第86話 失踪
月面都市の労働力にゴーレムを使う案は、シオンも悪くない案だと思っていた。
今後も都市の拡張工事は必要となってくるし、地球との取り引き次第では月の開拓も視野に含まれてくるだろう。そうなってくるとメイドたちだけで手が足りないことから、いずれにせよ労働力の確保は必要だと考えられるからだ。
それに治安の問題もある。月面都市のギルドに派遣される探索者は基本的にBランク以上になることから、そう言った探索者たちを相手にする以上は相応の戦力が必要だ。
そう言う意味でもゴーレムであれば、労働力としてだけでなく都市の治安維持への活用も期待できる。サーシャの眷属を憑依させたゴーレムであれば、Bランク程度の探索者であれば容易に制圧が可能だからだ。
仮にAランクの探索者が相手であったとしても数で対処すれば良いだけの話だ。
一万体ものゴーレムを都市へ配備すれば、大抵の荒事には対応可能だろう。
しかし、やはり地球の反応を考えると対応を検討しておく必要はあるとシオンは考えていた。高ランクの探索者を制圧できるゴーレムなど、少なくとも地球には存在しないからだ。
メイドたちがいるのに何を今更と思われるかもしれないが、より分かり易い脅威としてゴーレムの方が地球では危険視される可能性が高い。これは自分たちの方が圧倒的な強者であるが故に、ゴーレムを脅威と捉えていない楽園のメイドたちには分かり難い価値観だとシオンは感じていた。
だから、
「マイスター。相談したいことがあるのですが……」
椎名に相談するべきだと考えたのだ。
元日本人の椎名であれば、自分の考えを分かってくれるのではないかと思ってのことだ。椎名から注意してもらえれば、メイドたちも考えを改めてくれるかもしれないという打算もあった。
ようは少し自重してくれるだけでも不要な争いを避けられると考えるからだ。
そうでなければ楽園に地球が滅ぼされかねないと、シオンは地球のことを心配していた。
楽園のメイドであれば楽園の心配をするところだが、仮に戦争になっても楽園が地球の国々を相手に負けるところが想像できないからだ。むしろ、圧倒的な力で殲滅する未来しか見えない。
「いない? 一体どこに?」
しかし、〈工房〉の研究室に椎名の姿はなかった。
メイドたちの証言から研究室にいることを確認して訪ねたのにも拘わらずだ。
辺りを確認するも、やはりどこにも椎名の姿は見当たらない。
「ここで作業をされていたのは間違いないみたいね」
作業机の上には、未完成の魔導具が置かれていた。
錬金術の道具や素材もそのままであることから、ここで椎名が作業をしていたことは間違いない。どこに行ったのかと不思議に思いながらも、シオンは椎名の捜索を続けるのであった。
◆
「主様がどこにもいらっしゃらない!?」
レギルにはメイドの仕事以外に〈トワイライト〉の代表という立場がある。
そのため、頻繁に楽園と地球を行き来しているのだが、ギルドの理事会が五月に開催され、早ければ夏にでも探索者の受け入れが始まることから、今後のことを相談しようと椎名の姿を捜していたらシオンから行方が分からなくなっていると教えられたのだ。
こんな風に驚くのも無理はない。
「まさか、お一人で〈
報告にあった神獣の一件を思い出し、レギルの脳裏に嫌な予感が過る。
なにか手掛かりを得て、再び〈奈落〉へ向かったのではないかと考えたからだ。
しかし、幾ら〈楽園の主〉と言えど一人で向かうには〈奈落〉は危険すぎる。
すぐに捜索隊を編制すべきだと考えるレギルに、シオンは首を横に振る。
「ヘイズ姉様に確認してもらいましたが、ゲートが使われた形跡はないそうです」
シオンの話を聞いて、ほっと胸をなで下ろすレギル。
少なくとも〈奈落〉に向かったのでなければ、差し迫った危険はないと考えたからだ。神獣を捕らえるほどの力を持つ椎名が、そこらのモンスターや人間程度に後れを取るとは考え難い。
しかし、
「それでも状況を把握しておく必要はあるわね。このことをスカジには?」
「伝えてあります。〈狩人〉を総動員して捜索に当たってくれるそうです」
