第82話 神獣の正体
楽園の地下深く〈封印区画〉と呼ばれる施設の一角に、鳥籠に入れられた一匹の小さな竜の姿があった。
シオンとサーシャに深手を負わされた挙げ句、椎名に捕らえられた神竜だ。
幻想種の頂点に立つモンスター、神獣。
そのなかでもドラゴンの頂点に君臨するのが、この神竜であった。
その力は〈原初〉の名を持つホムンクルスとほぼ互角と言うもので、ユミルやレミルでなければ単独の討伐は難しいほどのモンスターだ。実際、過去の調査で一角獣の神獣と遭遇した時は、スカジとレギルの二人掛かりでようやく倒せたほどの怪物だった。
それを――
「捕らえてくるなんて……さすがは主様ね」
信じられないと言った表情で、鳥籠に入れられた神竜を観察するスカジ。
最初ここに連れて来られた時は『ここからだせ』と喚き立てていたのだが、さすがにもう諦めたのだろう。頭が冷静になったのか、自分の置かれている状況を理解し、いまは大人しくしていた。
「シオンも大活躍だったそうじゃない。レミルが褒めていたわよ」
そんな神獣をシオンが追い詰めたと聞いて、心の底からスカジは感心していた。
神獣の強さは対峙したことのあるスカジが一番よく知っているからだ。
「いえ、サーシャが隙を作ってくれたお陰です。それに――」
この刀がありましたからと言って、椎名から譲られた刀をシオンは見せる。
ありとあらゆるものを断ち斬る〈
斬ることに特化したその力は神獣が相手でも通用することを証明した。
この刀がなければ、神竜に深手を負わせることは出来なかったとシオンは確信している。むしろ、この刀を使っていながら倒しきることが出来なかったのは、自分の未熟さが原因とさえ思っているほどだった。
「それって、私とレギルで倒した神獣の
「そう言えば、レミル姉様がそんなことを言っていたような……どのようなモンスターだったのですか?」
「馬のような姿をした一角獣のモンスターだったわ。攻撃が多彩で空間に干渉する力を持っていて、私が動きを封じてレギルがトドメを刺すみたいな流れで倒したのを覚えているわ」
「なんだか、わたしたちの時に似ていますね」
サーシャが神竜の動きを止めてくれなければ、一撃で決められたかは分からない。
それが分かっているだけに、自分たちの時と似ているとシオンは感じたのだろう。
「あの時の素材で作られた武器で神獣を捕まえてくるんだから運命を感じるわね」
「……わたしが本当に頂いても良いんでしょうか?」
「主様から譲られたのでしょ? なら、私たちが口を挟むことではないもの。それに私たちも主様から魔導具を頂いているしね」
これもその一つよ、と左手の薬指に装備した指輪をスカジは見せる。
以前、アレクサンドルと戦った時に使った隔離結界を展開する魔導具だ。
愛用の武器は既にあることから、スカジは〈狩人〉の仕事に役立つ魔導具を椎名から幾つか渡されていた。
その内の一つが、この魔導具と言う訳だ。
(どうして左手の薬指に……いえ、突っ込まない方が良さそうね)
スカジは諜報活動を得意とする〈狩人〉の長だ。
左手の薬指に指輪をすると言う意味を理解していないとは思えない。となれば、下手にツッコミを入れると藪蛇になりかねないと考え、シオンは何も見なかったことにする。
椎名に特別な感情を抱いているのは、スカジだけに限った話ではないと察しているからだ。
とはいえ、それも無理はないかとシオンは考える。
実際、〈楽園の主〉――椎名には、それだけの力があると思うからだ。
「そう言えば、シオンはどうしてここに? 私は噂の神獣を見に来ただけだけど」
「あ、実は一つ気になることがあって、話が聞けないかと……」
「モンスターに話を?」
その発想はなかったと言う表情を見せるも、椎名が殺さずに捕らえてきた理由を考え、スカジは納得する。
これまでモンスターを捕らえて尋問するという発想はなかったし、実際それが可能かと言われると難しかった。通常のモンスターは言葉を話すことが出来ないし、神獣を捕らえることなど誰にも出来なかったからだ。
しかし、いまなら確かに可能だと考える。
そのために椎名はモンスターを捕らえてきたのだと察せられた。
「私も立ち合って良いかしら? 大丈夫、尋問は得意だから任せて頂戴」
「あの……そこまで手荒な真似をするつもりは……」
冷静に宥めながらも、スカジなら本気でやりかねないとシオンは思うのだった。
◆
『それで何が聞きたいのだ?』
「あら? 意外と素直なのね」
『拷問などされては、たまらぬからの』
神竜とスカジのやり取りを聞いて、シオンは苦笑する。
先程の話を聞いていたのだと察したからだ。
「わたしが聞きたいことは、あなたたちの
『正体だと?』
なにを言っていると訝しむ神竜にシオンは質問を続ける。
「率直に尋ねます。あなたたちは
シオンがそう尋ねるのには理由があった。
彼女自身がモンスターに生まれ変わった体験をしているからだ。
神獣たちが言葉輪を交わし知性があるのは、元は人間だったからだと考えれば説明が付く。
『我が元人間だと……なにをバカ……な?』
否定しようとして、困惑を隠せない様子を見せる神竜。
どうやって生まれたのか? どうして人の言葉を話せるのか?
自分でも説明ができないからだ。
「その反応、やはり何も覚えていないようですね」
「シオン、なにか心当たりがあるの?」
「わたしもモンスターだった頃、同じような体験をしているんです。人間だった時の記憶や感情が段々と薄れていって、心までモンスターに変わっていく体験を……」
それが、神獣が自分と同じなのではないかとシオンが考えた理由だった。
その証明となるかは分からないが、地上に現れたヤマタノオロチは明らかに深層のモンスターの力を大きく超えていた。レミルだからあっさりと倒せただけで、他のメイドなら苦戦を強いられていただろう。
もし、そうなら椎名に救って貰わなければ、自分も神獣のようになっていた可能性があるとシオンは考えたのだ。
『そんなはずはない。我は……我は神竜なのだぞ……』
昔のことを思い出そうとすると、頭に霧が掛かったかのように何も思い出すことが出来ない。神竜である自分が何かの干渉を受け、記憶の改竄を受けているなどと信じたくはないのだろう。
しかし、思い出そうとすればするほど、自分が何者であるかが分からなくなっていく。
その反応こそが、シオンの言葉を裏付けているとも言えた。
「神獣が元人間? だとすれば、神獣はもしかすると……」
スカジも何かに気付いた様子を見せる。
仮に神獣が人間であったとすれば、一つだけ思い当たることがあるからだ。
――魔王。神の領域に届きながらも自らの力に溺れ、魔に身を堕とした存在。
完全な神になることが出来なかった者の成れの果て、不完全な神とも呼ぶべき存在が魔王だ。
シオンの言うように神獣が元人間で〈魔核〉を宿しているのだとすれば――
「主様が神獣を捕獲されたのは、そのことを確かめるため?」
魔王が出現するメカニズムを解き明かすために神獣を捕らえたのだとすれば、すべてに説明が付く。ここ最近になって魔王が頻繁に現れるようになった原因も、それで分かるかもしれない。
そのことから突然、椎名がダンジョンの調査に赴いた理由をスカジは察する。
「さすがは主様ね。このことも、きっと予想していたのだわ」
シオンを救ったのは椎名だ。なら、彼女の事情にも詳しいはず。
そこから恐らくは神獣に目を付けたのだと察せられた。
「皆と情報を共有する必要があるわね。シオン、あなたも付き合いなさい」
「あ、はい」
スカジに誘われ、大人しく後をついて行くシオン。
その場に一匹残された神竜は思い詰められた表情で、自分が何者かを自身に問い続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます