第76話 道具の価値

「ベヒモスの角にキングトレントの宝珠か」


 なんとなくデジャヴを覚える懐かしい素材が目の前に並んでいた。

 他にも見覚えのある素材が多い。恐らくは楽園の南西にある大森林に行ってきたのだろう。


「これだけのモンスターを二人で狩ったのか?」

「はい。サーシャも凄かったですよ。無数のゴーストを召喚して、キングトレントを一人で討伐したんですから」

「い、いえ、わたしなんて全然! シオンさんの剣技の方が凄かったです! ズバッとベヒモスの首を切り落として――」


 互いに褒め合う二人を見て、微笑ましくなる。

 まあ、言っていることは年頃の少女の会話とは程遠いのだが……。

 ベヒモスとキングトレントは、深層でもボスクラスのモンスターだしな。

 それを単独で狩れると言う時点で、楽園でも上位の実力を持つと言うことになる。

 ユミルたち〈原初〉の六人には届かないにしても〈九姉妹ワルキューレ〉に匹敵するくらいの実力はありそうだ。


「それで、レミルは何を狩ってきたんだ?」

「これなのです!」


 そう言って自慢気にマジッグバッグから取り出したのは、メタルタートルの甲羅だった。

 甲羅のサイズからして、かなりの大物だな。念のため、地下にある施設に移動しておいて正解だった。

 封印区画の一角にある魔導具の実験やメイドたちのトレーニングに使用している部屋で、トワイライトのビルや月面都市のホテル地下にある施設を思い出してくれればいい。まあ、あれの数倍は広いけど。

 それにこちらの施設には、部屋の時間を加速させたり環境シミュレートなどの機能も完備されていた。


「こいつは上物だな。サイズも申し分ない」

「ふふん、二人が苦戦しているみたいだったので、お姉ちゃんが・・・・・・倒してあげたのです!」

「甲羅に籠もられてしまって刀が通じず……修行不足を実感しました」

「眷属たちの攻撃も通用しませんでした……」


 相性が悪かったのだろう。こればかりは仕方がないと思う。

 中身はたいしたことないのだが、甲羅がアホみたいに頑丈だしな。

 しかも頑丈なだけでなく、魔法にも高い耐性があるという厄介な甲羅だ。

 こいつを倒すには頭をだしたところを叩くか、もしくは――


「ちなみに、レミルはどうやって倒したんだ?」

「ユミ姉に教わったやり方で倒したのです」

「……ユミルに?」

「空中に放り投げて、拳で腹の部分を貫いていました……」


 どういうことかとシオンに説明を求めると、耳を疑うような答えが返ってきた。

 俺やユミルの許可なくスキルを使わないようにと、レミルには言い聞かせてある。

 だから、どうやって倒したのだろうと疑問に思ったのだが、想像以上に力押しな倒し方だった。


「お姉ちゃんのやり方を参考にするといいですよ」

「あんなの絶対に無理ですから!」


 シオンの言うように、誰でも真似のできる倒し方ではない。

 地面に接している腹の方が柔らかいと言ってもドラゴンの鱗よりも頑丈だし、メタルタートルは甲羅だけでも十トンを超える。普通は持ち上げて宙に放り投げられるようなモンスターではなかった。

 レミルの馬鹿力があってこそ、出来る芸当だ。


「そう言えば、レミルに認めてもらうとか言ってたけど、あれはどうなったんだ?」


 三人で仲良く狩りに行くくらいだし、もう解決したのかと思って尋ねてみる。

 レミルにとっては遊び場でもダンジョンが危険な場所であることに変わりは無い。

 だから三人で狩りに出掛けたのは、事前に連携を確かめるための予行演習かと思っていたのだが――


「なんの話ですか?」


 首を傾げるレミルに釣られて、俺も首を傾げる。

 ダンジョン探索へ行く件で一緒に出掛けたんじゃなかったのか?


「え……そのために大森林へ向かったんですよね?」

「わたしもそのつもりでしたけど……」


 なにやら話が噛み合っていないようだ。

 シオンとサーシャは困惑した様子で、レミルも首を傾げている。

 これは、もしかして……。


「レミル、どうして大森林へ行ったんだ?」

「みんなで狩りして遊んでただけなのですよ?」


 あ、うん。なるほど、これはいつものあれだわ。


「諦めろ。レミルはこういう奴だ」


 人の話を最後まで聞かず、よくユミルに叱られてるしな。

 関心のあることには積極的なのだが、興味の無いことには無頓着なのだ。

 大方、きちんと話を聞かないで森へ遊びに行ったのだろう。

 二人はそれを勘違いして、レミルに付いて行ったと言う訳だ。

 

