第81話 鳥籠
――世界が割れた。
刀の力を解放した直後、そんな感覚をシオンは覚えた。
「はあはあ……」
言葉を紡ぐことすら難しいほどの倦怠感がシオンを襲う。
魔力の大半をたった一太刀の斬撃に持って行かれたからだ。
目の前に存在するありとあらゆるものを断ち切る力。物質だけでなく空間や概念さえも、断ち斬る感覚があった。それがこの刀――〈神斬〉の真の力だとシオンは理解させられる。
それに――
(……〈
魔王の権能が無意識に発動した感覚がシオンにはあった。
自分もスキルが使えなくなるデメリットがあるが、代わりに効果範囲に取り込んだ相手の魔法やスキルを使えなくする
それは即ち、放てば最後――
どんなスキルや魔法を使おうと防ぐことは叶わない一撃必殺の斬撃を放ったことを意味していた。
予想しなかった結果に、技を放った本人さえも驚きを隠せない。
「シオンさん! 凄いです!」
「はあはあ……いえ、わたしの力じゃないわ。すべてマイスターのお陰よ」
息を整え、ようやく落ち着いたところで、サーシャの言葉に応えるシオン。
謙遜などではなかった。ここまで見越して、この刀を譲られたのだと察したからだ。
相手のスキルを封じる代わりに、自分自身も他のスキルを使うことが出来なくなるからだ。
そのため、身体能力と剣技だけで圧倒できる格下にしか有効なスキルではなく、強敵を相手にした時、決定力に欠けることが分かっていた。謂わば、対人戦闘ならともかくモンスター相手には通用しにくいスキルだ。
だからこそ〈奈落〉のモンスターを相手にする時は、スキルを使わずに刀一本でシオンは戦っていた。サーシャの――味方のスキルも無効化してしまう可能性があったからだ。
(マイスターはすべて見抜いた上で、わたしたちにこの武器を授けた。そう考えれば、この結果にも納得が行く)
サーシャに渡した〈銀狼の杖〉も彼女のスキルと非常に噛み合ったものだった。
なら、自分の弱点も椎名に見抜かれていたのだとシオンは察する。
その上で、この刀を授けてくれたのだと――
神竜の相手をレミルではなく自分たちにさせたのは武器の力を認識させ、自信を付けさせるためだとシオンは考えていた。
「でも、さすがにこれで終わりね」
そう言って顔を上げたシオンの視線の先には、地平線まで一直線に続く新たな峡谷が誕生していた。
白銀の斬撃によって作られた巨大な大地の裂け目が――
◆
どうやら決着が付いたようだ。いやあ、それにしても凄かった。
レミルに関しては今更だが、シオンとサーシャも想像以上に活躍していた。
渡した魔導具も使いこなしているようだし、センスの高さを窺わせる。
しかし、
「竜王って、あんなに凄かったっけ?」
以前に一度だけ見たことのある竜王は、もっと小さかったし弱かったような記憶があるのだ。
やはり
それなら納得の行く話だが、ブレスを吐かれた時には少しだけヒヤリとした。
地形を変えるほどの一撃だったしな。〈
お陰でローブが少しだけ焦げてしまった。
ああ、言い忘れていたが障壁を突破された時のことも当然考えてある。どんな攻撃でも一度だけ完全に防ぎきってくれるタリスマンを装備しているからだ。
一度使えば壊れてしまうことからサーシャの〈銀狼の杖〉の劣化版と言ったところだが、サイズは神社で売っている御守り程度のものなのでローブの内側に三つほど忍ばせていた。
ただこれ、数が作れないんだよな。以前ユミルに相談したことがあるのだが、ホムンクルスはコアさえ無事なら死ぬことはないと言うことで、俺が優先的に使わせてもらっていた。
本当はメイドたち全員に行き渡らせたいのだが、ままならないものだ。
「ん? この魔力は――」
念のため、魔力感知を峡谷全域に広げて警戒していたのだが、何かが引っ掛かった。
戦闘を繰り広げていた区域から離脱するように、こちらに何かが向かってくる。
もしかすると、ドラゴンの生き残りがいたのかもしれない。
モンスターが逃げるなんて珍しい行動だが、俺の存在に気付いていないようだ。
まあ、それもそのはずか。魔力操作で、完璧に魔力を隠蔽していたしな。
スカジにも認められたくらい魔力の隠蔽については自信がある。この技術のお陰で〈楽園の主〉とバレずに一般人を装って、暁月椎名の姿で観光を楽しめていると言っても良いほどだ。
「油断しているみたいだし、丁度いいな」
黄金の蔵から鳥籠の形状をした魔導具を取り出す。
対象の能力を封じ込め、圧縮された空間内に閉じ込める魔導具。
モンスターの研究のため、捕獲用に開発した魔導具だ。
使い方は至ってシンプル。
「まずは魔力を解放してと――」
対象を魔力で屈服させれば良いだけだ。
万全な状態のモンスターには抵抗されることがあるのだが、戦闘から逃げ出すほど弱っているようだし、今回はたぶん大丈夫だろう。
魔力量に関しては問題ない。俺自身もそこそこ魔力はある方だが、実は〈黄金の蔵〉に仕舞ってある以前造った試作型の魔力炉に手を加え、いつでも必要な分の魔力を取り出せるように準備をしてあるからだ。
「
髪の色が灰色に変わり、瞳がユミルのように黄金へと変化する。
以前、俺が仮面で容姿を変えたことがあるが、それはこの状態の姿をイメージしてのことだ。
魔力を全力で解放すると、この姿になるんだよな。
恐らくは身体に収まりきらないほどの膨大な魔力を取り込んだ影響なのだろう。
この方法を思いついたのは、ホムンクルスたちに外部から魔力を供給できるのであれば、自分にも可能なんじゃないかと考えたのが切っ掛けだった。
備えあれば憂いなしと言う。なにせ、千人ものホムンクルスを目覚めさせることが出来るだけの魔力だ。これだけの魔力を自由に使えれば、あの時と同じようなことがあっても心配する必要がないと考えたのだ。
扱う魔力の量が多くなればなるほどコントロールは難しくなるのだが、幸いなことに魔力操作には自信があった。
魔力量が増えるだけで俺自身が強くなると言う訳ではないが、この手の大量の魔力を必要とする魔導具を使う時には非常に便利なものだ。
なにせ、この状態の俺は魔導具を使い放題。魔力切れの心配をする必要がないのだから――
『なんだ――このバカげた魔力は!? 貴様か、貴様がこの魔力を――』
魔力を解放した直後、小さな金色のドラゴンが目の前に現れた。
もしかして、さっきの
まさか、モンスターにも幼体がいるとは思ってもいなかった。
基本的にモンスターもホムンクルスと一緒で成長することがなく、成体の状態で生まれて来るからだ。
それに繁殖機能も備わっていないはずなのだが……。
だとすると、こいつはかなり貴重なサンプルかもしれない。
「いい
『その魔力どこかで……そうか! 貴様が――あの者たちの主なのだな!?』
あの者たちって、レミルたちのことか?
しかし、随分と偉そうな口調のドラゴンだな。
「喋るモンスターか。間違いなく
『なにを言っている!?』
偉そうなドラゴンの子供だが、やるべきことに変わりは無い。
むしろ、稀少性が増したと言えるだろう。
喋るドラゴンとか、持って帰ったらヘイズやノルンあたりが喜びそうだ。
「それじゃあ、早速――
『ぐおおお! 引き寄せられる! やめろおおおおおお!』
必死の抵抗も虚しく、鳥籠に吸い込まれる子竜。
もう少し粘るかと思ったが、これだけの魔力差があれば抵抗も無駄のようだ。
小型犬くらいの大きさはあったドラゴンだが、すっぽりと鳥籠の中に収まってしまった。
「お父様! レミルの活躍を見てくれたですか?」
「マイスター、いま戻りました。あの……先程の大きな魔力は一体……」
「鳥籠? うわ、可愛い! この子、どうしたんですか?」
そうこうしている間に、レミルたちが戻って来た。
サーシャが鳥籠に顔を近付け、さっき捕らえたドラゴンに目を輝かせている。
先程よりも更に縮んで、いまはインコくらいの大きさになっているしな。
まあ、可愛いと言えば……可愛いのか?
『くそ! ここからだせえ! 我をなんだと思っておる!』
偉そうで相変わらず口が悪いが……。
「あの……マイスター。このモンスターはもしかして……」
「ああ、逃げようとしていたところを捕まえた」
「捕ま……いえ、すみません。マイスターの手を煩わせてしまい」
「気にするな。お前たちは良くやった」
そもそも竜王を仕留めてドラゴンの群れを掃討したのは三人だしな。
俺のやったことと言えば、戦闘区域から逃げようとしていた子竜を捕まえただけだ。
ほとんど、なにも活躍していないに等しい。
「こいつを頼む」
「あ、はい。あのマイスターはどちらに?」
どちらにって素材の回収に決まっている。
ドラゴンの素材は稀少と言うほどではないが捨てるには勿体ない素材だし、竜王の素材はそれなりに稀少だからな。
いまでは霊薬の材料に使うことはないが、他にもいろいろと使い道のある素材だ。
とはいえ、素材回収に向かうと素直に言えば、真面目なシオンのことだ。
自分も手伝うと言って後を付いてきそうである。なら、ここは――
「
素材の確認をしにいくのは確かなので、嘘は吐いていないしな。
今回の探索では
これだけ暴れれば、レミルも満足しただろう。
さっさと素材を回収して帰ろうと、早足で素材の回収に向かうのだった。
◆
「……まだまだね。力を過信して、
失態を演じてしまったと、シオンは反省する。
椎名がいなけければ、もう少しで神竜を逃すところだったからだ。
戦闘に参加せず椎名が後ろに控えていたのは、こういう事態を見越してのことだったのだと察する。
「これって、さっきのドラゴンさんですか?」
「ええ、ダメージを負っているとはいえ、神獣を捕まえるなんて……マイスターには驚かされてばかりだわ」
「フフン、だからお父様は最強だと言っているのです!」
いまだけはレミルの言葉が正しいと、シオンも心から思う。
あの時に感じた椎名の魔力は、神竜から感じたものより遥かに大きなものだった。
例えるなら海のように底知れない魔力。
レミルの魔力も凄いと思うが、それさえ霞むほどの絶大な魔力を椎名は放っていた。
あれが〈楽園の主〉の力なのだとすれば、まさに――
(最強……いえ、あれこそ
人の身で神の領域に至り、魔に身を堕とすことなく神の座に至った存在。
それが〈楽園の主〉――
至高の存在なのだと、あらためてシオンは実感するのだった。
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