第70話 楽園の成り立ち

 ユミルとイズンが楽園の被害状況を確認している間、俺は錬金術の練習に励んでいた。

 今後のためにも腕を磨いて出来ることを増やしておくべきだと考えたからだ。

 ユミルに助けられてばかりでは、さすがに情けないと言うのも理由にある。


「――〈構築開始クリエイション〉」


 机の上に並べられた素材が光ったかと思うと、瓶に入った回復薬が現れる。

 この三ヶ月で上級までの回復薬であれば、道具なしでも錬成できるくらいには魔力制御の技術が向上していた。

 実は専用の道具がなくても、錬成そのものは出来なくはないのだ。

 そもそも俺の場合、スキルで錬金術に必要な工程はすべて賄えるのが大きい。

 ただ、環境を整えた方が錬成の成功確率は上がる。さすがに霊薬などの難易度が高い回復薬は、専用の道具なしの錬成は難しかった。

 だからこそ、工房をどうにかしたいと考えているのだが――


「これはユミルたちに相談しないとダメだな……」


 荒れ果てた工房を見渡しながら思う。

 どうにか作業スペースは確保したのだが、モンスターに荒らされたようで工房の中はぐちゃぐちゃだったのだ。

 倉庫の方も確認したいところだが、まだ施設を把握しきれていないんだよな。

 そこはユミルたちの調査報告を待つしかないだろう。

 あと、もう一つ気になる点があるとすれば――


「街は無事なのに人がいないって何があったんだろうな……」


 モンスターに荒らされているとはいえ、状態は綺麗なものだ。

 なのに街だけが残って生活の営みが感じられないことに、俺は違和感を覚えるのだった。



  ◆



「元々この街に人間はいませんよ」


 調査から帰ってきたユミルに尋ねてみたら衝撃の答えが返ってきた。


「え? でも住居と思しき建物はあるよな?」

「はい。人間はいませんが、ここではホムンクルスたちが生活をしていたので」


 なるほど、そういうことか。

 しかし人間がいないって、ホムンクルスの国だったのだろうか?

 なんとなく違和感を覚えるのだが……。

 建物もそれにしたって使用感とかなかったしな。


「元々楽園の首都は地上・・にあって、そこでは人間たちも一緒に暮らしていました。ですが大災厄によって国も、人も、地上の文明はすべて滅びてしまったので……」

「それじゃあ、ここは?」

「避難場所にと先代がお造りになった第二の都市です。結局、建造途中で地上は滅びてしまったので、使われることはないまま放棄されましたが……」


 だから街の広さの割に建物が少ないのか。まだ建造途中だったんだな。


「私たちだけであれば補給を必要としませんので」

「……補給を必要としない? もしかしてホムンクルスは食事を必要としないのか?」

「嗜向品として食事を取ることは可能です。ですが、魔力があれば私たちは問題なく活動できますから」


 一緒に食事を取っていたから気付かなかったが、そういうことだったのか。

 それなら生活の営みが見受けられないことや、ホムンクルスしかいないと言うのも納得の行く話だ。

 森に行けば野草や果物は手に入るかもしれないが、モンスターは倒しても素材となって残るだけなので食材の確保が難しい。肉を落とすモンスターもなかにはいるかもしれないが、何千何万人もの食糧を狩りだけで確保するのは難しいだろう。

 だからと言って、ダンジョンの中で牧畜や農業をするのもリスクが高い。だからホムンクルスたちに街を建造させ、安全な場所が確保できてから移住するつもりで計画を立てていたのだろう。

 しかし、その前に地上の文明は滅亡してしまった。

 街とホムンクルスたちだけを残して――

 ようするにここは忘れ去られた楽園と言う訳だ。 


「あれ? だとすれば、他のホムンクルスたちは?」

「地下で眠りについております」


 そう言って、俺とユミルの会話に割って入ってきたのはイズンだった。

 いま調査を終えて戻ってきたのだろう。野菜と思しきものが入った籠を抱えている。

 食糧庫でも見つけたのかな?

 あれ? でもホムンクルスたちは食事を必要としないとユミルが言っていたよな?


「それは?」

「ご主人様がお腹を空かせているかと思い、畑で収穫してきました」

「畑があったのか」

「遂さっき作りました。必要になるかと思いまして」


 畑って、そんなにすぐ収穫できるものだっけ?

 なんか俺の想像しているものと別物のような気がするのだが……。

 まあ、魔法のある世界だしな。そんなこともあるのだろうと自分を納得させる。


「それじゃあ、先に食事にしましょうか。調理してきますので少しお待ちください」

「私もお手伝いします」


 そう言って食材を持って調理に向かう二人の背中を見送る。


「あ、ホムンクルスたちのことをまだ詳しく聞いてなかった」


 話が脱線して肝心なことを聞き忘れ言えたことを思い出すが、食事の後でもいいかと気持ちを切り替えるのだった。



  ◆



 野菜ばかりで肉が欲しくなるが、味に関しては文句の付けようがなかった。

 料理の腕もたいしたものだと思うが、素材の味が良いんだろうな。

 ただ問題がない訳ではなかった。


「ふと気になったんだが、調味料は足りているのか?」


 例の施設から持ってきた調味料がもう余り残っていなかったはずなのを思い出す。

 イズンが野菜を用意できると言っても、塩の確保は必要になるしな。ホムンクルスが食事を取る必要がないのなら、調味料の備蓄も期待できなのではないかと心配になったのだ。


「ご安心ください。移住のために少しずつ運び込まれていた食糧の備蓄があります」

「ああ、やっぱりそこは準備をしていたのか」

「と言っても、避難する予定だった住民が半年食いつなぐのがやっとと言った程度の量ですが……」


 そう言って溜め息を交えながら、俺の疑問に答えるイズン。

 本格的に移住を進めるのであれば足りないのかもしれないが、いまは十分過ぎる量だ。

 仮にも国を名乗っていたなら、国民の数は千人や二千人の話じゃないだろうしな。

 女子供だけでも避難させる想定だったとして、数万人分の糧食を用意していたはずだ。

 しかしそうすると、また一つ疑問が浮かぶ。


「……それだと畑を態々作る必要はなかったのでは?」

「ご主人様には新鮮なものを食して頂きたかったので」


 イズンの話に納得した様子でユミルも頷いている。

 嬉しくないと言えば嘘になるが、そのために畑を作ったと思うと複雑な気持ちだ。

 まあ、備蓄も無限にある訳ではないし、畑も無駄にはならないだろう。

 取り敢えず、当分は食事の心配をしなくて済むと分かっただけで十分だった。

 なら、あとの問題は――


「地下の施設で眠っているホムンクルスについて教えてもらえるか?」


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