第75話 力の証明
スカジから緊急の議題があると提言され、月面都市のホテルで秘密裏に開かれた会議には〈
「主様が自らダンジョンの調査に赴かれるそうよ。それもレミルを伴って」
息を呑む音と共に、場に緊張の空気が漂う。
ここ半年が異常なだけで〈楽園の主〉が楽園の外へでることは滅多にないのだ。
ましてやダンジョンの調査に自ら赴くことなど、滅多にない出来事だった。
過去に何度か〈
それがレミルを伴ってとなれば、普通の調査でないことが窺える。
「主様が……スカジ、その話をどこから?」
「レミルからよ。あの子は事の重大さを理解していないみたいだったけど」
「ああ……レミルだしね」
椎名と出掛けられるのが嬉しくて、周りに言い触らしている光景が目に浮かぶレギルとヘイズ。レミルにとってダンジョンとは危険な場所ではなく、遊び場のようなものだからだ。
少なくとも深層にレミルの相手になるようなモンスターは存在しない。スキルを使うまでもなく、身体能力と魔力だけで圧倒できる力がレミルにはあった。
そのレミルを連れて〈楽園の主〉がダンジョンへ赴くと言うことは、なにかしらの意図があると考えるのが自然だ。
「ボクの所為かもしれない……」
そんななか、どこか思い詰めた表情のノルンの声が響く。
どういうことかと皆の視線が集まる中、言葉を発したのはノルンではなくユミルであった。
「いえ、あなただけの責任ではないわ。
近くにいながら気付けなかったことをユミルも恥じる。
ノルンの自由にさせたのは、ユミルでもあるからだ。
事情を察したレギルの口から質問が飛ぶ。
「
「ええ、先代からノルンに与えられた使命よ。だから内容は言えないのだけど……」
ユミルの説明を聞き、それは仕方がないと全員が納得する。
いまの〈楽園の主〉は椎名だが、先代もまた楽園のメイドたちにとって敬意を捧げる相手だ。ここにいる誰もがノルンと同じ立場であれば、先代から与えられた使命を優先したであろう。
自分たちを生みだした創造主とは、それだけ彼女にとって重い存在だからだ。
しかし、
「ボクがずっと迷っていて決断できずにいたから、王様は行動にでたんだと思う」
ノルンは問題を大きく受け止めていた。
椎名がなにを危惧しているのかを、彼女は知っていたからだ。
「もしかして、ご主人様が危惧されていることとは
そのことに気付いたイズンの口から〈魔核〉の名がでたことで緊張が走る。
僅か半年の間に二体もの魔王が確認されたことは過去に一度もない。
ただの偶然で片付けて良い話でないことは、誰もが察していたのだろう。
しかし、原因を調査しようにも過去に例がないことだ。
どこから手を付けて良いものか分からず、対応を保留にしているのが現状であった。
「うん。王様はダンジョンに原因があると関連付けたのだと思う」
誰にも原因は分からなかったが〈楽園の主〉であれば別だ。
未来を見通すほどの叡智であれば、不可能ではないと全員が思い至る。
恐らくは原因を特定し、その確認のために動いたのだと察する。
「だとすれば、レミルに声を掛けられたのは、やはり……」
「ん……
レギルの考えにヘイズが同調する。
ダンジョンの最下層〈奈落〉の調査となると、普通のメイドでは手に余る。
それこそ〈原初〉に名を連ねる六人か、最低でも〈
「わたくしたちにも声を掛けてくださればよろしいのに……」
「そうしない……なさらない理由があるのでしょう」
椎名のことを心配しながらも不満を漏らすイズンに、そうできない理由があるとスカジは答える。
そして、ノルンへと皆の視線が再び向けられる。
先程の先代から託された使命の話に繋がるのだと、察したからだ。
「マスターは証明するつもりなのだと思うわ。ノルンが決断できるように」
「だからレミルなのですね……」
ユミルの話から事情を察し、納得した様子で頷くレギル。
ここにいる全員は先代の〈楽園の主〉――〈至高の錬金術師〉によって生み出されたホムンクルスだ。その彼女たちを連れて〈奈落〉へ赴いても、自分の力で調査を成功させたとは言えない。
