第89話 炎の魔剣

 困ったことになった。

 明後日から授業開始だと言うのに、まだ生徒が一人も集まっていないのだ。

 一応、募集は掛けてもらっているのだが、いまのところ一人も申請してくる生徒がいないらしい。

 一ヶ月の猶予があるとはいえ、このままでは職を失ってしまう。

 そろそろ図書館で調べものをしたいと思っていたのに、それどころではなかった。


「今日も日替わりメニュー? 節約でもしてるの?」


 朝食を食べながら悩んでいると、当たり前のように向かいの席に座る女。

 金髪エルフだ。ここに来て三日が経つが、最近毎日のように付き纏われていた。


「金がないんだ」

「え……そうなの? もしかして、それで臨時講師に?」

「それもあるが、住むところもなかったしな」

「えっと……なんか、ごめんなさい。よかったら、これ少し食べる?」 


 身の上を話したら同情された。

 悪い奴ではなさそうなのだが、こちらの事情に遠慮なしに踏み込んできて少し苦手なタイプだ。ああ、だから他に友達がいないのかと最近付き纏われている理由を察する。

 俺と一緒で、金髪エルフもいつも一人だしな。

 そう考えると、こいつも可哀想な奴なのかもしれない。


「なによ、その顔……あ、こら! 分けてあげるとは言ったけど取り過ぎよ!」


 タダで貰える物は貰う主義なので遠慮はしない。

 しかし、良いものを食ってるな。

 俺がいつも食べている日替わりメニューとは明らかに食材のランクが違う。


「ん? そっちの箱はなんだ?」

「……食べ物じゃないわよ?」


 失礼な。そこまで飢えてねえよ。

 まあ、金髪エルフの料理は半分以上、俺が食べてしまった訳だが。


「これは今日の授業で使う魔法薬の素材よ」


 そう言えば、そんなことを言っていたなと思い出す。

 こんな性格だから戦闘系の魔法でも教えるのかと思ったら、魔法薬の調合が得意らしい。

 魔法薬と聞くと、ギャルの妹のことが頭を過る。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」

「……食べないでよ?」


 まだ根に持っているのかと呆れながら、箱の中身を見せてもらう。

 見たところ、どれもランクの低いありふれた材料ばかりだ。


「今日の授業で作るのは回復薬か」

「ええ、よく分かったわね。ああ、そう言えば自称〈錬金術師〉だったわね」


 棘のある物言いをする金髪エルフ。しかし、なんか引っ掛かるんだよな。

 採用担当のおっさんの反応も変だったし、募集を掛けても生徒は集まらないし。

 そんなに、この国では錬金術は人気がないのだろうか?

 先代の〈楽園の主〉が造った国だから、そんなことはないと思ったのだが……。


「錬金術師を騙る奴は大抵が詐欺師って決まってるからね。変なプライドは捨てて、あなたも他の科目にしなさいよ。私と比べられると生徒を集めるのに苦労するだろうから、魔法薬はオススメしないけど」


 凄い自信だ。ちなみに何人くらい生徒がいるのかと聞いてみたら、初日から定員の二十人が埋まって今は募集をかけていないそうだ。

 うん……これは何も言い返せない。俺なんてゼロだしな。

 しかし、錬金術師が詐欺師ね。一体どうなっているのやら……。


「おい、お前!」


 怒鳴り声がして振り向くと、見知らぬ男が立っていた。


「いい加減、しつこいわよ。あなた」

「今日はお前に用があるんじゃない! おい、聞こえてるのか!? そこのお前だ、黒いローブの男!」


 ギャルの知り合いかと思ったら俺に用事があるらしい。

 まったく見覚えがないのだが、一体どこの誰だ?

 もしかして、募集を見てきた生徒だろうか?

 だとすると、ガラが悪すぎるな……。


「彼は関係ないでしょ!」

「うるさい! やられっぱなしで黙ってられるか! 僕は由緒正しきアインセルト家の嫡男なんだぞ。それに噂になっているんだ。そいつだろ? 錬金術師を自称する新米講師は――」

「そ、それは……」

「錬金術師を騙る奴なんて、碌でもない奴に決まっている。僕が化けの皮を剥がしてやる!」


 よく分からないが、この青年が問題児だと言うことは分かる。

 学院の講師にこの態度だしな。さすがに問題があるだろう。

 この学院、自由な校風は良いが、少しばかり生徒に甘い気がする。

 この前も食堂で喧嘩をして、魔法をぶっ放したバカがいたしな。


「金髪エルフ、こういう場合はどうしたらいいんだ?」

「誰が金髪エルフよ! 私にはエミリアって名前が……ああ、もう! あなた本気でこんなバカの相手するつもりなの?」


 相手をするも何も、俺は学院の講師で彼は生徒だ。

 問題児だろうと募集を見てきてくれた生徒なら無視は出来ない。

 こんな時どう対応したら良いかと、金髪エルフに相談するのだった。



  ◆



 金髪エルフに相談したのは間違いだったかもしれない。


「しっかりと思い知らせてやりなさい!」


 金髪エルフの声援が聞こえる中、俺は学院の敷地内にある訓練場に立っていた。

 四方を壁で囲っただけの運動場と言った感じの場所だ。


「おい、お前! 覚悟しろよ!」


 どんな風に対処するのかと思えば、まさかの決闘とは……。

 さすがはファンタジーの世界と言えばいいのか、問題児の指導にここまでのことをするのかと驚きを隠せない。しかし、野次馬も集まっているようだし、この学院では日常茶飯事なのかもしれない。

 魔法学院……思っていた以上に物騒なところだったようだ。


「もう、この前のような卑怯な手は通用しないからな!」


 なにを言っているのか分からないが、とんだ言い掛かりだ。

 余り気は進まないのだが、生徒の実力を見るためのテストと考えれば、別におかしくはないか。

 錬金術の授業に戦闘の実技が必要かは賛否両論あるが、素材を入手するにはダンジョンに潜る必要があるしな。そう言う意味では、錬金術師にも最低限の戦闘能力は必要だ。


「おい、あれって、もしかして――」

「間違いない! アインセルト家に伝わる〈炎の魔剣〉だ!」


 野次馬の生徒が何やら騒いでいる。

 炎の魔剣? 確かに問題児の持つ剣が炎に包まれていた。

 なるほど、あいつも魔導具を持っている訳か。

 なら、俺が魔導具を使っても問題はないな。


「降参するなら、いまのうちだぞ!」

「いや、好きにすればいい」

「こいつ……どこまで僕を虚仮にすれば……}


 互いに魔導具で勝負をするなら条件は同じだ。

 むしろ、遠慮しなくていいと思うと気が楽だった。

 しかし、炎の魔剣か。大層な名前だが、恐らくは〈炎撃〉が付与された魔導具と言ったところだろう。

 騒ぐほど珍しい魔導具と言う訳ではない。以前、ギャルの装備を修理するついでに〈雷撃〉を付与したミスリルの槍を作ってやったが、特定の属性しか使えない武器はデメリットもあるしな。

 炎に耐性のあるモンスターが出て来たら、炎の魔剣なんて並の剣以下だからだ。魔導具を武器として使うならシオンの刀のように斬ることに特化させたり、一撃の破壊力を上げるスキルを付与した方が汎用性は高い。


「覚悟しろ!」


 炎を纏った剣を構えて、まっ過ぐに走ってくる問題児。

 一応、魔力で身体強化はしているようだが、メイドたちと比べると止まって見えるほどに遅い。


「――なに!?」


 案の定〈反響の指輪リフレクションリング〉の障壁に阻まれ、後ろに弾き飛ばされる。

 中層のモンスターくらいになら通用しそうな一撃だったが、それだけだ。

 魔剣って名前を付けるほど強力な魔導具には、やはり見えなかった。

 あれだな。きっと魔剣と偽って売られていたありふれた魔導具・・・・・・・・を騙されて買ったに違いない。錬金術師の評判が悪いのは、こういうことがあるからなのかもしれないと考える。


「くそ、くそ、くそ! なんなんだ、お前! なんで魔剣が通用しない!」


 必死に攻撃を繰り返す問題児を見て、少し可哀想になってきた。

 障壁に剣を振りかぶっては弾かれて地面を転がり、全身泥だらけだ。

 あれだけ強気だったのは、魔導具の力をあてにしていたからなのだろう。

 しかし、その結果がこれだ。彼の魔導具には、魔剣と呼ばれるほどの性能はない。

 さすがにそろそろ武器の性能に気付いていてもよさそうなものだが、それを信じたくはないのかもしれない。周りの野次馬が代々伝わるみたいなことを言っていたし、ご先祖様は魔剣を手に入れるのに大金を叩いていそうだしな。

 そりゃ、自暴自棄になるのも理解できる。


「お前もいい加減、気が付いているんだろう?」

「な、なにを……」

「認めて素直になれ。そうしなければ、一歩も前に進むことは出来ない」


 気持ちは理解できるが、自棄やけになっても解決する問題ではないしな。

 お金は戻って来ないかもしれないが、失敗から学べることはある。

 大事なことは二度と同じことを繰り返さないことだ。

 

「くそ――うあッ!」


 遂に力尽き、障壁に弾かれた反動で剣を落とす問題児。

 問題児の落とした魔剣を拾って〈解析〉で確認してみるが、やはり〈炎撃〉が付与されただけの普通の魔導具だった。

 その上、長い間ちゃんと手入れがされていなかったのだろう。

 かなり状態が悪く、これでは本来の力の半分も発揮できていなかったはずだ。


「――構築開始クリエイション


 これが救いになるかは分からないが魔導具を〈再構築〉する。

 スキルを付与しなおすには設備と素材が必要だが、調整するだけならこの場でも簡単だ。


「――炎撃」


 剣を右手に持ち、空に向かってスキルを発動する。

 すると先程までの弱々しい炎と違い、巨大な火柱が立ち上るのだった。

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