第90話 錬金術師の条件

「錬金術師はただの自称じゃなかったのね……」


 前からそう言っているのに、なにを今更と思いながら金髪エルフの話を聞き流す。

 決闘の翌日。いつものように食堂で金髪エルフと一緒になったのだが、昨日の件で質問攻めにあっていた。

 たいしたことをした覚えはないんだけどな。


「道具もなしに魔導具の調整を行える職人なんて見たことがないわ」


 まあ、それはスキルのお陰なのだが、敢えて説明する必要もないだろう。

 手の内を明かす義理はないからだ。

 お、今日の日替わりメニューはシチューか。

 無料の割には、ちゃんと具材も入っていて高評価だ。


「その上、魔法薬も調合できるのよね?」

「一通りなんでも作れるな」

「……それって、もしかして霊薬も?」

「錬金術を学ぶなら薬の調合は基本中の基本だしな」

「基本の訳ないじゃない……なんなのよ。こいつ……」

「ん? なにか言ったか?」

「なんでもないわよ!」


 なにを怒っているのか分からないが、魔法薬の調合は錬金術の基本だ。

 別に魔法薬の調合を侮っている訳ではなく、魔力操作の技術を習得するには自分の力量にあった大量のアイテムを作る方が効率が良いからだ。

 魔導具の製作には繊細な魔力操作が必要とされるが、魔法薬よりも貴重な素材を使うことが多い。薬のように数を作ると言う訳にもいかないし、素材を無駄にしないためにも、まずは魔法薬を一通り作れるようになることで魔力操作を鍛えた方が効率が良いという話だった。

 先代の遺した錬金術の魔導書にも、最低でも霊薬を作れるようになるまでは魔導具の製作に手をださないようにと書かれていたくらいだ。実際その教え通りにやって成長を実感できたことを考えると、あの本に書かれていたことは間違いではないと思っている。


「お前も霊薬くらい作れるんだろう?」

「つ、作ったことはあるけど、そもそも材料が……」


 ああ、正規のレシピだと〈世界樹の葉〉はともかく〈竜王の血〉が必要だしな。

 あれは滅多に手に入るものではないので、確かに調合する機会はそうないか。

 持っていれば食事を奢ってもらった対価に分けてやってもいいのだが、生憎と竜王の素材は在庫がないんだよな。

 この前、レミルたちと〈奈落アビス〉へ行った時も回収できなかったし……。


「霊薬が必要なのか?」

「え、うん、まあ……」


 魔法薬の講義を開いているとか言っていたしな。

 となれば、授業で恐らくは霊薬の調合を実演でもするつもりなのだろう。

 そうなると現物を渡しても意味はないし、だからと言って〈世界樹の葉〉はともかく〈竜王の血〉は俺も在庫がないしな。

 やはり、あれしかないか。


「〈世界樹の葉〉とこれ・・をやるから使ってみろ」

「え……」


 蔵から黄金色に輝く石を取りだし、金髪エルフに手渡す。

 直径十センチほどの八角形のクリスタル。これが〈賢者の石〉だった。

 作るのが面倒な代物だが、それなりの数が〈黄金の蔵〉には仕舞ってある。

 実のところ一度作れるようになってしまえば、ある程度の量産はきくものなのだ。

 だから稀少で手には入りにくい素材の代わりに、俺はよくこの〈賢者の石〉を使っていた。〈万能の素材〉とも呼ばれるだけあって、様々な素材の代用品として使うことが出来るからだ。


「こ、これって、もしかして……」

「〈賢者の石〉だ。一つやるよ。昨日メシを奢ってもらったしな」


 食事を奢ってもらったり、金髪エルフにはいろいろと教えてもらっているしな。これからも世話になることがあるだろうし、この程度で良い関係を築けるなら安いものだ。

 賢者の石なら一つあれば、霊薬百本くらいは作れるだろう。

 講義に参加する生徒は多くて二十人ほどだし、それで間に合うはずだ。


「世界樹の葉がこんなにたくさん……賢者の石? え? 本物?」


 しかし、そんなに嬉しかったのかね?

