第四章 過去の世界
第87話 過去の楽園
西洋ファンタジーを彷彿とさせる異世界の街並み。
街行く人に話を聞いてみたところ、どうやらここは
しかし、少なくとも俺の知る月面都市はこんなところではなかった。
となれば、俺の見ているこの光景は――
「転移のトラップかと思ったら過去に飛ばされるとか、あの魔導書どうなってるんだ?」
二万年前に滅びた先史文明の都市なのだと推察できる。
嘗て、月面に存在したとされる楽園の都市。それが、ここと言う訳だ。
普通に考えれば幻覚を見せられていると考える方が自然なのだが、そういう感じは一切しないんだよな。普段からレミルの戦いを見ているからこそ、夢や幻と現実の違いくらいは分かるつもりだ。
そもそも夢や幻は記憶から再現されるものなので、自分の知らない場所には行けないはずなのだ。当然、見ず知らずの他人が夢の中に登場するなんてこともない。しかし、いま俺が見ている景色は余りに
「使われている文字や言葉は古代の魔法言語とか、夢だとすれば設定が凝り過ぎだろう」
言葉については、魔法式によく使われている古代言語が用いられていた。
念のため〈言語理解〉のスキルが付与された魔導具を装備しているが、古代言語については既に習得済みなので手間が省けて助かった。〈言語理解〉は聞くだけなら問題はないのだが、話せるようになるまで相応の時間が掛かるからだ。
魔法と聞けば、自動的に言葉が通訳されると思われがちだが、あくまで〈言語理解〉のスキルは言葉を理解し、習得するためのプロセスを短縮してくれるに過ぎない。半日ほどで大凡の言葉は話せるようになるとはいえ、習得のスピードには個人差がある。
魔法はなんでも出来る万能な力のように思われているが、そんなことはない。
法則に違いはあれど、科学と同じで魔法は
だから出来ることと出来ないことがある。
「ここがレミルの〈
時間跳躍は魔法でも実現できない技術の一つとされている。
時間停止のスキルを付与した魔導具なら俺でも作れるが、さすがに過去や未来を行き来する魔導具は作れない。スキルで再現可能な能力の域を超えていると言うのが理由にあるが、転移魔法が実用的ではないと言われる理由と同じで時間を跳び越えるには膨大な魔力が必要とされるからだ。
時間跳躍も理屈は同じで、想像も付かないほどの膨大な魔力が必要となる。だから本当にここが過去の楽園なのだとすれば、元の時代に戻れる可能性は限りなく低いと言わざるを得なかった。
少なくとも俺の持つ知識と技術で解決できる問題の範囲を超えていた。
そのため、
「獣人やエルフぽい人も歩いているな……。異世界に迷い込んだみたいだ」
情報収集がてら街の散策をしていると言う訳だ。
現代では人間しか確認できないが、どうやら二万年前の月には獣人やエルフなどの亜人も暮らしていたらしい。それに月とは思えないほど、この街は自然に恵まれていた。
青い空に澄んだ空気。自然も豊かで、重力も地球と変わりがない。
そのことから、ここが本当に月なのか内心では疑っているくらいだ。
まだ異世界に転移したと言われた方が納得できる。
とはいえ、どのみち帰る手段がないことに変わりはないのだが――
「これから、どうしたものかな……」
まだ、ここが過去の世界だと完全に信じた訳ではないが、疑っていても問題は解決しない。
過去に跳ばされたと仮定して、これからどうするかだ。
あの魔導書が原因であることは間違いない。なら同じ魔導書を見つけて〈解析〉することが出来れば、元の時代に帰る手掛かりを得られるかもしれない。望みは薄いが、他に手掛かりもないしな。このまま闇雲に動くよりはマシだろう。
そうと決まれば、
「まずは本がたくさんありそうな場所を探してみるか」
図書館のような場所がないか、街の中を探すことにするのだった。
◆
結論から言うと図書館はあったのだが――
「まさか、許可証がないと利用できないとはな……」
施設内に入ることは叶わず、門前払いを食らってしまった。
どうやら許可証を持っていなければ、図書館は利用できないらしい。
そして、その許可証の入手方法なのだが、
「今更、学校に通うのはなあ……」
魔法学院の生徒になる必要があるようなのだ。
その名の通り、魔法を学ぶための学校だ。興味がないと言えば嘘になるが、学校というのがネックだった。
以前から言っているように、俺は人付き合いが苦手だ。
過去に人間関係で失敗したことがある。だから学校に良い思い出がないのだ。
ましてや容姿は二十代前半に見えるが、これでも中身は五十を超えたおっさんだ。
この歳になってまた学校に通うのは、正直なところ抵抗がある。
「どうかされましたか?」
図書館の前で考えごとをしていると、見知らぬ女性に声を掛けられた。
白いローブを纏い、顔を隠すようにフードを目深く被った怪しげな女性だ。
まあ、俺も人のことを言えないような格好をしているのだが……。
黒い外套にフードで顔を隠した怪しい魔法使いと言った装いだしな。
「図書館に入れてもらえなくて困っていた。許可証が必要なようでな」
「ああ、もしかして他国から来られた方ですか?」
私もそうなんですよと、気さくに話し掛けてくる白いローブの女性。
悪い人ではなさそうだ。格好からして、聖職者と言ったところだろうか?
街の散策をしている時に、教会と思しき建物を目にしたことを思い出す。
もしかすると、目の前の女性はそこの関係者なのかもしれない。
「ここの図書館は貴重な本がたくさんあるので、学院の関係者や王が認められた方しか入ることが出来ないんです」
入り口では学院の生徒でないとダメみたいな話を聞いたが、そうだったのか。
しかし、城に行っても王様に会わせてもらえるとは思えない。ここが過去の楽園なら先代の〈楽園の主〉が王をやっているはずだが、俺のことを知っているはずもないからだ。
「学院の採用試験を受けられては如何でしょうか?」
「……採用試験?」
「はい。臨時講師であれば、いま募集をかけているはずです。よろしければ、紹介状をお書きしますよ」
と、丁寧に説明してくれる聖職者と思しき女性。
やはり親切な人のようだ。こちらを騙そうという悪意は少なくとも感じない。
彼女のことは、これから『シスター』と呼ぶことにしよう。
しかし、講師か。生徒よりはマシかもしれないが、俺に務まるのだろうか?
そもそも錬金術ならともかく、ちゃんと魔法を学んだことなんてないのだが……。
「どうして俺なんだ? 魔法学院の講師なんて誰でも務まるようなものではないと思うが?」
「そうでしょうか? あなたのように洗練された魔力の持ち主を私は
随分と評価されているようだが、洗練された魔力?
もしかして魔力制御のことを言っているのだろうか?
それなら確かに自信はあるが、こんな風に見抜かれたのは初めてだ。魔力量なら分かるかもしれないが、魔力制御の技術なんて普通は一目で見抜けるようなものではないからだ。
このシスター、只者ではなさそうだ。
実際、紹介状を書けるようなコネが学院にあるってことだしな。
「無理強いはしません。ですが、気が向いたら学院にお越し下さい。あ、紹介状をお渡ししておきますね」
そう言って慣れた様子で紹介状を手早く用意し、押しつけてくるシスター。
この強引な手口どこかで見た覚えが……そうだ、宗教の勧誘だ。
だとすれば、この人は本当に教会の関係者なのかもしれないと思うのだった。
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