「大物を探して森中を駆けずり回った、あの苦労は一体……」

「わたしのために頑張ってくれた眷属さんたち、ごめんなさい……」


 なんだか可哀想になって、このあとレミルの説得を手伝うことになるのだった。



   ◆



 結論から言うと、


「いいですよ。みんな一緒の方が楽しいのです」


 説得も何もあっさりとしたものだった。

 まあ、難しく考えずともレミルならそうだよなという回答だった。

 俺に構ってもらえないのが寂しかっただけで、一緒に遊べたらそれでいいのだろう。

 むしろ、なんでそんなことを聞くのかと首を傾げているくらいだったしな。

 シオンとサーシャの行動が無駄とは言わないが、空回りしていたと言うことだ。


「この刀をわたしにですか……?」

「ああ、メタルタートルに何も出来なかったって言ってただろ? シオンなら、たぶん使いこなせると思うから。あと、こっちの杖はサーシャにプレゼントだ」

「わ、わたしにもですか? うわ……綺麗な杖」

 

 レミルが迷惑を掛けたお詫びと言う訳ではないが、二人に武器を贈ることにした。

 楽園のメイドたちには全員、俺の作った魔導具を渡しているのだが、まだ二人には魔導具を渡していていないことに気付いたからだ。いま使っているものは〈工房〉にあったものを譲って貰ったのだろう。

 ミスリル製の刀と杖のようだが、スキルなどは付与されていない普通の武器だ。

 むしろ、魔導具でもない普通の武器でベヒモスの首を狩れたことが驚きだった。

 あのクラスのモンスターを単独で倒せるなら大丈夫とは思うが、装備は万全にしておいた方がいい。

 備えあれば憂いなしとも言うしな。


「その杖は〈神狼の杖〉と言って、サーシャの能力を最大限発揮してくれるはずだ」


 どちらの武器も世界樹と〈奈落〉のモンスターの素材で作った代物だ。

 サーシャの杖は〈神狼の杖〉と言って、眷属・・の能力を強化できるだけでなく装備中は〈白銀の加護〉を纏うことが出来るようになると言うものだ。細かく説明すると長くなるので効果については割愛するが、これでサーシャに生半可な攻撃が通ることはないはずだ。


「シオンの刀の銘は〈神斬かみきり〉だ。簡単に言えば、その刀に斬れないものはない」


 能力は至ってシンプルで、斬ることに特化した刀だ。

 この刀はことわりを斬る。物理防御が高いとか魔法がきかないとか、そういうのすべて無視して対象を断ち斬る武器だ。本来は物理攻撃が効かないはずのアストラル系のモンスターにも効果があり、その気になれば目に見えないもの・・・・・・・・すら斬ることが出来る。だから〈神斬〉という名前を付けた。

 どちらの武器も強力な効果が付与されているが、ユニークスキルを付与した魔導具と言う訳ではない。限りなくユニークスキルに近い効果を付与できないかと試行錯誤した末に辿り着いた答えの一つだった。

 複数のスキルを掛け合わせ、より強力なスキルを合成する技術。

 シオンに渡した刀に付与されているスキルも、ベースとなっているのは〈切断〉というありふれたスキルだ。

 本来は生産職のスキルで、素材の加工に使うのには便利かもしれないが戦闘向きとは言えないスキル。それを同系統のスキルと掛け合わせ〈再構築〉することで、ただ斬る・・ということだけに特化した刀を俺は作り上げた。

 ただこれ、並の素材では一回使うだけで限界を迎え、消滅してしまうのだ。以前、勇者に使った〈アスクレピオスの杖〉がまさにそれで、あれも稀少な素材を使ってはいるのだがスキルの力に魔導具自体が耐えられなかった。

 そのため、世界樹の魔力を使った特殊な〈魔法石〉と、神獣と呼ばれる〈奈落〉にしか生息しない稀少なモンスターの素材を使ってようやく完成へと至ったのが、この二つの魔導具と言う訳だ。

 まあ、そんな貴重な素材で作ったものを使わずに仕舞っていた訳なのだが……。


(いつも思いつきと勢いで作り始めるからダメなんだよな……)


 だからと言って有効活用しようにも、メイドたち以外に贈り物をするような親しい相手もいない。魔導具の中には扱いの難しい危険な物も少なくないため、贈る相手も慎重に選ぶ必要がある。

 そのため、死蔵している魔導具が蔵にはたくさんあった。

 先代が蔵に魔導具を大量に仕舞っていたのも、同じような理由なのだろう。


「どうした? 二人とも変な顔して」

「いえ、こんなに凄い刀を頂いていいのかと思って……」

「わたしの手には余るんじゃないかって……」


 なんの心配をしているのかと思えば、そういうことか。

 自慢じゃないが、俺は間違いなくシオンやサーシャより弱い。

 楽園で最弱と言ってもいいかもしれない。

 だから、その弱さを補うために魔導具の開発に力を注いできた。

 何が言いたいかと言うと――


「道具は所詮、道具だ」


 大事なものだからと言って、使わないものを取っておいても仕方がない。

 道具は使われてこそ、真価を発揮するものだと俺は思っている。

 だからアーティファクトを規制した日本の法律に一定の理解は示しても、賛同は出来なかったのだ。

 結局どんなものも使う者次第だしな。道具が悪い訳じゃない。


「二人を信頼して贈るんだ。俺の作品こいつらを使いこなしてやってくれ」


 それが、職人の本懐だと俺は思うのであった。

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