第71話 告白

「これが地下の入り口か」


 イズンの手が光ったかと思うと草花が自ら避けるように移動し、地下への入り口が現れた。

 出入り口だけで学校のプールくらいありそうな大きさだ。

 想像していたよりも、ずっと広い空間が街の地下には広がっているらしい。

 しかし、


「地中を〈解析〉した時には、そんな反応は感じなかったんだけどな……」


 ふと疑問に思ったことが口にでる。

 世界樹の周りの地面を〈解析〉した時には、これほど大きな空間は魔力感知に引っ掛からなかったのだ。

 幾ら俺が未熟でも、さすがにこんなに大きなものを見逃すとは思えない。

 理由が分からず首を傾げていると、


「イズンがモンスターに見つからないように、魔法で隠してくれていたようです」


 ユミルの説明を聞き、そんなことも出来るのかと感心する。

 イズンを見ると、どことなく照れ臭そうに微笑んでいた。

 やはりユミルだけでなく、イズンも相当に凄いホムンクルスのようだ。

 まあ、世界樹の精霊だしな……。肩書きからして既に凄そうだ。


「ところで、イズンは本当に行かないのか?」

「はい。いまはまだ結界が復旧していませんので、モンスターの襲撃を警戒する必要がありますから」


 確かにそうなのかもしれないが、それだと尚更イズン一人を残すのは不安が残る。

 だからと言って、ユミルを残すと俺一人になるんだよな。

 この先にモンスターはいないと思うが、できることなら案内は欲しい。

 ホムンクルスたちが地下で眠っているとしか聞かされていないしな。

 重要な施設ぽいので、余計なことをしてしまわないかの方が不安だった。


「大丈夫です。彼女なら」


 俺の不安を感じ取ってか、ユミルがそう言う。

 まあ、何かあれば、すぐに戻ればいいだけの話か。

 ちょっと地下に行くだけで、どこか遠くに出掛けると言う訳ではないしな。

 それにユミルの強さを見れば、イズンも相当の実力者であることは察せられる。

 例の寄生虫は相性が悪かっただけのようだし、きっとその辺りのモンスター程度なら問題ないのだろう。


「それじゃあ、行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」


 そうしてイズンに見送られながら、俺とユミルは楽園の地下へと向かうのだった。



  ◆



 そして、現在――

 ちょっと地下に行くだけという言葉を、今更ながら撤回すべきだったと後悔している。もう、かれこれ一時間くらい階段を下りているが、いまだに目的地に到着していないからだ。

 幾らなんでも深すぎるだろう。

 まるで奈落に通じているかのようだ。奈落……奈落、まさかな?


「幾らなんでも深すぎないか? まるで奈落に通じているかのような深さだけど……」

「さすがはマスターです。よく気付かれましたね。ここは奈落アビスへと通じる玄関口でもあります」


 冗談のつもりで口にしたことが、まさか本当にそうだとは思わなかった。

 それって、ダンジョンの最下層の領域へと通じる入り口ってことだよね?

