第88話 魔法学院

 結局いろいろと悩んだ末に、俺は魔法学院に来ていた。

 魔導書に関する情報を得るためと言うのも理由にあるが、なにより先立つものがないからだ。

 現代の通貨やカードは当然だが使えない。だからと言って〈黄金の蔵〉に入っている魔法薬や魔導具を売ろうにも、相場が分からないので買い叩かれる恐れがある。そもそも普通に店で買い取ってもらえるのかも分からないしな。

 なにも分からない状況で、そういう目立つ行動を取るのはリスクが高い。

 となれば、働いて収入を得るのが確実だと考えたのだ。

 まあ、採用されればの話だけど――


「合格です!」


 あっさりと合格してしまった。

 紹介状をくれたシスターは想像以上に凄い人だったのかもしれない。

 所謂、コネ採用と言う奴だな。きっと、そうに違いない。

 その証拠に――


「さすがは〈巫女姫〉様の紹介状をお持ちの方です。すべての試験を満点で合格されるとは、過去に例のない偉業ですよ。これは――」


 採用担当のおじさんが、これでもかと言うくらいにべた褒めしてくれるからだ。

 歴史の問題をだされると回答が難しかったが、魔法式のテストばかりだったしな。

 しかも内容は錬金術を学ぶのであれば、基本中の基本と言えるものばかりだった。

 それに実技試験の方も魔導具を使っても構わないとのことで、魔力操作が得意な俺に有利なものだったのだ。

 大袈裟なことを言っているが満点を取れない方がおかしいと思う。

 たぶん紹介状があったから簡単な試験をだしてくれたのだろう。


(しかし、巫女姫か。あのシスターのことだよな?) 


 聞き覚えのある名前だが、やはり偉い人だったらしい。

 まあ、コネ採用だろうが合格は合格だ。


「それで、授業ではどのような科目を担当されますか?」

「ん? それは、こっちで勝手に決めてもいいのか?」

「はい。どの授業を受けるかを決めるのは生徒ですので」


 詳しく話を聞くと、この学院の臨時講師と言うのは選択科目の講師を指すらしい。どの授業を受けるかは生徒の自由。そして、受け持つ生徒の数がそのまま給料に反映されるらしく、仮に教える科目が他の講師と被ったとしても問題はないそうだ。

 むしろ、そうすることで競争を促し、より優秀な講師を確保する狙いがあるようだ。

 ちなみに一ヶ月以内に生徒を五人確保できなければ、クビとのことだった。

 なかなかよく考えられたシステムだ。

 そういうことなら俺が教える授業は一つしかない。


「錬金術で頼む」

「はい?」


 他に教えられるようなことなんてないしな。



  ◆


 

 無事に雇ってもらえることになり、来週から講義を開始することになった。

 ただ、錬金術を教えると言ったら変な顔をされて、他の科目を勧められたのが気になるが……。他と言っても、魔法の学校で俺に教えられることなんて錬金術以外にないしな。強引に押し切らせてもらった。

 まあ、寮に入ることが出来たし、食堂の日替わりメニューは無料らしいから住むところと食事には当分困らなそうだ。 


「ユミルが作ってくれた料理に似ているな」


 早速、食堂に足を運び、日替わりメニューをご馳走になっていた。

 昔、ユミルに作ってもらった料理によく似ている。味も悪くないし、どことなく懐かしい味だ。

 しかし、あれだな。魔法使いの学校と聞いていたので、みんな同じようなローブを着ているのかと思ったら服装は自由らしい。そのため、個性的な格好の生徒が多かった。

 ここの生徒はほとんどがダンジョンに潜っていて冒険者――現代で言うところの探索者を兼ねていると説明を受けたので、それが理由かもしれない。現代の探索者も個性的な見た目の人が多いしな。

