第78話 天国の扉
テーブルの上には様々な種類の料理が並んでいた。
大半は日本の食卓でよく見る家庭料理と言う奴だ。
「いろいろと用意したので、苦手なものがあったら遠慮なく言ってください」
「いや、どれも美味い。懐かしい味だ」
お世辞などではなく、心の底からの本音だ。
シオンの料理は日本の家庭料理が中心で、ほっとするんだよな。なんて言うか、おふくろの味って奴だ。
まあ、実際のところ母親の手料理なんて覚えていないのだが……。
家族で過ごした記憶なんて幼い頃のものしかないと言うのも理由にある。
俺が小学校に上がる頃には、両親共に海外を飛び回っていたしな。小さい頃は祖母がいたので生活に困るようなことはなかったのだが、いま思うと実に無茶苦茶な両親だったと思う。
「
サーシャの作ってくれたデザートのアイスを食べながら風呂での話の続きをする。
「楽園、ですか……それって、もしかして……」
「ほとんど資料が残っていないから推測になるが、恐らく〈月の楽園〉の名はここから取ったのだろうな」
シオンが想像したとおりだと、俺は答える。
実はメイドたちを目覚めさせるのに必要な魔導具の開発と並行して、楽園の地下にある装置の〈解析〉も行っていた。あのゲートと繋がった巨大な装置も魔導具なら〈解析〉できないはずがないと考えたからだ。
その結果、分かったことが〈
まあ、〈楽園〉が〈奈落〉と呼ばれるようになった経緯など、詳しいことは研究資料が廃棄されていて分からなかったのだが、どのような役割を果たしている装置なのかは〈解析〉で知ることが出来た。
「あれはゲートを安定させるための魔導具だ」
ピンと来ないようで、よく分からないと言った表情を見せるシオンとサーシャ。
無理もない。俺も完全に理解しているかと言えば、そうではないしな。
いまだに謎が多く、答えられないことは幾つもある。
ただ事実として、あの装置にはゲートを安定させる機能があった。
「過去にもスタンピードのようなことがあったと言うことでしょうか? それなら先史文明が滅びた原因は……」
良い質問だった。さすがにシオンは頭の回転が速い。
俺も最初はその線を疑った。だからこそ、スタンピードの兆候が現れた時に危惧したのだが、結局〈奈落〉に影響はなかった。
それが装置のお陰なのかは分からないが、一つだけ確信できたことがある。
「レミルの戦いを見て、どう思った? 奈落のモンスターとはいえ、後れを取るように見えるか?」
「あ……そう言われると確かに変ですね」
「勿論、今日遭遇したモンスターは〈奈落〉のなかでも下から数えた方が早いモンスターだ。数は少ないが、ユミルやレミルでも手こずるモンスターがいない訳じゃない」
それでも仮に〈奈落〉からモンスターが溢れたとしても、ユミルたちなら地上を守りきるくらいのことは出来ると確信している。その間に地球は壊滅的な被害を受けると思うが、だからと言って即座に人類の滅亡には繋がらないと思うのだ。
それに避難場所として造った都市の下にゲートがあるというのも変な話だ。
モンスターが溢れれば真っ先に危険に晒されるのは〈楽園〉の都市だからだ。
だからダンジョンが関係していることは間違いないが〈大災厄〉の原因は別にあると俺は考えていた。
「でも、それだとどうして、そのような装置を造ったのでしょうか?」
「幾つか仮説は立てられるが、どれも憶測の域をでない話だ。装置を停止させれば分かることなのかもしれないが、何が起きるか分からない状況で実行するにはリスクが大きすぎるしな」
シオンの疑問は俺も思っていることだが、だからと言って試す気にはなれない。
ゲートを安定させるために装置が用いられているのだとすれば、理由が必ずあるはずだからだ。
推測は出来るが、仮に俺の予想が当たっていた場合、厄介なことになりかねない。
そのため、確証を得られるまでは現状維持を続けるしかないと考えていた。
「ただ、世界樹が植えられたのは結界のためではなく、あの装置に魔力を送り込むためだと分かっている」
地下の施設が造られたのが先で、街が出来たのは後になってのことだ。
世界樹も街のために植えられたものではない。そのことはイズンからも確認が取れていた。
楽園の地下にある研究施設は封印区画とも呼ばれているそうなのだが、街の結界を維持することよりも封印区画を守ることをイズンは優先した。あそこで眠っていた姉妹を守りたいという想いもあったのだろうが、封印区画を守ることが先代から彼女が与えられた使命でもあったからだ。
「それは世界樹に何かあれば、ゲートが不安定になると言うことですか?」
「以前なら、その可能性はあった。しかし今は、世界樹にもしものことがあったとしても問題はない。ダンジョンから取り込んだ魔力を循環させ、余剰エネルギーを蓄積する魔力炉を開発して装置に組み込んであるからな」
ヘイズたち〈工房〉のメイドたちの力を借りて開発した魔力炉だ。
世界樹にもしものことがあった時でも〈楽園〉の結界が消えたりしないように、いまではこの魔力炉を五基まで増設していた。
伊達に三十二年も引き籠もっていない。
錬金術の研究と開発に、ほとんどの時間を費やした結果だ。
「どうかしたのか?」
「いえ、マイスターの非常識さを再認識しただけです」
シオンの様子がおかしいので尋ねると、失礼な回答が返ってきた。
俺はアイデアをだして設計しただけで、実際に完成させたのはヘイズたちだしな。
俺だけの力では完成に至らなかっただろうし、先代もこのくらいのことはやれたと思うのだ。
ただ、恐らくはそのための時間がなかったのだろうと考えていた。
だから別に俺だけが非常識な訳ではないと思う。
「もしかして、姉様たちを目覚めさせるのに使った装置って……」
「ああ、魔力炉の試作型だな。いま楽園で使っているのは、その量産型だ」
とはいえ、魔力タンクとしては使い道があるので試作型も廃棄せず〈黄金の蔵〉に仕舞ってある。
量産型の方は数を増やすことで安定性を重視しているので、出力だけで言えば最初に完成した試作型の方が上だからだ。
「王様、わたしも質問いいですか?」
「ん? 別に良いが、何を聞きたいんだ?」
「これまで〈
当然の疑問だった。
三十二年もの間、何もしなかったと考える方がおかしいからだ。
実際、〈奈落〉の調査はこれまでに何度も行ってきた。
足下にこんなものがある以上、楽園の平和を脅かすかもしれないものを調べないという選択肢はなかったからだ。
しかし、
「何もなかった。見つからなかったんだよ。何も――」
ボス部屋らしき場所も、下に繋がるゲートも発見することが出来なかった。
勿論、隅々まで調査をした訳ではないので、どこかにあるのかもしれない。
しかし、手掛かりもなしにそれを見つけるのは難しいと考えていた。
この世界は広すぎるからだ。
「深層は大体ユーラシア大陸と同等の広さがあると分かっている。なら〈奈落〉はどのくらいの広さがあると思う?」
「えっと……地球と同じくらいですか?」
俺も当初はサーシャと同じような予想をしていた。
しかし探査用の魔導具を開発して調査を試みたところ、想定を上回る結果がでたのだ。
「把握できているだけで直径十二万キロメートル以上。地球の十倍の広さがあることが分かっている。それも、判明している範囲の話でだ」
それこそが、いまだにダンジョンが攻略されていない最大の理由であった。
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