 さっきから石を持ったまま動かず、考えごとに集中しているようだ。

 気持ちは分からないでもないけど。

 俺も昔は新しい素材が手に入ると、なにを作ろうかとワクワクしたものだ。


「これは夢……いえ、でも現物がここに……」


 まだ何かブツブツと呟いている金髪エルフを食堂に残して、俺は寮へと戻るのだった。



  ◆



「錬金術師が現れた?」


 なにをバカなと言った呆れた表情を見せる灰色・・の髪の年若い女性。

 長い髪を後ろで束ね、背も百七十センチ超えと女性にしては高く、胸元の開いたシャツにズボンと女性でありながら男のような格好をしている。

 彼女こそ、この〈月の楽園〉を建国した〈楽園の主〉――アルカであった。

 謁見の間にある玉座は一つだけ。国を代表する立場にありながら、彼女には伴侶がなく後継者もいない。それもそのはずで必要としないからだ。

 既に気の遠くなるほどの歳月を生きており、彼女の肉体と魂は不滅で至高カミの領域へと達していた。

 故に、ここは永遠を約束された神の国――〈楽園〉と呼ばれている。


「これまでにも大勢〈錬金術師〉を騙る偽物はいた。でも本物・・が現れたって言うのは、さすがに冗談では済まないよ。学院長・・・


 頭を伏せながらも身体を震わせる白髭の老人。

 アルカの三十八番目の弟子にして、魔法学院の学院長を任されているのが彼だった。

 世界でも屈指の魔法使いだ。そんな彼でもアルカの前では赤子に等しい。


「錬金術師を名乗るための条件は当然、覚えているよね?」


 至高の錬金術師――そう、アルカは呼ばれていた。

 その意味は神の領域へ至ったただ一人・・・・の錬金術師と言うだけでなく、この世界で唯一〈錬金術師〉を名乗ることを許された人物と言う意味も含まれていた。

 錬金術師を名乗れる者が彼女しかいない理由。

 それはアルカが定めた〈錬金術師〉と認められるための条件にあった。

 

「勿論です。魔法理論、薬草学、占星術、魔導工学。ありとあらゆる学問を究め、そして――」


 賢者の石を完成させること。それが、錬金術師に求められる条件だった。

 しかし、この条件を達成したものは未だに一人も現れていない。〈賢者の石〉を完成させるには、ありとあらゆる魔法学に精通し、神業的な魔力操作の技術が必要とされるからだ。

 アルカが魔法学院を創設したのは、いずれ自分の叡智を受け継ぐ者が現れることを期待してのことだ。

 しかし、学院創設から五百年の歳月が過ぎようとしているが、いまだに条件の達成に至った者はいない。なのに本物の錬金術師が現れたかもしれないと突然言われて、証拠もなしに納得できるはずもなかった。


「学院の採用試験を満点で合格した者がいます」 

「へえ、それは凄いね」


 学院の講師は優秀な人間ばかりだ。それだけに試験の難易度も高い。

 魔法の学校だけあって魔法式に関する出題がほとんどだが、一口に魔法式と言っても様々なものがある。魔法薬の調合に使われる式から攻撃魔法や結界障壁など魔法使いや神職が得意とする魔法まで、一つとして同じ式は存在しない。

 一人に一つしか与えられないとされるダンジョンの恩恵――スキルも、究極的には魔法式で再現することが可能なのだ。しかし、それを為せた人物は〈楽園の主〉を除けば〈魔女王〉の名で知られる白き国の女王しかいない。

 それほど魔法式は奥深く、生涯を賭しても極めることは不可能だとされている。そのため、学院の試験は半分も正解すれば合格と見做され、優秀な魔法使いと評価されるほど難解なものなのだった。

 それを全問正解など、並の魔法使いに出来ることではない。


「しかも、その者は生徒たちの前で道具も使わず魔導具を調整をして見せたそうです。それも、ほんの数秒でいとも容易く……」


 これにはアルカも目を瞠り、驚いた様子を見せる。

 魔導具の調整には、繊細な魔力操作が要求される。そのため、設備の整った場所で専用の道具を使って行うのが常識なのだ。

 仮に学院長の話が事実だとすれば、その者は道具の補助もなしに魔力操作の技術だけで魔導具を調整して見せたと言うことになる。

 不可能とは言わない。簡単な魔導具であれば、アルカでも同じ真似ができるからだ。しかし、容易いことでない。それが分かっているからこそ、学院長は謁見を求めたのだとアルカは察した。


「確かに、ただの偽物に出来る芸当ではなさそうだ」


 それでも、錬金術師を名乗るための条件を満たしたとは言えない。

 知識、技術ともに類い稀な域に達していることは認めても、〈賢者の石〉を精製できなければ〈錬金術師〉とは呼べないからだ。

 しかし、一度会ってみる価値はあるかもしれないとアルカが考えていると――


「巫女姫様、困ります! いま陛下は謁見中で――」


 制止する兵士を振り切って、白いローブの女性が謁見の間に姿を現す。

 見知った顔の登場に、やれやれと呆れた表情を見せるアルカ。 


「今日は謁見の予定は入っていなかったはずだけど? ティア・・・


 ティアと愛称で呼ばれた白いローブの女性は〈楽園の主〉の前に堂々と立ち、薄く微笑むのであった。

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