第69話 世界樹の精霊
話の続きをしようと思う。
あれから目が覚めたら世界樹の根元でユミルに膝枕されていた。
芋虫はいないし、どうやらユミルが倒してくれたようだ。
やはりユミルの真似事をしようとしたのは無茶だったのだろう。
「ユミル、あのモンスターを
「
「
「世界に一つしか存在しない唯一無二の力。
ユニークスキルは何となく分かるが、魔王の権能か。
凄そうな雰囲気が名前からでも伝わってくる。
しかも、唯一無二の力か。そりゃ、模倣できないのも当然だよな。
無茶をして気を失うし、本当に迷惑を掛けたようだ。
「悪かった。また世話を掛けたみたいだ」
「そんなことはありません。ご主人様のお陰で世界樹は無事なのですから」
ユミルの優しさが身に染みる。
どうしてあんな真似をしたかと言うと、魔力そのものに干渉できるのであれば、魔法を真似ることも出来るのではないかと考えたからだ。
ユミルがスキルを使っているところは何度も目にしていたし、なんとなく出来るような予感があったと言うのが大きい。結局、気を失ってユミルに助けられていたら世話はないのだが……。
「ところで……そちらさんは?」
ゆっくりと身体を起こし、先程から気になっていたことを尋ねる。
視線の先には、メイド服を着たウェーブ掛かった銀髪の女性が笑顔で立っていた。
ユミルと甲乙つけがたいほどの美女だ。
母性を感じさせる大人の女性と言った雰囲気を纏っている。
しかし、なんでまたメイド服なのだろうと言う疑問が浮かぶ。
俺の趣味趣向は筒抜けと言うことなのか?
「彼女は私と同じ先代に造られた〈原初〉のホムンクルスの一体です。個体識別番号は――」
「ユミルちゃん」
名前を呼ばれてピタリと動きを止め、溜め息を溢すユミル。
ユミルをちゃん付けで呼ぶとか、何者なんだ。一体……。
笑顔の奥に隠された迫力といい、逆らって良い人物ではなさそうだ。
「ご主人様。私にも名前を授けて頂けないでしょうか?」
「え……」
「ホムンクルスは名付けの親に忠誠を誓うという特徴があります。ですから、ご主人様に名を与えて頂きたいのです」
おっとりとした口調で説明する彼女の言葉に、なるほどと納得させられる。
ホムンクルスにそんな習性のようなものがあるなんて知らなかったが、だからユミルも俺が名前を付けた時に驚いていたのか。
勝手な真似をしたかなと不安になるが嫌がっている風じゃなかったし、結果的にあれで良かったんだよな?
しかし、名前か。急に言われてもな。
「その前に一ついいか?」
「はい。なんなりと――」
「まず俺はキミのことを何も知らない。だから先にいろいろと教えてくれないか?」
ユミルと同じ錬金術師に造られた特別なホムンクルスだと言うのは理解した。
しかし、それ以外のことは何も分かっていないのと同じだ。
これで名前を考えろと言われても難しい。
彼女だって適当な名前を付けて欲しい訳ではないだろう。
なら、まずは相手のことを知るのが先だと俺は考えた。
「なるほど、そういうことですか。確かに私のことを知って頂くのが先かもしれません」
こちらの意図を理解してくれたようで、少し逡巡する様子を見せる。
どういう風に自己紹介するのかを考えているのだろう。
分かる。俺も学生の頃、出席番号順に自己紹介をさせられるのが一番嫌で苦労したからな。
いざ自己紹介をしろと言われても、客観的に自分の特徴を把握している人間なんてそうはいない。結局、みんな似たり寄ったりの自己紹介になって無難な答えしか出て来ないんだよな。
「私は、ご主人様に救って頂いた世界樹です」
しかし、彼女の自己紹介は簡潔すぎるほど記憶に残るものだった。
◆
彼女の名前はイズンと決まった。
名前の由来は、黄金の林檎を実らせる樹を管理していたとされる女神の名だ。
そして俺の前には、その黄金の林檎が籠一杯に積んであった。
彼女が世界樹を守った御礼にとくれたものだ。ようするに世界樹の実だな。
「錬金術の素材に最適って話だったけど、普通に食っても美味いな」
しかも回復効果があるようで身体に活力が満ちていくのを感じる。
さすがはファンタジーな果物だ。これで酒とか作れないかな?
