第92話 デートの誘い
時が流れるのは早いもので、学院で講師を始めてから二週間が経とうとしていた。
最初はどうなることかと思ったが、いまのところ問題なくやれている。
生徒に恵まれたと言うのも、俺なんかでも講師が務まっている理由にあるのだろう。
問題児も最初の印象が悪かっただけで、真面目に講義を受けているしな。
やはり、この学院の生徒は優秀なのだと思う。
とはいえ、最初の内は――
「ダンジョンの素材がこんなに……」
「売ったら一生遊んで暮らせそう」
「姉さんもこんな気持ちだったのね……」
上から縦ロール、獣人娘、緑エルフ(金髪エルフの妹)だ。
錬金術の修行と言えば、やはり魔力操作の技術を徹底的に鍛えるのが一番だ。
だからギャルの妹にも教えたのと同じ方法で、回復薬を大量に作らせることにしたのだが、こんな感じで微妙な反応だったのだ。
まあ、ギャルの妹みたいに魔法薬の調合に補正がかかるようなスキルを全員が持っている訳じゃないしな。いま思うと、この方法は万人向けとは言えなかったのかもしれない。
しかし、努力は期待を裏切らないものだ。数をこなしたことで生徒たちの魔力操作は二週間前と比べて確実に上達していた。
緑エルフ以外はまだ五つの並列運用は出来ないが、それでも四つまでは完璧に出来るようになったしな。もう少し頑張れば、すぐに五個の魔導具を運用できるようになるだろう。
ちなみに緑エルフは既に六個までの魔導具を同時に使えるようになっている。
才能もあるのだろうが、コツを掴むと五個も十個も大差ないからな。俺も十個くらいまでは時間が掛かったが、それ以降はそれほど時間が掛からずに二十、三十と出来るようになったので、やはり慣れだと思う。
「今日も日替わりメニューなの?」
いつものように学院の食堂で朝飯を取っていると、金髪エルフに声を掛けられた。
「もう給料は貰っているんでしょ?」
確かに給料は貰った。この学院の給料は十日おきの手渡しらしく、最低限の人数しか生徒を確保できなかったと言うのに想像していたよりも多い給料を貰えて驚いたくらいだ。
さすがは国が運営する魔法学院と言ったところだろう。
通っている生徒も良いところのお坊ちゃんやお嬢様が多いみたいだしな。
しかし、
「無料だしな」
無料で食えるのに、態々お金をだして食べるのは勿体ない。
この仕事もいつまで続けられるか分からない以上、無駄なお金は出来るだけ使いたくない。それにここ一週間ほど例の図書館に通っているのだが目的の魔導書が見つからないため、捜索範囲を広げてみようと考えていた。
「なにか欲しいものでもあるの?」
「ああ、魔導書を探していてな」
魔導具や魔導書を取り扱っている店があると言う話なので、そういうところを時間のある時に見て回ろうかと思っているのだ。
そのため、仮に魔導書が見つかったら購入する必要があることから、お金は取っておきたい。
「それだけの腕があって、まだ上を目指しているのね……」
単純に帰る手掛かりを探しているだけなのだが――
いや、間違いでもないのか? 半分くらいは趣味も入っているしな。
好きこそものの上手なれという言葉があるが、錬金術は俺のライフワークだ。
興味や関心がなければ途中で飽きて、ここまで極めることもなかっただろう。
だから今でも見たことのない魔導具や魔導書を見ると、ついつい目的を忘れて脱線してしまうことがある。捜索範囲を街に広げようと思ったのも、本音を言えば珍しい魔導書や魔導具があれば入手したいと考えたからだ。
どうして自分が過去の楽園にいるのかは分からないが、ここが二万年前の世界なら見た事も無いような珍しい魔導書や魔導具が見つかる可能性は高い。そう言ったものに触れられるチャンスと考えると、どうしても欲求を抑えることが出来なかったのだ。
新たな発見があるかもしれないしな。
錬金術師として、この欲求には逆らえない。
「そう言えば、研究の調子はどうだ?」
「お陰様で目処が立ちそうよ。でも、よかったの? あれって門外不出の製法なんじゃ……」
ここ最近ずっと悩んでいるようだったので相談に乗ってみたら〈賢者の石〉を使った霊薬の作り方が分からなくて悩んでいたらしい。貴重な素材を使って何度も実験を繰り返す訳にもいかず、ああでもないこうでもないと悩んでいたそうだ。
これに関しては素材だけ渡してレシピを伝え忘れた俺が悪い。
だからギャルの妹にも教えた霊薬の調合レシピを教えてやったのだ。
「気にするな。あのくらい、たいしたものじゃない」
門外不出と言うほど大層なものではない。ただのアレンジレシピだしな。
感謝は受け取っておくが、たぶん素材が潤沢にあれば金髪エルフでも思いついたはずだ。俺の場合は錬金術の研究をするのに必要なものを、メイドたちが揃えてくれていたしな。
普通は自分でダンジョンに素材を取りに行かないといけないので大変なのだろう。
「あなたはいつもそうね……。なにか、お返しがさせて欲しいのだけど」
レシピのお返しに何かしてくれると言うことだろうか?
