第77話 奈落
今回のお出掛けはレミルのための計画だ。
なので、行き先はレミルに一任していたのだが――
「ここが〈
「うわあ……空が赤いです」
俺たちは何故か、〈奈落〉にいた。
ここには昼も夜もない。その狭間――黄昏の空が永遠に続く世界。
俺も素材集めに訪れたことはあるが、非常に
(念のため、準備してきて正解だったな)
念入りに準備をしてきて正解だったと過去の自分を褒める。
深層のモンスター程度ではレミルの相手にならないことを考えれば、この展開も予想できて当然の流れだったからだ。
雑魚ばかり狩っていてもダンジョンの醍醐味である
「敵が近付いてきているな。レミル、出番だぞ」
「お父様、スキルは使ってもいいですか?」
「さすがに〈
「はいなのです!」
「一先ず、シオンは俺とサーシャの
「え、ですが……いえ、分かりました」
自分もレミルに付いていこうとしていたシオンを後ろに下がらせる。
シオンは真面目だし、こう言っておけば勝手に飛び出して行ったりはしないと見越してのことだ。
別に彼女の実力を低く見ている訳ではなく、ここは本当に厄介な場所なのだ。
特に、いま近付いてきているモンスターはシオンと相性が悪い。サーシャなら先日渡した杖とスキルを駆使すれば対応できるかもしれないが、まずは見学させた方が良いだろう。
「レミル、三時方向だ」
「三時って、どっちなのです?」
「……正面から見て右だ」
「了解なのです!」
バカなやり取りをしながらも俺の言うとおりに動くレミル。
すると、指示した方角からレーザーのような攻撃が飛んでくる。
それをレミルは腕の一振りで、九十度横に弾き飛ばす。
「な……なんですか? いまの……」
目を瞠り、驚くシオン。
直撃こそしなかったものの地面は、先程の熱線で溶かされていた。
敵の姿は見えないと言うのに、更に光線が飛んでくる。
絶え間なく連続で飛んでくる光線に驚き、呆然とする二人の前に俺はでる。
「マイスター!?」
「大丈夫だ」
俺の〈
深層のモンスターの攻撃ですら簡単に弾く優れものだ。
相手は〈奈落〉のモンスターだが、この程度の攻撃であれば問題にならない。
「嘘……攻撃が勝手に
普通はこの手の結界を常時展開すると魔力消費も大きなものになるのだが、俺の製作した〈
その分、欠点がない訳ではなく装備者の魔力操作の技量に左右されるのだが、これに関してはユミルたちにも負けない自信があった。
錬金術を極めるのであれば、魔力操作は必須の技術だからだ。
「レミルの奴、派手にやってるな」
モノクルに付与された〈鷹の目〉を使って、遠方の様子を覗き見る。
凡そ三十キロほど離れた場所で、レミルが無数のモンスターと戦いを繰り広げていた。
戦いと言っても一方的な蹂躙劇だ。
奈落のモンスターとはいえ、この辺りにいるような雑魚ではレミルの相手にならない。
「あの……さっきの攻撃って? それにレミルちゃ……レミル姉様は?」
「この先、三十キロほどの場所で天使の群れと戦ってる。二百匹くらいいるみたいだな」
「て、天使ですか!?」
俺の説明に驚くサーシャ。
というか、いま『ちゃん』付けで呼ぼうとしたか?
「ああ、さっきの光線を放ってきたのも天使どもだ。実際に見た方が早いな」
鷹の目で捉えた情報を〈黄金の蔵〉から取り出した水晶の魔導具を使って空間に投影してやる。視覚情報やイメージを映像化して投影する魔導具だ。いろいろと応用の利く技術で、よく使われている魔導具の一つでもある。
「ちょっと怖いです。見た目は天使ぽいですけど……」
サーシャがそういうのも理解できる。
見た目は人型に翼の生えた天使そのものだが、手足が長く
天使なんて大層な名前が付いてはいても、会話が成立せず見境なく襲ってくる時点で、俺から見れば他のモンスターと変わりない。そのため、この天使たちのことを〈
この〈奈落〉で一番よく目にするモンスターで、扱い的にはゴブリンやスライムのような存在と思ってくれていい。とにかく数だけは多いので、鬱陶しいモンスターの筆頭に位置している。
「レミルなら問題ないが、数だけは多いからな」
シオンに任せなかった理由がここにあった。
シオンは〈身体強化〉以外の魔法が使えないので、攻撃手段は刀を使った接近戦に限られる。そのため、一度に相手ができる数は限られていて、数で押してくる敵に対しては消耗戦を強いられることになる。
更にシオンと相性が悪いと思うのが、こいつら再生能力が異常に高いのだ。
斬ったくらいでは死なないので、倒すのであれば跡形もなく消滅させるか、再生ができなくなるまで細かく切り刻むしかない。首を刎ねたり、上半身を吹き飛ばしても再生してくるほどだしな。
それでも、レミルの敵ではなかった。
「――
レミルが魔王の権能〈
このスキルの恐ろしいところはただ夢を見せると言う訳ではなく、
夢の世界に取り込まれた天使たちが、次々に灰となって消えていく。
どれだけ高い再生能力を持っていようと、夢の中で殺されれば為す術はない。
肉体の強度と精神の強さは別だしな。夢魔の王に精神世界で勝つのは不可能だ。
「今度は反対側からか。二人とも、九時の方向から来るぞ」
「――ッ!」
俺がモンスターの接近を報せると、すぐに戦闘態勢に入る二人。
この切り替えの速さは、たいしたものだと言える。
やはり、彼女たちも楽園のメイドなのだろう。
鷹の目を飛ばして敵の正体を探ってみると、手頃な相手が確認できた。
二人の練習相手には丁度良さそうだ。
「天使どもよりは戦いやすいはずだ。二人で片付けてみろ」
「はい――え、ええ!?」
「ど、ドラゴンの群れ!」
昔、ユミルが虫に例えたドラゴンの
◆
一日目は特に大きなイベントもなく平穏無事に終えることができた。
天使とドラゴンはどうなったのかって?