「当然ね。地球へ向かわれた可能性もあるし、私も〈トワイライト〉の情報網を駆使して主様の足取りを追ってみるわ」
急を要する事態ではないと言うだけで、椎名の消息が分からないことに変わりはない。なにか理由があってのことだと察せられるが、それでも椎名の無事を確認し、状況を把握しておく必要があった。
そうでなければ、いざと言う時に即座に対応できない可能性があるからだ。
いつでも主の求めに応じられるように備えておく。
それが楽園のメイドに求められる役割だとレギルは考えていた。
「あなたは、これからどうするつもりなの?」
「ノルン姉様に相談しにいこうと思っていたところです」
「ノルンに?」
どういうことかと首を傾げるレギルに、どう説明したものかと困った様子を見せるシオン。ノルンに話を聞きに行こうと思ったのは、例のストーカーの件を思い出したからだ。
いまもサーシャから借りたゴーストに椎名を尾行させているのであれば、ノルンは椎名の行き先を把握している可能性が高い。サーシャに直接尋ねても良かったのだがノルンには協力すると言った手前、自分がストーカーの件に気付いていることをシオンはサーシャにも黙っていた。
「ああ、そういうことね。あなたも知っているのね。ノルンが先代から託された使命のことを」
「え……」
シオンの話を聞いて、なにか思い当たる節を見せるレギル。
先日の会議でユミルが言っていた
シオンの反応がおかしいことから、その件に関することだと勘違いしたのだろう。
「一緒に行きましょう。確かに例の件が関係しているのだとすれば、ノルンが何か知っている可能性は高いわ」
「あ、はい」
申し訳ない気持ちになりながらも、レギルに話を合わせるシオン。
そうして二人はノルンに話を聞くため〈書庫〉へと向かうのであった。
◆
ノルンから預かった本の中身を早速確認してみようと、本を開いたのだが――
「これは……」
本を開いた瞬間、景色が一変し――
なにもない真っ白な空間に、俺は一人で佇んでいた。
どう言う訳か、先程まで手に持っていたはずの本も見当たらない。
これは、あれだな。
「やっぱり魔導書の類だったか」
たまにあるのだ。この手の力を持った魔導書が――
ノルンから預かった本だからと油断していた。
恐らくは本を開いた時に発動する魔法が仕掛けてあったのだろう。
起きてしまったものは仕方がない。問題はどんな魔法が仕掛けてあったかと言うことだ。
「……扉? ここに入れってことか?」
どうしたものかと考えていると、目の前に扉が現れた。
怪しい。明らかに罠ぽいが、他に手掛かりもないしな。
虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉もある。
ここでこうしていても仕方がないし、調べるくらいのことはした方が良さそうだ。
とはいえ、何の準備もなしに罠の疑いがある扉を開けるほど、俺は無謀ではない。
「魔導具は問題なく使えるな。念のため、フル装備しておくか」
黄金の蔵から、いつもの装備を取り出して着替える。
魔導具が使えるのであれば、俺でもそこそこモンスターと戦える。
蔵の中には魔法薬や魔導具の他、ある程度の食糧も入っているしな。
仮にこの扉がダンジョンに繋がっていたとしても、どうにかなるはずだ。
一通り状況を確認したところで、扉に向かって〈解析〉を使用する。
「〈
念のため、罠が仕掛けられていないことを確認するためだ。
解析結果はクリア。扉そのものに何か仕掛けがあると言う訳ではなかった。
とはいえ、扉の向こう側に罠がある可能性は捨てきれないので、最大限の警戒をしつつ扉を開ける。
また、どこかに転移させられてはかなわないしな。
「はあ?」
人の声と思しき賑やかな喧騒が
扉を開けると、そこには知らない街の景色が広がっていた。
後書き
これにて三章は完結です。
三章の総括については新年の挨拶と一緒に投稿予定です。
年末でバタバタしていて、なかなか作業時間が取れないのでご理解を。
皆さんも、よいお年をお迎えください。
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