第68話 秘めた力
世界樹の根元までやってきた訳だが――
「……近付くと物凄い迫力だな」
樹を一周するだけで疲れそうなくらい太い幹だ。
巨大なことは分かっていたとはいえ、こうして近付くと圧倒される。
しかし、これからどうしたものかと思案する。
大樹が弱っている原因が分からないことには対処のしようがない。
回復薬が効くかどうかも試してみないことには分からないことだしな。
「取り敢えず、調べてみるか――〈
スキルを使って〈解析〉を試みてみる。
離れていても分かるくらい魔力の流れが弱々しいことが見て取れた。
となれば、なにか原因があると考えるのが自然だ。
「魔力の流れがおかしい……こっちか?」
おかしな魔力の流れを感知して、そちらに足を向ける。
魔力の流れを追いながら少し歩いたところで足を止めると、
「……なんだこれ?」
地中から黒いモヤのようなものが噴き出しているのを見つけた。
大樹の根元に何か埋まっているらしい。
状況から察するに、これが原因と考えて間違いないだろう。
となれば、やるべきことは簡単だ。
「――〈
黒いモヤが噴き出している周辺の地面をスキルで掘り起こす。
前にドラゴンから逃げる時に使った土壁の応用だ。
俺のスキルは以前にも話したように、魔力を含んだものでなければ影響を与えることが出来ない。しかし、ダンジョンの土は大量の魔力を含んでいるので、形状を変化させるくらいなら容易い。例えるなら粘土細工をするような感じだな。
「お、手応えあり……ってなんだ、これ?」
地中深くまで掘り進めたところで何かを捉える。
もう少し詳しく〈解析〉を試みようとした、その時だった。
地面が大きく揺れたのは――
「――ッ!」
俺の掘った穴を広げながら何かが這い上がってくる。
舞い上がる土砂と共に現れたのは――
「芋虫の巨大モンスター!?」
大きな芋虫だった。
いや、大きいと言う言葉で片付けて良いサイズじゃない。
例えるならダンプカーくらいある巨大な芋虫だ。
全身は灰色にくすんでいて、黒いモヤのようなものを纏っている。
「まずい!」
咄嗟に足下の地面をスキルで隆起させ、その勢いで空高く跳び上がる。
判断は正しかったようで、先程まで俺がいた場所に巨大な身体を横たわらせる芋虫の姿があった。
あと少し判断が遅かったら押し潰されていたところだ。
「しま――」
そのまま世界樹の枝に飛び移るつもりだったのだが、距離が足りていなかった。
なんとか世界樹の幹にしがみつこうと手を伸ばすが、それでも足りない。
このままでは地面に衝突して命を落とすか、モンスターに殺されるかのどちらかだ。
「くそ――」
慢心があったのだと気付かされる。
少しばかり魔力の扱いに慣れて錬金術が上達したからと言って、急に何でも出来るようになる訳ではない。
自分一人でどうにかなる? そんな訳がない。
ここまで来ることが出来たのはユミルのお陰だ。
彼女いなければ、俺は生きていない。それを俺は――
「俺に、俺にユミルみたいな力があれば――」
ないもの強請りだと言うことは分かっていた。
しかし、いまほど力が欲しいと思ったことはない。
魔力を含んだ物質にしか効果がないし、土の形状を変化させるくらいなら簡単だが、自分の理解が及ばないもの――〈解析〉が不可能なものに関しては〈分解〉も〈構築〉も出来ない。
だからこそ、前提となる錬金術の知識と技術が必要不可欠だ。
(待てよ? 魔力……)
そもそも何故、魔力を含んだ物質にしか影響を及ぼせないのかと言った考えが頭を過る。
ただ物を変化させるだけなら、自分の魔力を使ってもいいはずだからだ。
しかし、このスキルは魔力を含んだものにしか効果がない。
それは物質そのものに影響を及ぼしているのでなく――
「こうか?」
魔力に干渉しているからだ。
大気中の魔力に干渉することで予想通り
見えない大気の床。いや、魔力を固めて作った地面が足下には出来ていた。
やはり、そうだ。このスキルは魔力を含んだ物質に干渉しているのではなく、物質に含まれた魔力に干渉している。だとすれば、スキルの対象は
魔力そのものを変化させられるのであれば――
「ぐ――」
頭が焼けるように熱い。イメージしたのは、モンスターと戦うユミルの姿だ。
