第79話 竜の谷

 今日は探索範囲を広げて〈竜の谷〉まで足を延ばしていた。

 昨日、シオンとサーシャが二人で倒したドラゴンの生息地だ。

 ここのボスと言えば、当然――


「あの……マイスターここは?」

「〈竜の谷〉だ。今日はここのボスを狩ろうと思う」


 霊薬の材料にもなる竜王が生息していた。

 シオンとサーシャがポカンと呆気に取られた表情で固まっている。

 突然、竜の親玉を狩るなんて言われると、この反応も理解できなくはない。

 昔の俺なら同じような反応をしていたことだろう。

 しかし、


「大丈夫。ただのでかいトカゲだ。二人なら問題なく倒せるはずだ」


 昨日見た二人の実力なら問題なく倒せると俺は確信していた。

 実際、竜の親玉と言っても、ただ大きいだけのドラゴンだ。

 ユミルなんて片手で捻っていたしな。勿論、他の〈原初〉の六人も余裕で倒せる。

 奈落の扱いでは、中ボスくらいの強さだ。

 天使どもの親玉とか最上位の幻想種なんかは、ユミルやレミルにスペックだけなら匹敵するほどの力があるしな。あのクラスになると厳しいと思うが、この辺りのモンスターなら問題ないと判断した。

 まあ、仮に神獣が出て来てもレミルなら単独で討伐できそうではあるのだが……。


「今回、レミルは二人のサポートを頼めるか? 極力手をださずにボスがでてきたら周囲の雑魚の相手を頼む」

「ええ……レミルもボスと戦いたいのです」

「これはレミルが二人のお姉ちゃん・・・・・だから頼んでいるんだ。として、二人の成長を見守ってやってくれないか?」

「――! はいなのです! お姉ちゃんに任せて欲しいのです!」


 こういう時、レミルは単純で扱いやすいから助かる。

 お前は戦わないのかって?

 いまなら倒す手段がない訳ではないのだが、戦闘は余り得意じゃないからな。

 魔力操作の技術だけなら自信はあるのだが、シオンみたいに剣術が使える訳でもないし、サーシャのように戦闘に使えるスキルを持っている訳でもない。だからと言って、レミルのように規格外の身体能力を持っている訳でもない。

 はっきり言うと、魔導具抜きなら俺の戦闘力なんて雑魚同然だ。

 戦闘力を測る機械でもあったら「たったの五か」とゴミ扱いされる自信がある。

 故に――


「マイスターはどうされるのですか?」

「俺は後ろで素材の回収でもしてるよ」


 これも立派な役割分担だった。



  ◆



「シオンさん、わたしたちだけで本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。マイスターが問題ないと判断されたのだから信じましょう。それにサーシャは絶対にわたしが守るから」


 どこか脅えた様子で不安そうに話すサーシャを、元気付けるシオン。

 とはいえ、シオンも内心では不安を抱えていた。

 そもそもドラゴンですら普通は出会ったら死を覚悟するほどのモンスターだ。

 それだけに昨日あんなにも簡単にドラゴンの群れを全滅させることが出来たのは、ホムンクルスの強靱な肉体と高い魔力だけが理由ではなく、椎名から渡された武器の性能によるところが大きいとシオンは考えていた。


(この刀、怖いくらい切れ味がいいのよね……)


 ドラゴンの鱗すら抵抗なく、まるでバターのように斬り裂くことが可能な刀。

 まだ魔力をほとんど込めていないのに、この威力だ。

 仮に全力で斬撃を放てば、どれほどの破壊力になるのか想像も付かない。

 国宝級のアーティファクトとか、そういうレベルの話ではない。

 神話に登場するような伝説の武器と同等以上の力を持った魔導具だとシオンは感じていた。

 こんなものを製作できる魔導具技師がいるなんて、ホムンクルスに転生する前の自分であれば信じられなかっただろうとも思う。


「信頼してます。昨日の、シオンさん凄かったですから」

「マイスターから頂いたこの刀のお陰よ。サーシャこそ、凄かったわよ」

「わたしの方こそ、王様から頂いた杖のお陰ですよ! 眷属たちの力がありえないくらい強化されていて、感覚的なものですが倍以上には強くなっていると思います」


 サーシャの話を聞いて、ありえないと言った表情を見せるシオン。

 ゴーストたちが信じられないような動きをしていたのは昨日確認しているが、まさかそれほどとは思っていなかったからだ。

 深層の大森林で確認した時のサーシャの能力は、シオンの見立てではゴースト一体あたりDからCランク程度の探索者と同等と言ったところだった。

 それでも何万体と使役できることを考えれば、破格すぎる能力だと思っていたのだ。それが倍以上に強化されると、探索者基準でDならCに、CならBランクに強化されていると言うことだ。

 Aランクに届く個体もいるかもしれないことを考えると、サーシャは一人で国を滅ぼせるほどの戦力を従えていると言うことになる。

 自分がサーシャと戦えばどうなるかと考えるシオンだったが、


(数に押し潰されて終わりね……)


 勝ち目は薄いと判断せざるを得なかった。

 いまならSランクすら圧倒的できると自他共に認めるほどの力があるシオンでも、それだけの数の高ランク探索者を相手にできるかと言えば、厳しいと言わざるを得ないからだ。


「任せてください。完璧にシオンさんをサポートしてみせますから!」

「え、ええ……よろしくね。あなたが味方で良かったと思うわ」


 よく分かっていない様子で首を傾げるサーシャを見て、本当に味方でよかったと心の底からシオンは思う。

 それと同時に、椎名の底知れない力にシオンは畏れを抱く。

 これほど強力な武器を渡したのは裏切ることがないと分かっているからだと思うが、それ以上に裏切られても問題ないと考えるほどの余裕が椎名にはあると感じていたからだ。

 仮にそうなのだとすれば、椎名の力は〈原初〉の六人をも凌駕するのかもしれないと考える。

 実際、昨日も天使の放つ魔法を簡単に無効化し、ドラゴンのブレスすら動くことなく防ぎきっていた。魔導具の力だとしても、そんな魔導具を複数使いこなしている時点で人間に出来ることではない。いや、自分たちにも同じ真似が出来るかどうか怪しいと言うのがシオンの見立てだった。

 強力な魔導具になればなるほど、その扱いが難しくなることを知っているからだ。

 実際、椎名から授かった刀を使いこなせているかと言えば、シオンはまだまだだと思っている。魔力制御に意識を割き力をセーブしなければ、一撃で全身の魔力が持って行かれそうになる感覚があるからだ。

 この刀を使いながら他の魔導具を使うのは無理だと断言できる。


神核デウス・コア……)


 ノルンから聞いた話がシオンの頭を過った、その時だった。


「シオンさん!」


 サーシャの声が響いたのは――

 シオンが顔を上げると、ドラゴンの群れの姿があった。

 その数は八匹。


「サーシャ、サポートをお願い」


 サーシャに援護を頼み、空から飛来するドラゴンに向かって跳び上がるシオン。

 驚異的な身体能力で、あっと言う間にドラゴンとの間合いを詰め、刀を一閃する。


「はあ――ッ!」


 一瞬にして二体のドラゴンの首が刈り取られ、自身に向けて放たれたブレスを返す刀で斬り裂くシオン。それでも諦めずに空中で身動きが取れないシオンに襲い掛かるドラゴンに、今度は人魂の姿をした無数の黒いゴーストが立ち塞がる。


「眷属さんたち、お願い!」 


 サーシャの願いに応え、空を覆い尽くす黒い軍勢。それはサーシャの魔王の権能ディアボロススキル皇女の黒き守護者ニグレド・ゲニウス〉で呼び出された不死の軍団ゴーストだった。

 その兵力は凡そ十万。眷属すべてが〈銀狼の杖〉によって強化され、探索者の指標で平均Bランク以上の戦闘力を有していた。

 それだけにシオンのように一撃でドラゴンの首を刈るような真似は出来なくとも、数の力で押さえつける程度のことは難しくない。まるで津波のように押し寄せる黒い影に呑まれ、空の王者とも呼ぶべきドラゴンたちが地上に叩き落とされる。

 そこに――


「はあああああッ!」


 足の裏に魔力を集めることで大気を蹴り、加速したシオンがドラゴンとの距離を一気に詰める。

 そして、幼き頃より修練を重ね、修めた古流の剣術を解き放つ。


「――桜花繚乱」


 風に舞う桜の花びらのように血飛沫を上げ、全身を斬り刻まれ――

 僅か一分足らずの攻防で、ドラゴンの群れは壊滅するのであった。



  ◆



「やるな。昨日よりも動きが洗練されている。レミルの出番はないんじゃないか?」


 レミルが介入する前に決着がついてしまった。

 正直、想像していた以上だ。昨日よりも更に動きが良くなっている。

 楽園のメイドたちのなかでも指折りの実力者と言って良いくらいだろう。

 魔王の権能がそれだけ凄いと言うのもあるが、所詮スキルは道具に過ぎない。

 魔導具にせよ、スキルにせよ、どんなものも使い手次第だと俺は考えていた。 

 その点で言えば、シオンはあの刀をよく使いこなしているし、サーシャもスキルを上手く使いこなしている。

 しかし、


「本番はここからだな」


 峡谷全体に響き渡るような咆吼が大気を、大地を揺るがす。

 これは〈竜の谷〉のボスの怒りの咆吼だった。

 どうやら眷属を殺されて怒り狂っているようだ。


「うお……凄い数が現れたな」


 前にユミルがドラゴンのことを虫に例えていたが、まさに一匹いたら百匹はいると思えという言葉が頭を過る光景が目の前にあった。

 そして、そんなドラゴンの大軍を率いる山のように大きな金色のドラゴン。

 あれこそ、


「お、金色の個体は初めて見るな。特殊個体ユニークか」


 竜の頂点に立つ幻想種――竜王ドラゴンロードだった。

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