も結ってあるんだな。よく似合ってる」

「――!??」


 ポニーテールのように長い金色の髪を三つ編みに結っていた。

 服装に合わせて髪型も変えたってところかな?

 一人じゃ出来そうにない髪型だし、妹に手伝ってもらったと言ったところか。

 それなら、ここを待ち合わせ場所に指定したのも頷ける。

 恐らく昨晩は妹のところに泊まったのだろう。


「どうかしたのか?」

「なんか慣れてない? 女性の扱いとか……」

「そうか? そんなことはないと思うんだが……」


 女友達・・・どころか男の友達すらいなかったしな。

 こうして誰かと遊びに行くのも久し振りだし、むしろ人間関係で困ったことの方が多いくらいだ。

 とはいえ、俺ももう五十過ぎだ。少しは成長していると言うことなのだろう。

 月面都市の式典を無事に乗りきったことも自信に繋がっているのかもしれない。

 知らない相手でも必要以上に緊張しなくなったと言うか、心に余裕が出来た気がするからだ。


「まあ、いいわ。それじゃあ、行きましょうか」


 そう言って腕を組んで、俺を引っ張るように歩き始める金髪エルフ。

 歩きにくくないのかと思うが、これから向かう繁華街は人が多いだろうしな。

 街の地理に疎いと言って案内を頼んだ訳だし、はぐれないようにと気を遣ってくれているのだろう。

 食事を分けてくれたり、頼んでもいないのに困っていると相談に乗ってくれたり、たぶん性格なのだと思うが面倒見が良いんだよな。


「いつも、ありがとうな」

「――!!」


 ただ純粋に感謝を口にしただけなのに、顔を真っ赤にして睨まれてしまった。

 俺、なんか悪いことをしたか?



  ◆



 道ながら金髪エルフに話を聞いたのだが、この楽園の都市は六つの区画に分かれているそうだ。

 俺が普段生活をしているのが三区で、魔法学院や冒険者ギルド。それに図書館やお役所などの公共施設が集まっている場所らしい。

 冒険者ギルドには、まだ一度も行ったことがないんだよな。ちょっと興味がある。

 そして、いま俺たちのいる場所。今日の目的地が四区にある繁華街だった。


「余り驚いていないみたいね。ここに私が初めて来た時は、人の多さにびっくりしたんだけど……」

「このくらいの人通りには慣れているからな」

「このくらいって……どんなところで暮らしてたのよ」


 確かに街で一番活気のある場所と言うだけあって、なかなか人通りが多い。

 しかし、現代の日本を知っているとな……。

 通勤ラッシュ時の電車とか、都会の混雑さはこの比じゃない。

 それを知っていると、このくらいは普通に思えてくる。


「まあ、いいわ。探しているのは魔導書なのよね?」

「ああ、出来れば魔導具も少し見て回りたいが……」

「なら、最初は無難に大きな商会を見て回った方が良さそうね。大きい店なら両方取り扱っている店も少なくないから」


 そう言って、俺の腕を引っ張る金髪エルフ。

 こうして俺は金髪エルフの案内で、繁華街にある店を見て回るのだった。



  ◆



 そして、立ち寄った三つ目の店で――


「……先生?」


 生徒と遭遇した。

 俺の講義に参加しているケモ耳少女のアニタだ。

 彼女も買い物に来たのかと思ったのだが――


「お前も買い物か?」

「ここ、私の家」


 言葉が足りないが、どうやら彼女の家が経営している店らしい。

 裕福な生徒が多いとは思っていたが、まさか繁華街にこんなに大きな店を構える商会のお嬢様だったとは……。

 ケモ耳少女を見て、人は見かけによらないものだと思う。


「先生、なにか探してる?」


 ケモ耳少女にそう聞かれ、折角だから黒い魔導書はないか尋ねてみる。


「黒い魔導書?」

「ああ、タイトルが何も書かれていない黒いカバーの魔導書なんだが知らないか?」

「ううん……ごめん、心当たりはないかも」


 しかし、やはりケモ耳少女も知らないようだった。

 ここに来る前に立ち寄った店でも尋ねてみたのだが、置いてなかったんだよな。

 とはいえ、すぐに見つかるとは思っていなかった。


「黒い表紙の魔導書って珍しいから見たら覚えているはずだけど……ちょっと聞いてくる」


 そう言って、店の奥へと姿を消すケモ耳少女。

 そこまでさせるつもりはなかったのだが、ここは素直に感謝しておくか。

 楽園の〈書庫〉にあったと言うことは、過去の楽園に存在した可能性はあると思うのだが、それも確信がある訳ではないしな。正直なことを言えば、他に手掛かりがないから探しているだけで見つかる可能性は低いと思っている。

 しかし、俺もこのままでいいと思っている訳ではない。

 情報を集めながら自分に出来るやり方で、元の時代に帰還する方法を探していた。

 錬金術師らしい方法。時間跳躍が可能な魔導具が作れないかと考えているのだ。

 いまのところ理論上は可能としか言えないのだが……。


「どう? 見つかった?」


 そんな風に考えごとをしていると、金髪エルフに声を掛けられた。

 手に何冊か本を持っていることから、どうやら彼女はお目当てのものを見つけられたらしい。


「いや、見つからないから、いま店の人に探してもらっている」

「ううん……ここにもないとすると、もう魔導書を専門に取り扱っている小さな店を探して回るしかないのよね」


 そういう店は掘り出し物が見つかることもあるが、ぼったくられたり偽物を掴まされたりと注意が必要なことを金髪エルフから説明される。

 まあ、魔導書みたいに一点ものとかだと相場もあってないようなものだろうしな。

 店の提示した金額で買うしかないので、そう言ったトラブルは確かに多そうだ。


「先生、カウンターまで来てくれる? ん……エミリア先生?」

「アニタちゃん? どうしてここに……」

「ここ、私の家」

「え、ええ!? マルタ商会の子だったの!」


 マルタ商会って、ここそんな名前だったのか。

 金髪エルフが驚いている様子からも、やはりかなり名のある商会だったようだ。

 しかし、ケモ耳少女にその辺りの自覚はなさそうな感じがする。

 よく分かっていない様子で首を傾げているしな。

 でも、マルタってあの『丸太』じゃないよな?

 どう言う意味があるのかと考えていると、


「ようこそ、いらっしゃいました。いつも娘がお世話になっております。アニタの父のマルタです」


 丸太のように恰幅の良い男性に挨拶をされ、思わず納得するのだった。

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