あんな風に自分がなれるとは思わない。しかし、この三日間で彼女の戦闘は何度も目にしてきた。
そのなかでモンスターを触れただけで消滅させる力を使っていたことを思い出す。
たぶん、あれは魔法の一種だと思う。
同じような魔法が使えれば、目の前のモンスターを倒せるかもしれない。
そう、あれは確か、こんな風に――
「
スキルを発動した直後、俺の意識は闇の中へと沈むのだった。
◆
「そのあとはどうなったんですか? まさか、王様……」
「モンスターに殺されてたら、いま俺は生きていないからな? 気を失っていたから覚えていないけど、たぶんユミルが倒してくれたんじゃないかと思う。シオン? どうかしたのか?」
「いえ……なんでもありません」
ここから先の話は椎名の記憶にないことだが、モンスターを倒したのはユミルではなかった。
ユミルは戦いの一部始終を遠く離れた尖塔の上から見ていただけだ。
街に入り込んだモンスターの駆除を終え、本来であれば椎名のもとへ急いで駆けつけるところだがユミルはそうしなかった。
世界樹の結界を突破する術がないからと言う訳ではない。その気になれば世界樹の結界であろうと、ユミルの力の前には障害にならない。いや、そもそも彼女が本気なら問題の解決は容易かったのだ。
街に入った時点から世界樹の異変には気付いていたし、原因についても大凡の見当はついていた。
しかし、ユミルは自分の力で解決しようとせず、問題の解決を椎名に委ねた。
それは世界樹が選んだのはユミルではなく、椎名だったからだ。
「やはり〈
地中から飛び出してきた芋虫を見て、ユミルは確信する。
――
世界樹はただの大きな樹ではない。別名を〈精霊樹〉とも言い、精霊を生み落とす樹としても知られている神樹だ。世界樹自体が強大な力を持った精霊で、世界樹の消失こそが地上から魔法が失われた原因ともされている。
なぜなら精霊とは世界の法則の一端を司る存在で、
そう、魔法の源となる力とは――
そして〈
「〈
精霊の天敵とも呼べる害虫なだけに、このモンスターに精霊の力は通用しない。
それは即ち、精霊によって生み出される魔力も同様で魔法が一切通じないのだ。
だから世界樹の存在に気付かれてしまえば、結界も意味をなさない。容易く結界に穴を開けて侵入されてしまうからだ。
それだけに取れる手段は二つしかない。〈
そして、もう一つの方法とは世界樹の存在に気付かれたら手後れになる前に〈
あの大きさから察するに、状態は成長中期に移行していると考えていい。
末期とまでは言わないが、危険な状態であることが察せられる。
しかし、
「……マスター」
それでもユミルは助けに入りたい気持ちをぐっと堪える。
世界樹が椎名に助けを求めた理由が必ずあるはずだと考えたからだ。
先代の〈楽園の主〉であれば〈精霊喰い〉を駆除することなど簡単だ。
しかし、椎名はまだ〈
錬金術師としての力も、まだまだ未熟だ。
それでも世界樹はユミルではなく椎名に助けを求めた。
「世界樹はマスターに先代の面影を見た? いえ、私の推察が正しければ――」
いつでも助けに入れる状態で、成り行きを見守るユミル。その時だった。
椎名の手から黄金の光が放たれ、〈
「あれは、まさか……」
目を瞠るユミル。その光景に見覚えがあったからだ。
ありえないと思いつつも、ユミルの中で推測が確信へと変わっていく。
そして、
「――――様!」
もう、この世にいないはずの創造主の名を口にし、ユミルは飛び出していた。
あれは間違いなく〈
この世に一つしか存在しない唯一無二のスキル。
ユミルにしか使えないはずのスキルを椎名は使った。
そんな真似が出来るのは、この世界に一人しか存在しない。
「……マスター」
ユミルが世界樹の根元に辿り着くと、そこには椎名が立っていた。
髪は灰色に染まり、瞳もユミルと同じ黄金に変化している。
世界樹の近くには直径十メートルを超す巨大な穴が空き、椎名が放った一撃で〈
「やはり、あなた様は……」
淡い光の粒に包まれる椎名の姿を見て、『至高の錬金術師』と呼ばれた創造主の姿がユミルの瞳に重なるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます