第73話 神核

「〈NOAHノア〉について知りたい? そう言うのはレギルかヘイズに聞きなよ」

「お二人には既に尋ねました。そしたら〈NOAHノア〉についてはノルン姉様の方が詳しいと」

「面倒臭くなって、こっちに投げたね。あの二人……」


 レギルの場合は純粋に急がしかったのかもしれないが、ヘイズは間違いなく面倒臭かっただけだとノルンは察する。


「ボクも面倒臭いからパス。いまは他にやることがあるからね」

「マイスターをストーカーすることですか?」

「……どこでそれを?」

「サーシャの反応を見て、気付きました。マイスターを尾行していたのは彼女のゴーストですよね? でもあの子が自分の意志で、そんな真似をするはずがありませんから」


 サーシャの性格を考えれば、自分の意志で行ったとは思えない。

 それに椎名から尋ねられた時、明らかにサーシャは動揺した様子を見せていた。

 だからこそ、シオンは隠れているゴーストの存在に気付くことが出来たのだ。

 実際には隠れていることに気付いただけで姿を確認した訳ではないのだが、ノルンの反応を見れば一目瞭然だった。


「どうして、他の誰かではなくボクだと思ったんだい?」

「消去法です」


 サーシャと繋がりがあって椎名をストーカーする人物なんて限られている。

 可能性として一番高いのが、レミルと〈原初〉の名を持つ六人のメイドたちだ。

 しかし、レミルは隠しごとが出来る性格ではないし、椎名に聞きたいことがあるのなら直接尋ねるはずだ。スカジも他の誰かに頼ったりせず、必要となれば自分で尾行を試みるだろう。

 ユミルやレギルは性格や立場から言って可能性は低く、ヘイズとイズンはよく分からないが月面都市で何かをやっているらしく最近は楽園を留守にすることが多くなっていた。

 となれば、残る候補はノルンしかいない。

 そして、いまサーシャは〈書庫〉の手伝いをしているし、ノルンとの関わりが深い。


「……ボクを脅すなんて良い性格してるじゃないか」

「脅すもなにもマイスターは気付かれていると思いますよ」


 それはノルンも分かっていた。

 シオンが気付いたと言うことは、未来を見通すほどの叡智を持つ〈楽園の主〉が気付かないはずがないからだ。

 しかし、椎名が気にしていないとしても他の姉妹がどう思うかは別の話だ。


「質問に答えて頂けるなら内容によっては、わたしも協力しますよ?」

「本当に良い性格してるよ……」


 これは取り引きだとノルンは察する。

 質問に答えれば、他の姉妹にバレないように協力すると言っているのだと――

 どちらの方が面倒かを天秤に掛けて、シオンの質問に答える方を選ぶノルン。

 そして、


「……〈NOAHノア〉について何が知りたいのさ」

「わたしが知りたいのは〈NOAHノア〉の開発者・・・についてです」


 シオンが何を知りたいのを理解して、そのことかと溜め息を漏らす。

 NOAHノアのことを訊きたいと言われた時点で、大凡の見当はついていたのだろう。


「その反応……やはりマイスターが開発者だったんですね」

「妙なことを気にするんだね。同じ元日本人・・・・だから興味を持ったってところかい?」

「それがないとは言いません。ですが、疑問に思ったことがあるんです」


 しかし、シオンの疑問はノルンの予想と少し違っていた。


「マイスターには、前世の記憶・・・・・があるんじゃないかって……」


 シオンが疑っているのは、椎名には自分のように前世の記憶があるのではないかと言ったことだった。

 それも大災厄によって滅びたとされる先史文明時代の記憶がだ。


「どうして、そう思ったんだい?」

「〈NOAHノア〉が三十年以上経過した今も世界最高峰のAIとして知られている理由。それは誰にも解析できないブラックボックス・・・・・・・・があるからだと言われているそうです。それって、もしかすると……」


 いま世界中で〈NOAHノア〉から生まれた人工知能が活躍しているが、構造を完全に理解して利用している訳ではなかった。

 独自のプログラミング言語を用いたブラックボックスが〈NOAHノア〉には存在し、世界中の技術者が解析を試みたが失敗に終わり、いまだ完全な解明には至っていないためだ。

 だからこそ、〈NOAHノア〉は現在でも世界最高峰のAIと呼ばれ、その開発者である暁月椎名の名は『伝説のプログラマー』として知れ渡っていた。

 そのことから、錬金術が関係しているのではないかとシオンは考えたのだ。


「お察しの通り、魔法式だね。しかも現代の言語に変換コンバートされたもので、ボクやヘイズでも解読には相当の時間がかかる高度な代物だよ」


 ノルンの話を聞いて、やっぱりと納得した表情を見せるシオン。

 だからこそ、


「〈NOAHノア〉を開発したのは学生の時だとマイスターは仰っていました。ダンジョンが現れる前のことです。そんなにも前から独自の言語を開発していて、それが魔法式と酷似していたなんて偶然、信じられません……」


 椎名には前世の記憶があるのではないかと言う最初の疑問に繋がる。

 そうでなければ、椎名が魔法式を知っていた理由に説明が付かないからだ。


「それにメタルタートルを偶然倒したと仰っていましたが、鉄骨が当たったくらいで深層のモンスターが倒せるとは思えません」

「確かに。メタルタートルは甲羅の硬さが目立つけど、本体の耐久もそれなりにあるから厄介な訳だしね。なら、どうやって倒したと思っているんだい?」

「……鉄骨を魔力で強化し、構造を弄ったとしか思えません。そして、モンスターの頭を撃ち抜く勢いでぶつけた」


 しかし、それはありえないと言うことはシオンが一番よく分かっていた。

 スキルに目覚める前の人間が、魔力を使ったと言うことに他ならないからだ。

 ダンジョンでモンスターを倒さなければスキルに目覚めることはない。

 同じようにスキルに目覚めなければ、魔力の扱い方が分かるはずもないのだ。

 なのに状況は椎名が魔力を使って、メタルタートルを倒したことを示唆していた。


「スキルは魂の力だからね」

「……魂の力?」

「分かるはずだよ。ボクたちと同じ〈魔核ディアボロスコア〉を持つキミなら、その意味が――」


 ノルンの説明を聞き、自分の胸に手を当てながら頷くシオン。

 スキルが魂に宿る力と言うのは、彼女にとって納得の行く話だったからだ。

 ホムンクルスは人間と違って未熟な状態ではなく、完成・・されたカタチで生まれて来る。故に知識や技術は習得することが出来るが、人間のように成長することがない。だからモンスターを倒してもスキルを得ることが出来ないのだが、一つだけ例外が存在した。

 それが、魔核ディアボロスコアだ。

 魔核から生まれたホムンクルスは生まれながらにしてスキルを扱うことが出来る。

 それは魔核そのものが権能スキルを宿した魔法石マナストーンであり、神の領域にまで至った魂の結晶だからだ。


「仕組みは魔導具と同じなんですね。人間も、ホムンクルスも……」


 魔法石とは、魔石から作られるスキルを付与できる結晶のことだ。

 魂の結晶を魔法石に例えるのであれば〈霊核〉とは、スキルが付与される前の無色・・の魔法石なのだとシオンは理解する。

 だから〈霊核〉から生まれたホムンクルスはスキルを使うことが出来ない。

 人間だけがモンスターを倒すことで、魂を――〈霊核〉を成長させることが出来るからだ。そうしてスキルが付与された〈魔法石〉と同じ力を持つようになったものこそが〈魔核〉なのだろう。

 だから〈魔核〉から生まれたホムンクルスはスキルを使うことが出来る。


「もしかして、マイスターは……」

「ようやく気付いたみたいだね。そう、王様も持っているんだよ」


 魔核を持つ者が生まれながらにしてスキルを使えるのであれば、椎名がモンスターを倒す前からスキルを使えた理由は一つしかない。

 生まれながらにして魔核を宿しているか、それに相当する何かを宿していると言うことだ。

 それは――


神核デウスコアをね」


 魔に身を堕とすことなく、至高カミの領域へと至った者の魂――

 神核を宿す者こそ、暁月あかつき椎名しいなであった。

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