 そんなところにホムンクルスが眠っているって、ユミルたちを造った錬金術師は何を考えていたんだ……。


「見えてきました」 


 ユミルの言うように、黄金色に輝く光が見えてきた。

 この展開、前にもどこかで体験したことのあるような――


「これは……」


 見覚えがあるはずだ。

 黄金色の液体が入った無数の巨大な円筒形の水槽シリンダーが林立する光景。

 これはユミルが眠っていた施設の地下で見たものと同じだった。

 あの時と異なる点があるとすれば――


「ここにいるのが全員、ユミルの姉妹なのか?」

「はい。皆、マスターの帰還を待ち望んでおりました」


 壮観だった。

 無数にあるシリンダーのなかには一糸纏わぬ姿の女性が入っていたからだ。

 どのくらいいるのか、一から数えるのも億劫になるほどの数だ。


「あれは?」


 奥に四つだけ別にされたシリンダーと、巨大な装置のようなものが目に留まる。

 そして、装置の中央には白い渦のようなものが不気味な存在感を放っていた。


「あそこにいるのは私やイズンと同じ〈原初はじまり〉の名を持つホムンクルスです。そして、あの白い渦こそ――」


 奈落アビスへと通じるゲートであることを、ユミルは口にするのだった。



  ◆



「街は後から建造されたものですが、元々この地には先代・・の研究施設があったのです」


 先代がこの施設を造ったのだとユミルは説明する。

 当初は〈奈落〉のゲートを研究することが目的だったのだと――

 道理でユミルと出会った施設と構造がよく似ているはずだ。


「それじゃあ、ここに彼女たちを封印したのは?」

「私です。先代の最期を見届けた後、遺言に従い彼女たちを封印して自らも眠りに付きました。〈星詠み〉によって予言された〈楽園〉の後継者が現れる日を待つために――」


 それがマスターですと言われ、ようやく分かった気がする。

 ユミルが俺を楽園に連れて来たがっていたのは、これを見せたかったからなのだと察したからだ。

 彼女はずっと先代の遺言に従って行動してきた。それでも、不安はあったのだろう。

 理由も聞かされず、記憶にも欠落が見られ、どうして世界が滅びたのかも分からない状況で、ただ予言という曖昧なものに縋って二万年もの歳月を待ち続けてきたのだ。

 そうして待ち望んだ相手が、俺のような人間だ。

 俺が〈楽園の主〉になることを拒み続ければ、彼女たちは目覚めることがない。ユミルが不安に思うのは当然だった。

 自分でも彼女の気持ちを考えずに最低なことをしていたという自覚はある。

 ただ、それならそれで言って欲しかったと言うのが本音にはあった。

 いまでも〈楽園の主〉になる覚悟が出来ているとは言えないが、事情を知れば考えが変わっていたかもしれないからだ。


「一つ聞かせてくれないか? どうして、ここのことを最初に話さなかった? 姉妹のことを話せば、同情を誘うことも出来たはずだ。そうしなかったのは、それも遺言にあったからなのか?」

「いえ……マスターには自分の意志で決断して欲しかったのです。いまも、その考えに変わりはありません。以前にお話した通り、マスターが覚悟を決められるまで、私たちはいつまでも待ち続けるつもりです」


 嘘を言っているようには見えなかった。

 恐らくはこれがユミルの本音・・なのだろう。

 創造主に命じられたからではない。彼女自身で決めたこと――

 なら、俺も判断を先送りにせず、しっかりと応えるべきなのだろう。


「正直、覚悟が足りているなんて思わない。俺は先代・・とは違うし、ユミルが望んでいるような王様にはきっとなれない。失望させることもあるだろう。それでも俺が〈楽園の主〉になることを望んでくれるのなら――」


 俺は彼女の期待に応えたいと思った。 

 それが、彼女から受けた恩に報いる唯一の方法だと考えたからだ。

 それに、この三ヶ月。楽しくなかったと言えば嘘になる。

 人間関係を煩わしく思い、ずっと避けてきた俺だが、この先もずっとユミルとは一緒にいたいと思っていた。

 覚悟が足りないことを言い訳にして、この気持ちに嘘は吐きたくない。


「俺はキミのあるじになりたい」


 それが、俺の本心だった。



  ◆



「――と言うことが、あった訳だ」


 以上が、俺が〈楽園の主〉になった経緯だった。

 改めて話すと少し恥ずかしくなるが、俺はあの時の選択を後悔していない。


「どうかしたのか? 顔を赤くして?」

「い、いえ、そのなんていうか……」


 シオンの態度がおかしいことから首を傾げる。

 そんなにおかしな話をした覚えはないのだが……。


「王様、凄く格好良かったです! ユミル様もお姫様みたいで!」


 目をキラキラと輝かせるサーシャを見て、苦笑する。

 俺にとっては過去の体験を話しただけでも、彼女にとっては新鮮で面白かったのだろう。

 ユミルがお姫様みたいに綺麗だと言うのにも同意するところだ。

 正直、いまでも彼女と一緒にいるときは緊張することがあるくらいだしな。


「それで、皆さんを目覚めさせて王様になったんですか?」


 当然そこは気になるよな。

 ただ、そう上手く行かないのが人生というものだ。

 覚悟だけでは、どうにもならない現実が待ち受けていた。 

 

「いや、そこから全員を目覚めさせるのに三年かかった」

「……え?」

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