だから錬金術師としての成長を見せるために、自ら生みだしたホムンクルスだけを連れて行く決断をしたのだと察せられた。
「シオンちゃんとサーシャちゃんに声をお掛けにならかったのは、まだ彼女たちには早いと判断されたのでしょうね」
たった二人で〈奈落〉の探索をするのは危険だ。せめてサーシャとシオンは連れて行くべきところなのに、二人に声を掛けなかった。まだ経験の浅い二人では、命の危険があると判断したのだとイズンは察する。
ホムンクルスは人間ではない。主が死ねと言えば、死ぬ。
命じられたことを実行する道具だと言うのに、椎名は違っていた。
人として、家族として、彼はメイドたちに愛情を注いでくれる。
だからこそ、メイドたちも椎名の優しさに忠誠で報いたいと思っているのだ。
なのに――
「ごめん、みんな……。こんなことになってしまって……」
何も出来ない無力さを痛感する皆に、ノルンは心の底から謝罪する。
こうなった原因は、自分の心の弱さにあると考えているからだ。
この三十年余りで、椎名は〈楽園の主〉の後継者として十分な力を付けた。
それでもノルンは椎名の力を信じ切ることが出来なかった。
その結果、椎名は自らの力を証明するためにレミルだけを連れて〈奈落〉へ向かおうとしている。
そんな状況を招いた自分が許せないのだろう。
「あなただけの責任ではないと言ったはずよ」
「でも、ユミル……」
「マスターなら大丈夫。だから信じて待ちましょう」
それが自分たちに出来る唯一のことだと、ユミルは皆に言い聞かせるのであった。
◆
最近、メイドたちの様子がおかしい気がする。
妙に優しいというか、余所余所しいというか、とにかく変なのだ。
あの面倒臭がり屋のヘイズでさえ、なにかして欲しいことはないかと自分から言ってくるくらいだ。
なにがあったのかと不思議に思っていたのだが、
「マイスター。わたしたちもダンジョン探索に連れて行ってください」
「王様、お願いします」
シオンとサーシャがそう言って押し掛けてきたことで、ようやく理解した。
レミルとダンジョン探索に出掛ける話が、一部のメイドたちの間で噂になっているらしい。
大方、レミルが我慢できずに口を滑らせたのだろう。
「ごめんなさい! ノルン様に貸していた眷属たちが、ユミル様たちの話を聞いてしまって……」
頭を下げて謝るサーシャの横で、人魂が申し訳なさそうに頭を下げている。
状況から察するに、二人が知ったのは人魂がユミルたちの話を立ち聞きしてしまったからと言う訳か。貸していたと言うのは、恐らく〈書庫〉の整理のために貸し出していたと言うことだろう。
状況は理解した。
だとすれば、みんなの態度がおかしかった理由にも察しが付く。
あれは自分たちも連れて行って欲しいというアプローチだったのだと――
しかし、
(他のみんなを誘うと、レミルがへそを曲げそうなんだよな)
俺と遊ぶ時間が減ったことで不満を口にしていたことからも、余り人数を増やすとレミルの機嫌をまた損ねそうだ。
「レミル次第だな」
「レミル姉様に認めてもらえれば、一緒に連れて行って頂けると言うことですか?」
「まあ、そういうことだ」
レミルがダメと言えば、今回は諦めてもらうしかない。
あれでちゃんとお姉さんをしているみたいだし、シオンとサーシャの頼みであれば同行を許してくれそうな気もするけど、レミルに確かめてみないことには何とも言えないからな。
「見ていてください。足手纏いじゃないことを証明してみせます!」
「わ、わたしも頑張ります!」
足手纏い?
よく分からないが、やる気をだして走り去ってしまった。
レミルの説得に向かったのだろう。
「取り敢えず、準備は俺の方でやっておくか」
二人の説得が上手く行くことを祈りながら、俺はダンジョン探索の準備を一人で進めるのであった。
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