とはいえ、金髪エルフにして欲しいことなんて特に――
「なら、魔導具や魔導書を置いてある店に案内してくれないか?」
一つだけ頼みたいことがあった。
店を回ろうと思っているのだが、まだ街の地理に詳しくないのだ。
金髪エルフは俺よりも詳しそうだし、案内役にはピッタリだろう。
「そんなことでいいの? いいわよ。それじゃあ、次の休みにでも一緒に見て回りましょうか」
「助かるよ」
次の休日に一緒に見て回る約束をして、互いに自分の講義へ向かうのだった。
◆
その日の夜――
「先生から買い物に誘われた? 姉さん、それってデートじゃ……」
「……え?」
食事をしながら今朝あったことを話していると妹のイスリアから指摘を受け、呆然と固まるエミリア。
「そ、そんな訳――た、ただ買い物に誘われただけよ!?」
「でも、御礼がしたいって言ったら買い物に誘われたんでしょ? それってデートに誘われたってことじゃないの?」
「――!??」
顔を真っ赤にして狼狽えるエミリアを見て、イスリアは溜め息を漏らす。
反応から察するに、気付いていなかったのだと察せられるからだ。
しかし傍から見れば、デートに誘われたとしか思えないシチュエーションだった。
最初の頃は椎名のことを警戒していたイスリアだが、いまでは巫女姫様が気に掛ける人物だけのことはあると認めていた。
錬金術師かどうかの真偽はさておき、世界で有数の魔法使いであることは疑いようがないからだ。
(敵にすると恐ろしいけど味方になってくれるのであれば、シイナ先生ほど頼もしい魔法使いはそうはいない。いざとなったら私がその役目を果たすつもりだったけど、姉さんなら……)
それだけにイスリアは椎名を味方に引き込めないかと考えていた。
巫女姫に命じられたからではない。世界有数の魔法使いと関係を持つことは、国や一族の繁栄に繋がると考えてのことだ。
しかし、自分では少しばかり荷が重いとも感じていたのだ。
だけどエミリアなら家柄だけでなく実力も申し分無いとイスリアは考える。
身内贔屓と言う訳ではない。
エミリアは〈巫女姫〉の
「姉さん、応援するから一緒に頑張りましょう」
「ちょっと何を言ってるのよ……私はそんなつもりじゃ……」
「なら、先生が他の人とデートをしてもいいの?」
「え……」
「先生を狙っている女生徒は多いんだから、このままだと取られちゃうよ?」
椎名が他の女性とデートをしているところを想像し、頭を振るエミリア。
妹の言うように、モヤモヤとした気持ちが湧き上がってくる。
これが恋なのかは分からないが、
「……それは嫌」
椎名が自分以外の女性といる光景を思い浮かべると、嫌な気持ちになる。
それが、素直なエミリアの気持ちだった。
姉の答えに満足した様子で、笑みを浮かべるイスリア。
そして、
「それじゃあ、作戦を練りましょう。目一杯おめかししないとね」
姉の恋を応援するべく、イスリアは椎名を籠絡するための作戦を立てるのだった。
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