あんなのは〈
天使はレミルが一人で全部片付けて、ドラゴンの群れも多少時間は掛かったがシオンとサーシャが二人で片付けてしまった。
シオンに渡した刀ならドラゴンを一刀両断にするくらい訳がないし、サーシャも上手く人魂を使って注意を引き、シオンのサポートをしていたしな。
それに、あの人魂たちも思っていたより強かった。サーシャに渡した〈神狼の杖〉で強化されていると言うのも理由にあるが、魔法を使っていたし何より戦い方が上手かったのだ。
生前は名の知れた戦士や魔法使いだったのかもしれない。
レミルに天使の相手をさせたのは相性を考慮してのことだったのだが、天使の群れも二人なら倒せていたかもしれないと思うほどの戦い振りだった。
現状、〈奈落〉のモンスターに対処できるのは〈原初〉の六人とレミルだけだ。辛うじて〈九姉妹〉であれば対応は可能だが、それも今日戦ったような下から数えた方が早いモンスターに限られる。
その点からも、シオンとサーシャの戦闘力の高さが窺える。
やはり〈魔王の権能〉を持つホムンクルスは特別と言うことなのだろう。
「この辺りで今日は野営をするか」
杭のカタチをした魔導具を地面に突き刺す。モンスターの侵入を阻む結界を張ってくれる魔導具だ。これで昼間に遭遇したモンスター程度であれば侵入は疎か、認識することも出来なくなる。
次に野営のための
蔵からだしたのは、家そのものが魔導具になっている〈魔法の家〉だ。
「ダンジョンに家が……」
「わたし夢を見てるんでしょうか?」
シオンとサーシャが呆然とした表情で、家を眺めている。
もしかして、テントの方が良かったのだろうか?
まあ、テントも味があって良いとは思うが、ここが〈奈落〉であることを考えると、より安全で快適な方がいいと思ったのだ。
外観は普通の一軒家と言った見た目だが中は〈空間拡張〉で広くなっていて、十人くらい一緒に入れる浴場や三十畳のリビングにカウンター式のシステムキッチン。シャワーとトイレのついたベッドルームが八部屋ある。
昔、ユミルたちとダンジョン探索をするために作ったものだ。
だから全体的に広く、部屋数も多めに作ったんだよな。
「一番乗りなのです!」
風情には欠けると思うが、レミルは問題なさそうなので二人にもこれで我慢してもらおう。
今回の企画はレミルが主役だしな。
それに翌日に疲れを残すよりは、しっかりと休んだ方がいい。
「夕飯の前に汗を流すか。二人とも、レミルと先に風呂へ入ってきていいぞ」
こういう時はレディファーストだ。
疲れているだろうと思い、シオンとサーシャに風呂を勧めるのだった。
◆
先に三人を風呂に入れるつもりだったのだが、なぜか俺も一緒に風呂に入ることになってしまった。
レミルが「お父様も一緒に入るのです」と言って俺の腕を引っ張り、シオンまで「マイスターより先に頂けません」とか言うものだからサーシャまで同意して、流れで一緒に入ることになったと言う訳だ。
まあ、浴場は広く作ってあるので四人で入っても問題はないのだが、
「お風呂も凄く大きいですね! シオンさん!」
「そ、そうね……」
湯船の中で一人だけ身体にタオルを巻いているシオンを見て、恥ずかしいならあんなこと言わなければ良かったのにと思う。
まあ、思っても口にはださないけど。
こういう時は敢えて触れずにおくのが、紳士というものだろう。
「レミル。風呂で泳ぐなと、いつもユミルにも言われているだろう?」
「う……ごめんなさいなのです」
まだ遊び足りないようで、湯船で水泳をしているレミルを叱る。
今日は一日中、テンションが高かったしな。
随分と楽しみにしていたようだし気持ちは分からないでもないのだが、ダメなことはダメと叱っておく必要がある。
甘やかすと、俺までユミルに注意されるしな……。
「王様って、ユミル様ともお風呂に入ってるんですか?」
「いつもじゃないけど、たまに入ってるな」
俺から誘っている訳ではなく、風呂に入っていると誰かが乱入してくるのだ。
その所為で昔は狼狽えたものだが、いまでは少々のことで動じなくなってしまった。
以前にも話したと思うが、性欲とかも昔に比べると随分と薄れているしな。
こうした生活を長く続けている所為か、歳を食ったのが理由かは分からないけど。
「シオン? 恥ずかしいなら無理しなくていいんだぞ?」
「ち、違います! いえ、違わなくはないですけど、他に気になることがあって」
「……気になること?」
「〈
ああ、そっちかとシオンが何を気にしているのか察する。
「あ、わたしも気になっていました。もっと地獄みたいなところをイメージしてたのに景色も綺麗だし、でてくるモンスターも幻想的でどこか神々しいイメージがします」
二人が違和感を覚えるのも無理はない。
だからこそ厄介だとも言えるのだが、二人の言いたいことは理解できる。
俺も最初は同じようなイメージを〈奈落〉に抱いていたしな。
「ここに来るときに通ってきたゲートを覚えているか?」
俺の問いに頷く二人。
あれだけ異質な気配を放った
だからこそ実際に〈
「あのゲートの名前は〈
その名が、この世界のすべてを物語っていた。
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