第83話 託された鍵

 少し残念なことがあった。竜王の素材だけが手に入らなかったのだ。

 その他の素材は回収できたのだが、どこを探しても竜王の素材だけ見つからなかった。

 勢いで遠くに飛ばされたのか? まだ竜王は生きているのか?

 それとも、シオンの攻撃で完全に消滅してしまったのか?

 真相は謎だが、モンスターを跡形もなく消滅させると素材が回収できないみたいなことを以前ユミルが言っていたしな。シオンの放った攻撃もユミルのように原型を残さず完全に竜王を消滅させてしまった可能性はある。

 普通なら斬撃でそんな真似が出来るとは思わないが、あの刀はちょっと特殊だ。

 麒麟きりんの角を使って作られているからだ。

 麒麟は〈奈落〉に生息する神獣の一体だ。同じ個体は存在せず倒しても復活することはない文字通りの特殊個体ユニークモンスター。だからこそ同じ素材は手に入らず貴重で、その効果も群を抜いていた。

 神獣の素材で作った魔導具には〈不壊〉のスキルが最初から付与されていて、壊れることがないのだ。だからこそ、強力な合成スキルを付与したとしても〈アスクレピオスの杖〉のように壊れることがない。

 世界樹の魔力で加工した〈魔法石〉に神獣の素材を合わせれば、ユニークスキルにも匹敵する力を持った魔導具の完成と言う訳だ。

 ただまあ、能力の汎用性ではユニークスキルに劣るのだが――

 魔導具だけあって特定の効果しか発揮することが出来ず、応用力に欠けるためだ。


「まさか、あの小さいのが竜王ってことはないだろうしな」


 モンスターが倒されて小さくなるなんて話は聞いたことがない。

 普通に考えれば、別の個体と考える方が自然だ。

 あっさりと捕獲できたことからも神獣と言う線も薄いだろう。

 あのユミルが手こずるほどのモンスターだしな。


「まあ、ないもの強請りしても仕方がないか」


 竜王の素材は稀少だが、だからと言ってなくて困るものでもない。霊薬は〈竜王の血〉がなくても作れるようにレシピを考案したし、他のレシピに必要な素材も大半は〈賢者の石〉で代用が利くからだ。

 さすがは万能の素材・・・・・と言ったところだろう。

 まあ、その〈賢者の石〉を作れるようになるまでの道程が遠いのだが……。

 この〈賢者の石〉が作れるようになって錬金術師はようやく一人前。そこからホムンクルスの製造に必要な〈生命の水〉を作れるようになるまで、更に長い歳月が必要となる。

 そう言う意味では効率は良くないんだよな。

 例えるなら錬金術は金を生み出す学問みたいに地球じゃ言われてるけど、その金を作れるようになるまでに貴重な素材を大量に消費するから、それまでの元を取るのは難しいと言うことだ。

 ただ――


「最初から元を取ろうとは思っていないけど」


 それでも錬金術を学ぶのであれば、必要なことだと俺は考えていた。

 だからギャルの妹にも、必要な道具と大量の素材を与えている。

 科学の進歩には犠牲が付き物だと言ったように、素材を惜しんでいたら成長はない。

 それに世界がダンジョンを新たな資源と考えるように、ダンジョンが存在する限りモンスターは無限に湧き続ける。即ち、どれだけモンスターの素材を消費しようと問題ないと言うことだ。


「取り敢えず、この素材を使って何か作ってやるか」


 と言う訳で、早速なにを作ろうかと考える。

 出来ることなら、この素材を使って何か思い出に残るものを作ってやりたい。

 レミルはともかくシオンとサーシャが〈奈落〉で初めて手に入れた素材だからだ。

 なにか良いアイデアはないかと素材を並べながら模索するのだった。



  ◆



 なにを作るかを決めて〈工房〉の研究室に籠もっていると、


「王様、少しいいかな?」


 珍しくノルンが尋ねてきた。

 そこで休憩がてら、外でお茶をしながら話を聞く流れになったと言う訳だ。

 普段は俺の方が相談に乗ってもらうことの方が多いしな。ノルンから相談を持ち掛けてくることなんて珍しいし、たまには主らしいところを見せようと思っていたのだが、


「王様、これを――」


 ノルンから一冊の本を手渡された。

 黒一色のカバーに金の装飾が施された魔導書と思しき書物。

 話があるというのは相談ではなく、この本を渡すことだったのだろうか?


(あ、もしかすると――)


 前に楽園の資料がないかと相談したこと思い出す。

 もしかすると、あれからずっとノルンは探してくれていたのかもしれない。

 なら、これは見つかった楽園に関する資料と言うことなのだろう。

 書庫の本をすべて把握しているノルンが気付かなかったことを不思議に思うが、その答えは表紙にあった。

 どこにもタイトルが記されていないのだ。これでは何の本か分からない。

 恐らくはノルンも把握できていない書物があったのだろう。


「ボクは王様を信じる。応援するって決めたんだ。だから……これを王様に託すよ」


 まさか、ノルンも労働環境の改善にそこまで前向きだと思っていなかった。

 この間から忙しそうにしていたしな。きっと思うところがあったのだろう。

 メイドたちは反対すると思うが、やはり今のままでは彼女たちの負担が重すぎる。

 ノルンの期待に応えるため、全力で取り組むことを心に誓うのだった。



  ◆



「無事、マスターにを託せたようね」

「ユミルか。覗き見なんて趣味が悪いよ」


 椎名が去ったあと入れ替わるように現れたユミルに、ノルンは呆れた様子で溜め息を漏らす。とはいえ、今回のことはユミルにも心配と迷惑を掛けたという自覚がノルンにはあった。

 最初から椎名を信じていれば、皆を不安にさせることもなかったからだ。


「ボクは王様を信じると決めた。この先、なにが起きたとしても」


 だからこそ、決めたのだ。

 もう二度と疑ったりしない。

 この先、何が起きようと椎名を信じると――


「そう言えば、前から聞きたかったことがあるんだけど」

「なにかしら?」

「ユミルが一番、王様と付き合いが長いでしょ?」

「長いと言っても、皆とそれほど変わらないと思うのだけど……」


 椎名が〈楽園の主〉となってから、もう三十年以上だ。

 目覚めた時期に違いはあるとはいえ、大きな差はないとユミルは考えていた。

 実際そうなのだろうが、最初に椎名と出会ったのはユミルだ。

 まだ〈楽園の主〉となる前の椎名と出会い、二人きりの時間を過ごしたのはユミルだけだ。

 一、二年の差でしかないと言っても、その差は大きいとノルンは感じていた。

 だから気になっていた。


「皆が不安に思っていても、ユミルだけは少しも王様のことを疑っていなかった。ユミルが王様に絶対の信頼を置いていることは分かる。でもそれって、いつからなの?」


 当時の椎名は、錬金術師としても王としても未熟だった。

 ユミルと出会った時など、まだ錬金術師とすら呼べない普通の人間に過ぎなかったはずだ。〈星詠み〉の件があったとはいえ、ユミルが椎名をあるじと認め、信用するに至った経緯を一度でいいから聞きたいとノルンは思っていた。


「最初からです」

「え……最初から?」

「一目見た時から、この方以外に私たちの主になれる方はいないと思っていました」


 ホムンクルスは、ただの道具ではない。

 主のために生き、主のために死ぬ道具だと言っても、知性と感情がある。

 だからこそ、ノルンもここまで迷ったのだ。

 それが最初からなんて言われれば、ポカンと呆気に取られるのも無理はない。


「あなたは深く考えすぎです。だからこそ、先代は慎重なあなたにこの使命を授けたのでしょうが……」

「……ユミルは違うの?」

「私が信じるのは自分ではなくマスターですから」


 自分を信じていないと言っているように聞こえるが、ノルンは納得する。

 楽園のメイドのなかで最も古くから存在し、忠実に自らの務めを果たしてきたのがユミルだからだ。

 信用するしないの話ではなく、何を優先するかの話だ。

 ユミルのなかで最も優先すべきなのは自分の考えではなく〈楽園の主〉なのだろう。

 だからこそ、主を疑ったりはしない。その必要がないと考えているからだ。

 

「ユミルらしいね。楽園のメイドホムンクルスとして模範的な回答だ」

「褒め言葉と受け取っておきましょう」


 皮肉に聞こえるかもしれないが、楽園のメイドとして正しいのはユミルの方だとノルンは分かっていた。

 それが、ホムンクルス。楽園のメイドが本来あるべき理想の姿だからだ。

 だからこそ、先代はユミルに〈星詠み〉の予言を託したのだと察せられる。


「先代はどこまで分かっていたんだろうね?」

「それは誰にも分かりません。ですが、マスターなら……」


 先代の〈楽園の主〉は遥か先の未来を見越して様々なものを遺した。

 六人の〈原初〉にそれぞれ違う使命を授けたのも、理由があってのことなのだと今なら分かる。

 しかし、先見の明では椎名も負けていない。

 断片的な情報から物事の本質を見抜く直感と、未来を見通す叡智。

 椎名なら先代すら超えられるかもしれないと、ユミルは考えるのであった。

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