第84話 ゴーレムの価値

 楽園の地下に設けられた訓練場で、魔導人形ゴーレムと訓練に励むシオンの姿があった。

 メタルタートルの合金で作られたカラクリ仕掛けのゴーレムだ。

 攻撃が通りにくく、物理と魔法がほとんど通用しない厄介な相手のはずだが――


「はあ――ッ!」


 シオンの斬撃の前に一撃で胴を切断され、ゴーレムは崩れ落ちるように倒れる。

 次々に襲い掛かるゴーレムを流れるような動きで、シオンは斬り捨てていく。

 しかし、


「かなり使いこなせるようになってきたけど……ダメね」


 それでも、シオンは納得していない様子を見せる。

 床に横たわるゴーレムの残骸は、綺麗な太刀筋でどれも切断されていた。

 しかし、それは自分の実力ではなく武器の性能によるところが大きいと感じているからだ。

 神竜との戦いで放った一撃。あれを自在に使いこなせるようになれば、いまよりも更に強くなれると考えてゴーレムを使った訓練に挑んでみたのだが、やはり簡単にはいかないことを実感する。

 魔力の消費が激しく、実践で使えるレベルには程遠いと感じるからだ。

 

「シオンさん、お疲れ様です! これ、タオルとドリンクです」

「あ、ありがとう」


 サーシャから差し出されたタオルとドリンクを戸惑いながらも受け取るシオン。

 汗を拭い、水筒に刺さったストローに口をつけて――


「サーシャ、これって……」


 ただの飲み物でないことに気付く。


「皆さんが訓練の後に飲んでるスポーツドリンクですけど、なにか変ですか?」


 魔力が回復するスポーツドリンクなどあるはずがない。

 間違いなくこれは魔力回復薬マナポーションだとシオンは確信する。

 地球なら一本数百万は下らない高級な魔法薬だ。

 それをスポーツドリンク代わりに飲むなんてこと普通はありえない。

 ありえないのだが、ここは楽園・・だ。そう言った地球の常識が通用しない場所。大分慣れてきたと言っても、やはり前世の記憶――人間であった頃の常識が邪魔をするのだろう。

 なんとも言えない表情を浮かべながら、シオンはストローを啜る。


「これがここの常識だと分かっていても、価値観の違いは簡単に埋められそうにないわね。……サーシャ? どうかしたの?」


 水筒の中身を飲み終えたところで、床にしゃがみ込んでゴーレムの残骸を観察するサーシャに気付き、声を掛けるシオン。

 なにをしているのかと気になったからだ。


「ゴーレムを見るのは、これがはじめてだと思って。珍しいですよね?」


 なるほどと、サーシャの疑問にシオンは納得する。

 同じような疑問を、昔シオンも抱いたことがあるからだ。

 椎名ほどの錬金術師であれば、ゴーレムを作れないはずがない。

 実際、地球でも魔力で動くロボットが最近は主流になってきているのだ。

 それが、なぜか楽園には一体も存在しない。不思議に思うのは当然だろう。


「マイスターに同じことを尋ねたことがあるわ。そしたら――」


 楽園の管理とご主人様のお世話は自分たちの仕事だと、メイドたちが頑なに譲らなかったことをシオンは説明する。

 忘れそうになるが、ホムンクルスは人間ではない。錬金術によって生み出された人造生命体だ。

 そう言う意味では、ゴーレムと同じ錬金術で作られた人形・・とも言える。

 だからこそ、自分たちの仕事を奪いかねないゴーレムに抵抗があるのだろう。

 楽園の主に仕え、奉仕することは彼女たちのアイデンティティでもあるからだ。

 とはいえ、


「月面都市に行けば、ゴーレムを見ることは出来るわよ」

「え、でも……皆さん、ゴーレムが苦手なんですよね?」


 楽園と違い、月面都市にはゴーレムが存在する。

 人型ではないが宙に浮かぶ無人の車など、ゴーレムに分類される魔導具だ。

 基本的に月面都市のシステムは宿泊施設の手続きから会計まで、すべて自動化が進められている。


楽園のメイドわたしたちが最も優先するべき仕事は何?」

「それは勿論、王様のお世話――ああ、そういうことですか」


 月面都市は地球人の目を向けさせるための表向きの都市だ。そのため、都市の主な利用者は地球の人間になる。

 楽園の威光を示すため、椎名に恥を欠かせないために式典では最大限の持て成しを行ったが、基本的に楽園のメイドたちは〈楽園の主〉以外の人間に対して厳しい。いや、正確には興味がないのだ。