 特に高ランクになるほど、その傾向は高いように思う。


「――僕がこんなに頼んでいるんだぞ!」


 なにやら食堂が騒がしくなってきた。

 誰かが喧嘩をしているらしく怒鳴り声が聞こえる。

 時代は違えど、探索者が血気盛んなのは変わらないらしい。

 面倒臭いことに巻き込まれる前に立ち去るかと、席を立とうとしたところで――


「ん?」


 火の玉がこちらに飛んできて〈反響の指輪リフレクションリング〉が自動発動した。

 どうやら喧嘩の流れ弾がこちらへ飛んできたらしい。

 喧嘩で魔法を使うなんて迷惑な連中だと思うが、


「なッ! 僕の魔法が跳ね返っ――」


 食堂に建物を揺らすほどの爆発音が響く。

 跳ね返った魔法が喧嘩をしていた奴に命中したようだ。

 因果応報。自業自得だと思いつつも面倒事を避けるため、足早に立ち去るのだった。



  ◆



 面倒事に巻き込まれる前に立ち去ろうとしたのだが、


「さっきは助けてくれてありがとう。あなた強いのね」


 なぜか俺は美女に絡まれていた。

 青黒いドレスのようなローブを着たロングヘアーの金髪美女だ。

 瞳は髪と同じ金色で、見た目の年齢は俺とそう変わらないように見える。

 二十代前半と言ったところだろうか?

 ただ、彼女には普通の人間と違う特徴があった。


「エルフ?」


 耳が長く尖っていたのだ。


「えるふ? えるふってなに? 私のこと?」


 この世界では耳の長い種族をエルフとは呼ばないのか?

 どう説明したら良いものかと考えながら、金髪エルフの疑問に答える。


「ああ、俺の住んでいた場所ではキミのように耳の長い種族のことを、そう呼んでいたんだ」

「そうなの? そんな風に呼ばれたのは初めてだけど、名前の響きは悪くないわね」

「参考までに、こっちではなんと呼ばれているのか聞いてもいいか?」

「〈精霊の一族〉と呼ばれているわ」


 精霊の一族?

 イズンの親戚みたいなものかと思ったのだが、どうやら違うようだ。

 彼女の話によると、精霊の力を使う魔法使いのようなものらしい。

 一口に魔法使いと言っても、いろいろといるんだな。勉強になる。

 それは、それとして――


「参考になった。それじゃあな」

「ああ、待ってよ! まだ御礼をしてないし――」


 さっきから俺に付き纏って、この女はなにがしたいのだろうか?

 もう寮に帰って休もうと思っているので、付いてこないで欲しいのだが……。

 図書館の前で出会ったシスターといい、この時代の女性は押しが強いように思う。


「私の名前はエミリア。あなたはなんて言うの?」

「……シイナだ」


 少し迷ったが、名乗られた以上は答えるべきだと思って名乗り返す。

 採用試験でも『シイナ』と名乗ったので、調べれば分かることだしな。


「シーナね! どことなく女の人みたいな響きの名前だけど悪くないと思うわ」


 余計なお世話だ。あと微妙にアクセントが違う気がする。

 まあ、いいか。外国人に日本の名前は発音がしにくいしな。

 一々、細かいことを訂正するのも面倒だ。


「これから、どこに行くの?」

「寮で休む」

「あなた寮に入っているんだ。あれ? でも、こっちって職員用の寮よね?」

「今日、採用されたんだ。来週から教鞭を執ることになっている」

「え、先生なの!? 若く見えるから学院の生徒だと思ったわ……」


 見た目が若いのは否定するつもりはないが、これでも実年齢は五十を超えている。

 いや、待てよ?


「そういうお前は幾つなんだ?」

「女性に歳を聞くのはマナー違反よ。でも、いいわ。生徒と間違えたお詫びにシーナには特別に教えてあげる。今年で丁度三百歳になったわ。これでも若手のなかでは一番の使い手なのよ。〈巫女姫〉様の同行者に選ばれるくらいなんだから」


 三百歳で若手って……彼女の一族は相当に長生きのようだ。

 やはり、もうエルフでいいな。俺の中で彼女のことは金髪エルフと決まった。

 しかし、この金髪エルフ。いつまでついてくるつもりなんだろう。

 もう寮と思しき建物も見えてきたのだが……。


「いつまでついてくるつもりなんだ?」

「え、ああ、そういえば言ってなかったわね。私もここの講師なのよ。と言っても、あなたと同じで最近採用されたばかりなのだけど。それに期間限定の臨時講師だしね」


 驚いた。

 俺の方も彼女のことを学院の生徒だと勘違いしていたからだ。

 まあ、三百歳だしな。そりゃ、そうかと今なら思わなくもない。


「私は魔法薬の授業を担当するつもりなのだけど、あなたは何を教えるの?」

「錬金術だ」

「え?」


 金髪エルフの反応がおかしい。

 そう言えば、採用担当のおっさんも変な顔をしていたな。

 もしかして、錬金術師ってそんなにマイナーな職業なのだろうか?

 週明けには授業開始だと言うのに、そこはかとなく不安に駆られるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る