第91話 本物の錬金術師

 あれだけ生徒が集まらないと言っていたのに、急にどうしたと言うのか?

 学院の事務から呼び出されて行ってみれば、教室に入りきらないほどの申し込みがあったそうだ。

 さすがに定員オーバーと言うことで人数を絞るようにと言われたのだが、こんなプロフィールだけが書かれた紙を渡されても判断のしようがない。

 そこで考えたのが、


「え? あの先生、いまなんて……」

「そこある魔導具を三つ・・以上、同時に起動できた者を合格にする。簡単だろう?」


 用意したのは、各種属性のスキルを付与した指輪型の魔導具だ。

 これで魔力制御の技量を確認することで、ふるいに掛けようと考えた訳だ。

 楽園のメイドなら最低五つは並列運用が出来るしな。

 ギャルでも三つのスキルを同時に使いこなしていたのだ。

 さすがに半分くらいは残るだろうと思ってだした課題だったのだが、


「残ったのは五人だけか……」


 まさか五十人近くいて、たった五人しか残らないとは思ってもいなかった。

 講義を開くのに必要な最低限の人数だ。もう少しで定員割れするところだった。

 ユミルから昔の探索者は優秀だったと聞いていたんだけどな。


「四人が三つで一人だけ五つか」


 やっぱり学生だと、こんなものなのだろうか?

 五人中四人はギリギリの合格だが、一人だけ抜きんでている生徒がいた。

 短く揃えられた明るい緑色の髪に深緑の瞳。

 動きやすい軽装に短剣を腰にぶら下げた小柄な少女。

 金髪エルフと同じで耳が尖っていることから、恐らくは同じ種族だと察する。

 名前は――イスリアか。金髪エルフと似た名前だなと思っていると、


「イスリアです。いつも姉がお世話になっています」


 金髪エルフの妹だった。

 姉は講師で妹は学生とか、まさか姉妹で通っているとは思ってもいなかった。

 姉妹で髪の色が違うんだな。


「先生、先日はすみませんでした。心を入れ替えたので、これからよろしくお願いします!」


 そして、合格者のなかにもう一人見知った顔がいた。

 先日、決闘騒ぎを起こした問題児だ。

 名前はアインセルトくん。あ、これは家名だっけ?


「俺の名はソルムだ」

「レイチェルです」

「……アニタ」


 女が三に男が二か。バランス的には悪くないのではなかろうか?

 男だから女だからと差別するつもりはない。魔法に関しては性別など関係なく、才能と努力だと思っているからだ。そもそも錬金術を学ぶのに、男も女も関係ないしな。

 しかし問題児とレイチェルと名乗った赤毛の縦巻きロールのお嬢様は人間のようだが、残りの二人は亜人か。

 黒いローブをまとった魔法使いらしい格好をした明るい茶髪の男子生徒がソルムで、種族はエルフ姉妹と同じのようで耳が尖っている。どうやら、この種族は髪色のバリエーションが豊富らしい。

 そして、アニタと名乗った小柄な女子生徒には、なんとケモ耳と尻尾があった。

 恐らくは獣人なのだろうが、どことなく猫ぽい。メイド服がよく似合いそうだ。

 

「先生、一つお尋ねしてもよろしいですか?」


 レイチェルと名乗った縦ロールの女生徒が手を挙げて質問してきた。


「参考までに先生は幾つくらい魔導具を同時に起動できるのか、教えて頂いてもよろしいですか? 失礼かと思いますが、これから師事する方の実力は知っておきたいので」


 どんな質問かと思えば、そんなことか。

 確かに実力は見せておくべきだと考え、試験に使った指輪を全部装備する。

 火、水、風、土、光、闇の基本となる六属性に、雷と氷の二つを加えた八属性。

 更に高度な魔力制御が必要とされる〈時空〉と〈虚無〉の高位属性を加えた十個の指輪だ。

 さすがに〈時空〉と〈虚無〉の指輪を扱えた生徒はいなかった。

 この二つの属性は一つ制御するだけでも、結構な集中力を必要とするしな。

 とはいえ、


「こんな感じだ」


 指輪のスキルを発動すると、十色の光が俺と生徒たちの頭上に現れる。

 魔力制御を極めれば、このくらいのことは出来るようになる。

 まあ、偉そうなことを言っても、俺もここまで出来るようになるのに十年ほど掛かった。

 だから若い彼等が出来なくても当然だと思っている。


「嘘……十個すべてを並列運用している? それも高位属性まで……」

「ああ、最大は十個じゃないぞ?」

「え?」


 用意した試験用の指輪が十個しかないだけで、限界はこんなものではなかった。

 いつも俺が身に付けている黒いローブ〈隠者の外套〉や〈反響の指輪リフレクションリング〉など、装備している魔導具はいつでも使えるように待機状態で運用しているしな。


「限界を数えたことはないが、三十は軽いな」


 そう言って、色とりどりの魔法の矢を訓練場の空一面に出現させる。

 空を見上げて固まる生徒たち。縦ロールの女生徒など、お嬢様とは思えないほど口を大きく開けて固まっていた。

 これで多少は講師としての威厳を保てただろう。

 魔力制御だけはユミルたちにも負けない自信があるからな。

 魔法式の構築プログラミングと並んで俺の数少ない取り柄の一つと言ってよかった。



  ◆



「まさか、あのような方が世に埋もれていようとは……」


 少しでも疑った自分を恥じるレイチェル。

 本物の錬金術師が現れたという噂を聞いて椎名の講義を受けるために試験に参加したがレイチェルだが、実際のところ本気で噂を信じていた訳ではなかった。

 彼女は五百年前に楽園へ逃れてきた一族の末裔で、この国の女王――〈楽園の主〉に子孫代々受け継がれる大恩があった。そのため、錬金術師を騙る者に厳しく、本当は化けの皮を剥がしてやるくらいの気持ちで試験に臨んだのだ。

 しかし、その結果は――噂以上だった。


「……あれは凄かった」


 レイチェルの言葉に同意するかのように頷く獣人の少女――アニタ。

 魔法の矢マジックアローは魔法使いであれば誰もが使える初歩の魔法だが、それでも空一面を覆い尽くすほどの数を同時に発動することなど誰にも真似が出来ない。〈楽園の主〉の弟子にして高名な魔法使いで知られる学院長でも、あれだけの数の魔法を同時に発動することは難しいだろう。

 それを椎名は生徒の前で、息をするかのように容易くやってのけたのだ。

 本物の錬金術師であるかどうかは分からない。

 分からないが少なくとも、そう名乗るだけの実力があることは間違いなかった。


「よかったら三人でお茶会でもしませんか? これから同じ先生の下で講義を受ける仲間ですし、親睦を深めておくのも良いかと思うのですが――」

「あ、ごめんなさい。実はこれから少し用事があって……」


 レイチェルの誘いに、イスリアは申し訳なさそうに断る。

 しかし予定があるのなら仕方がないと、レイチェルもあっさりと引き下がる。


「では、失礼します」


 そう言って丁寧にお辞儀をして立ち去るイスリアの背を二人で見送り――


「お茶会ってお菓子はでる?」

「無口だと思ったら図々しいというか、あなたは随分とマイペースですね……」


 アニタのマイペースな発言に、レイチェルの口から溜め息が溢れるのであった。



  ◆



 二人と別れた後、イスリアは庭園と思しき場所にいた。

 学院の関係者でも限られた者しか立ち入ることを許されていない場所。

 青き国の〈巫女姫〉のために用意された人工庭園だ。

 

「どうでしたか? 彼は――」


 そして、地面に膝をつくイスリアの目の前にいる白いローブの女性こそ、この庭園の主にして〈巫女姫〉の二つ名で知られる〈青き国〉の聖女――セレスティアだった。

 世界に二人しかいない神人・・の一人にして、精霊の一族のなかでも珍しい黄金・・の髪を持つ女性。国の指導者は別にいるが、千年の歳月を生きるセレスティアは〈青き国〉の実質的な最高権力者と言って良い立場にあった。


「化け物……でした。恐らくは国を一人で滅ぼすことも可能な世界有数の魔法使いだと思います」


 それこそ〈白き国〉の〈魔女王〉にも匹敵する魔法使いかもしれないとイスリアは考えていた。

 自分たちとは次元が違う。そう思えるほどの力を椎名から感じ取ったからだ。


「巫女姫様、あの男は一体……」


 だからこそ、不敬だと分かっていても尋ねずにはいられなかった。

 あれほどの魔法使いの噂を一度も耳にしたことがないなど、ありえないからだ。

 ましてや、姉――エミリアの話では〈賢者の石〉を譲られたと言う。この国に彼女たち姉妹がやってきたのは〈霊薬〉を手に入れるためだった。それも一本や二本ではなく大量に必要だったのだ。

 しかし、思わぬところから〈賢者の石〉が手に入ったことで半ば解決した。いまエミリアが〈賢者の石〉を使った霊薬の製法を研究しているところだ。上手く行けば、必要な量の霊薬を確保することが叶うだろう。

 それだけにイスリアは疑問を持ったのだ。

 椎名の正体に――


「錬金術師よ」

「まさか、本当に?」


 信じられないと言った表情を見せるイスリア。

 しかし、精霊の一族にとって〈巫女姫〉とは神の如き存在だ。

 そんな彼女が嘘を吐くとは思えない。

 至高の錬金術師と肩を並べ、親友とも呼べる立場にあるのがセレスティアだからだ。


「彼に対しての詮索は禁じます。あなたはただ、彼の傍で普通の生徒を演じていなさい」

「……はい」


 セレスティアにそう言われては、イスリアも頷くことしか出来なかった。

 庭園を後にするイスリアの背を、セレスティアは物憂げな表情で見送るのだった。

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