林檎みたいなものなら作れそうな気がするんだが、今度試してみるか。
昔、N○Kで特集がやっているのを見た記憶があるのだ。
錬金術を応用すれば、醸造についてはどうにかなりそうな気がする。
「しかし、世界樹の大精霊とは……」
正確には世界樹の魂に
その人の器と言うのが、ホムンクルスの身体なのだろう。
彼女たちを造った錬金術師の知識の深さと技術力の高さを改めて思い知らされる。
ちなみにイズンも、ユミルと同じ〈
俺の想像する魔王とは違うみたいだけど、男心を刺激されるスキルだ。
「マスター。ただいま戻りました」
先に案内してもらった工房の片付けをしていると、ユミルが帰ってきた。
どうにか確保できた作業スペースの一角にテーブルを寄せ、ユミルの分の椅子も用意する。
「おかえり。世界樹はどうだった?」
「はい。頂いた薬は全部使ってしまいましたが、快復に向かっています。イズンの話では完全に元通りになるには、まだしばらく時間が掛かるそうですが、街への魔力供給は問題がないそうです」
「なら、結界の方は問題がなさそうだな」
世界樹に取り憑いていたモンスターは寄生虫のようなものだったそうだ。
それで世界樹からの魔力供給が足りなくなって、街の結界が消失していたとの話だった。
俺がユミルに頼まれて渡したのはエリクサーと呼ばれる霊薬だ。
この三ヶ月、寝る間も惜しんで錬金術の鍛練に励んだ成果の一つだった。
五本分しか作れなかったのだが、そのすべてをユミルに渡したのだ。
強力な回復薬だと言うのは分かっていたが、世界樹にも効果があったんだな。
「回復薬は楽園にも備蓄がない状態でしたので助かりました」
「あのくらいなら、いつでも作るけど……霊薬は材料がな」
すぐにまた必要になるとは思えないが、今後のためにも補充をしておきたい。
しかし、錬金術のレシピが載った魔導書によると、霊薬を調合するには竜王の血と世界樹の葉が必要なのだ。そして、その二つについては施設にあった材料をすべて使ってしまったので既に在庫がない。
世界樹の葉は手に入りそうだが、竜王の血がな。
「竜王って、そこらにいるモンスターなのか?」
「ドラゴンロードですか……。深層よりも更に下、
やはり稀少な素材だったようだ。
霊薬が役に立ったから良かったものの稀少な素材を使ってしまったと思うと、勿体ないことをしたと言う気持ちになる。とはいえ、錬金術の腕を磨くには同じアイテムばかりを作っていてもダメなようなのだ。
難易度の高いアイテムほど、製作に高度な魔力制御が求められるからだ。
これは確実に成功するアイテムばかりを作っていても鍛えられるものではない。
「ドラゴンロードの素材が必要でしたら少しお時間を頂くことになりますが、狩ってきましょうか?」
近くのコンビニに買い物にでも行くようなノリで言われても反応に困る。
しかし、ユミルなら可能なのだろうなという安心感は既にあった。
「必要になったら頼むかもしれないが、いまはいい。それよりも、いまは他に優先すべきことがあるだろう?」
余りユミルに頼り過ぎるのもどうかと思うので断っておく。
街の状況を考えれば、被害の確認や結界の復旧などやるべきことは他にある。
それに、いまの俺の腕では折角とってきて貰った素材を無駄にする可能性の方が高いしな。
やはり成功率を上げるためにも、魔力制御の技術を磨く方が先だろう。
どんなことでも近道などないと言うことを、俺は今回のことで学んだ。
ユミルに助けてもらわなければ、確実に命を落としていたからだ。
(やっぱり
驕ることなく一歩ずつ着実に積み上げていくことを、心に誓うのだった。
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