第74話 人造神霊

神核デウスコア……それって……」

「魔核よりも更に稀少なものだよ。なんせボクの知る限りでは、人の身で神に至った人間は二人しかいないからね。史上最強と謳われた〈白き国〉の魔女王でさえ、神の領域には至れても結局は魔に身を堕とすしかなかったんだ」


 それほどにへと至ることは難しいとノルンは強調する。

 神の領域へと至れる人間であれば、稀に現れることはある。

 しかし、やはり人の器で神の力を御することは叶わないのだろう。

 ほぼ確実に力に呑まれ、完全な神となる前に魔へと身を堕とす。

 ノルンの知る限りで、そのありえない奇跡を成し遂げたのは二人だけであった。


「その一人が、先代の〈楽園の主〉……〈至高の錬金術師〉と呼ばれた方なんですね」


 シオンの回答に満足した笑みを浮かべ、ノルンは頷き返す。


「その魂を――神核を受け継いだのが王様だよ。だから王様はダンジョンが現れる前からスキルが使えた。恐らくは無意識に使っていたのだと思うけどね」

「だから〈NOAHノア〉を開発し、メタルタートルを倒すことが出来た」


 ようやく合点が行ったと言う表情で、シオンは納得する。

 魔王の権能のように椎名のスキル〈大いなる秘術アルス・マグナ〉が神の名を冠していないのは、これで説明が付くと考えたからだ。

 だからダンジョンが現れる前から、椎名はスキルを使うことが出来た。

 魔力のない世界で力が大幅に制限されている状態でも〈NOAHノア〉を開発することが出来たのだと、シオンは解釈する。


「まあ、アレに関しては王様の才能もあるけどね。そもそも魔力のない世界では、神の権能と言えど力は大幅に制限される。魔法式を構築できても魔法は使えないしね。でも――」


 椎名は魔法式を現代の言語に置き換え、独自のプログラミング言語を開発することで電脳世界でそれを再現した。

 AIという名の新たな精霊・・を生みだしたのだとノルンは説明する。

 そんなノルンの話を聞いて椎名の凄さをあらためて実感すると共に、シオンのなかで新たな疑問が浮かぶ。

 だとすれば〈NOAHノア〉は椎名が最初に造った子供・・とも呼べる存在だ。

 しかし、楽園で〈NOAHノア〉の姿を見た記憶はない。


「楽園に〈NOAHノア〉の姿がないのは〈トワイライト〉で保護しているからですか?」


 いまから凡そ二十年前、内部告発によって〈NOAHノア〉の開発者が別にいることが発覚した後、〈NOAHノア〉の管理を行っていた会社の買収を当時まだ無名だった〈トワイライト〉が突然発表したのだ。

 その事件が〈トワイライト〉の名を世界に広め、大企業へと躍進させる切っ掛けになったとも言われている。あれはすべて楽園のメイドたちによって仕組まれた事件だったのだと、いまなら分かる。

 なら、いまも〈トワイライト〉の本社に〈NOAHノア〉は保護されているのではないかとシオンは考えたのだろう。


「いや、いつも一緒にいるじゃないか」

「え……」


 ノルンが何を言っているのか理解できず、呆然とするシオン。

 しかし、いつも一緒にいるというノルンの言葉で、頭に一人のメイドが浮かぶ。

 自分とサーシャを覗けば、椎名の娘と呼べるホムンクルスは一人しかいないからだ。


「まさか……レミル姉様が?」

「そのまさかだよ。王様の神核によって造られた神の器・・・に、地球で生まれた精霊・・が融合して生まれた人造神霊ホムンクルス。それが、レミル・・・さ」



  ◆



「お父様の背中は落ち着くのです」


 たまにあるのだが、今日のレミルは甘えっ子モードらしい。

 レミルは底抜けに明るく物怖じしない性格のため、非常にコミュニケーション能力が高い。敵と見做した相手に容赦がないところは他のメイドたちと同じなのだが、基本的に誰とでも仲良くなれる性格をしている。