 だから月面都市では可能な限りの自動化が進められていた。

 自分たちの主以外の人間に奉仕するという考えが、楽園のメイドにはないからだ。

 実際、楽園の都市を建造したのも先代の〈楽園の主〉に命じられたからであって、人間たちのために働いたと言う訳ではなかった。


「少し勿体ない気がしますね」

「わたしもそう思うけど……マイスターに関わることで姉様たちがゴーレムの使用を認めることはないでしょうね。それにゴーレムって動きが機械的で柔軟さに欠けるから、訓練の相手にしても微妙なのよね」


 楽園にゴーレムが必要ないと言う考えが、シオンにはまったく理解できない訳ではなかった。

 ここのゴーレムたちは訓練用に作られたものだが、ほとんど使われていない。

 その理由は戦えば分かる。動きが機械的で読みやすいのだ。

 これでは、ただ頑丈なだけの的と変わりが無い。楽園のメイドたちは普段から深層のモンスターを相手にしているため、ゴーレムを使った訓練を必要としないのだろう。

 戦闘以外でもゴーレムに出来ることは、すべてメイドたちにも出来る。

 むしろ、ホムンクルスの方がありとあらゆる面で優れていると言えるだろう。

 必要ないと言うよりは必要としていないのだと、シオンは考えていた。


「シオンさん。そこの壊れていないゴーレムを使って、少し試してみてもいいですか?」

「別に構わないけど……なにをするつもりなの?」

「眷属さん、お願い」


 サーシャの呼び掛けに応え、待機状態のゴーレムに憑依する人魂。

 そして、


「え?」


 シオンは呆気に取られた様子で、目を丸くする。

 ゴーレムが床に落ちていた剣を拾い、まるで人間のような動きを――

 それも剣術の経験があるかのような動きで、剣を振るい始めたからだ。

 シオンの目から見ても、見事な剣舞だった。


「これなら訓練の相手になりませんか?」


 サーシャにそう尋ねられ、シオンは逡巡する。

 サーシャの眷属は〈楽園の杖〉で強化された状態だと、Bランクの探索者に匹敵する強さがある。なかにはAランクに届く個体も存在するのだ。それがメタルタートルの合金で作られたゴーレムを動かしているとなると、


(相手になるならないなんてレベルの話じゃないわね……)


 正直、不安が過るほどの脅威だった。


「ん……面白そうなことをしてるね」

「え……ヘイズ姉様!?」


 シオンが声のした方を振り向くと、いつからそこにいたのか?

 人魂の憑依したゴーレムを興味深そうに観察するヘイズの姿があった。

 なにか企んでいそうな笑みを浮かべるヘイズを見て、シオンは嫌な予感を覚える。


「サーシャ。これと同じのを千……いや、一万体ほど用意するから月面都市で眷属たちを働かせてみる気はない?」

「正気ですか!?」


 案の定、恐れていたことを口にするヘイズに、シオンは悲鳴を上げる。

 

「ん……なにが問題なの?」

「こんなのが一万体もいれば、国だって簡単に滅ぼせるだけの戦力ですよ!」


 それの何が問題なのか分からないと言った様子で、ヘイズは首を傾げる。

 それもそのはずだ。


「そのくらいのこと〈原初わたしたち〉なら、みんな出来ると思うけど?」


 人間のSランクでさえ、大国の軍隊に匹敵すると言われているほどなのだ。

 地球の国を滅ぼすくらいなら〈原初〉の六人なら誰でも出来る。

 同じことは神獣を追い詰めたシオンにも出来るはずだと、ヘイズは考えていた。

 それに――


「サーシャ。この子たちって暴走したりする?」

「みんな良い子だから大丈夫だと思いますよ」

「なら、なにも問題はないね」


 仮に暴走したとしても、どうとでもなるという自信がヘイズにはあるのだろう。


(そう言えば、ここの人たちに地球の常識は通用しないんだった……)


 話が噛み合っていないとシオンは頭を抱える。

 シオンが心配しているのはそういうことではなく、地球から見たらどう見えるのかと言った常識の話だったからだ。

 シオンの反応が一般的な地球人の反応と言っていい。

 即ち、地球人がこのゴーレムの存在を知れば、同じような脅威と不安を抱くと言うことだ。

 地球の国々がすべて楽園に好意的と言う訳ではない。

 刺激するようなことにならないかと心配してのことだったのだが――


「シオンは心配しすぎ。なにか問題が起きたら、レギルとスカジが対応するでしょ」


 楽観的なヘイズの言葉に、認識のズレをシオンは痛感するのであった。


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