 その点からも、本当に俺の娘なのかと思うくらい俺に似ていないんだよな……。

 俺の霊核をベースにしているのであれば少しくらい俺に似ててもいいと思うのだが、ほぼ正反対の性格をしているのだ。

 そもそも理想のメイド像を意識して外見もユミルに寄せたつもりなのに、なぜか完成してみると十二、三歳くらいの見た目になってしまったしな。


「もう良いだろ? いい加減に背中から降りてくれないか?」

「まだ、お父様エナジーを補給中だから却下なのです」


 お父様エナジーってなんだ……。本当にレミルだけは謎だ。

 まあ、はじめて造ったホムンクルスな訳だし、俺が未熟だっただけなんだろうけど。

 とはいえ、別にそのことを後悔していると言う訳ではない。

 レミルのことは好きだし、本当の娘のように思っているからだ。

 ただまあ、もう少し落ち着きを持って欲しいとは思っているけど。

 レミルと言う名前を付けたのも、ユミルのように落ち着いた大人の女性に育って欲しいという願いを込めてのことだった。

 よくよく考えるとホムンクルスは成長しないので、意味の無い願いだった訳なのだが……。


「そもそも、なにが気に入らないんだ? ここ数日ずっと、そんな調子だろう」

「レミルは悪くないのです。お父様が最近余り相手してくれないのが悪いのです」


 ああ、そういうことか。寂しかったんだな。

 そんなつもりはなかったのだが、確かにレミルとの時間が減っている気はする。

 とはいえ、ギャルの妹とも仲良くやっているようだし、邪魔するのは悪いと思っていたんだよな。

 楽園じゃ同世代の子供なんていないし、友達付き合いも大事だと思っているからだ。まあ、学生時代に友達が一人もいなかった俺が言えた話ではないのだが、そこはそれ、これはこれだ。

 自分が失敗したからこそ、子供には後悔して欲しくないと思うのが親だしな。

 しかし、それで寂しい思いをさせていたとは、子育ての難しさを実感する。


「なら、今度どこか一緒に出掛けるか?」

「――いくです! どこに行くですか?」


 余程嬉しかったみたいで、肩越しに身体を乗り出して顔を近付けてくるレミル。

 こんな風に素直な反応をされると嬉しくなるが、顔が近い。


「ほら、いい加減に背中から降りろ。ちゃんと約束は守るから」

「はいなのです!」


 レミルが背中から降りたことを確認して、どこに連れて行ってやろうかと悩む。

 楽園の中だと旅行気分には浸れないしな。同じ理屈で月面都市も却下だろう。

 となると、無難なところで日本かアメリカになる訳だが、先日行ったロシアのサンクトペテルブルクも観光するなら悪くないところだ。結局、モンスターが出現する騒ぎで観光どころではなくなって、ほとんど観光名所を回れていないしな。まだ、行ってみたいところはたくさんある。

 しかし、これは俺の行きたいところであってレミルの喜ぶ場所とは違う気がする。

 やはり、子供の好きそうな場所なら遊園地などのテーマパークか?

 そうなると、日本やアメリカの方が選択肢は豊富なんだよな。


「レミルはどこか行きたいところはないのか?」

「うーん……お父様と一緒なら、どこでも楽しいですよ?」 


 レミルの長所はこういうところだと俺は思っている。

 良くも悪くも感情表現がストレートなのだ。だから裏表がない。

 トラブルを招きやすい性格とも言えるが、レミルのように気持ちをストレートに表現してくれる方が好感が持てる。気持ちを察するのが苦手なので、その方が助かると言うのが理由にあるのだが……。

 とはいえ、子供はこのくらい元気な方がいいと言うのが俺の考えだった。

 

「あ、でも前から一つやりたいことがあったのです」


 どこがいいかと行き先を考えていると、レミルがなにか思いついたようだ。

 今回はレミルのための企画なので、出来るだけ希望を叶えてやりたい。

 とはいえ、子供の希望するところなんて定番は決まっている。

 最近、日本によく遊びに行っているようだし、どこかのテーマパークだろうと考えていると――


「お父様とダンジョン探索がしたいのです!」


 想像もしなかった行き先を希望され、ハードな休日になりそうな予感を覚えるのだった。

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