第63話 滅亡後の世界

 良い匂いがする。柔らかくて、あったかくて――

 まるで太陽の下、花畑で仰向けになっているかのような――


「おはようございます。マスター」


 目を開けたところで思考が停止する。

 白い双丘が目の前にあったからだ。

 ということは、この柔らかな温もりはもしかして――


「……えっと、なんで膝枕を?」

「お嫌でしたでしょうか?」

「いや、そんなことは全然ないんだが――どうして、こんなことに?」

「それは……私の所為で申し訳ありません」


 突然、銀髪の美女に謝罪されて困惑していると、事情を説明される。


「意識を失われたのは大量の魔力を一度に消耗されたからです。覚醒の際に必要となる魔力をマスターから頂戴したみたいで……不可抗力とはいえ、言い訳のしようもありません」

「なるほど? というか、さっきからマスターって……俺のことだよな?」

「はい。この日をずっと待ち望んでおりました。幾千万の長い、長い眠りから目覚めさせてくださった方に、敬愛と忠誠を捧げるのは当然のことですから」


 気を失う前に力が抜けるような感覚があったことを思い出す。

 あの力が抜けていくような感覚は、彼女に魔力を吸い取られる感覚だったのか。

 そういうのは事前に説明が欲しかったが、悪いのは彼女じゃないしな。恐らくは、あの奇妙な装置の仕業だろう。

 しかし、マスターか。ご主人様的なノリなのだろうか? 

 異世界には美女を目覚めさせると『ご主人様』と呼んでもらえる風習でもあるのか?

 まあ、それだけ深く感謝してくれてるってことだよな。悪い気はしない。


「どのくらい寝てたんだ?」

「半日ほどでしょうか?」

「え……そんなに!?」

「はい。ここが施設内で一番魔力の満ちている場所なので、目を覚まされるまで動かさない方が良いと思い、こうして様子を見ていました」


 まさか、そんなに長い時間、気を失っていたとは思いもしなかった。

 というか、その間ずっと膝枕をしてくれていたと言うことか。しかも、で。

 できるだけ見ないように、視線を逸らしながら身体を起こす。


「……いろいろと話をする前に服の調達が先だな」


 俺の服を貸してあげてもいいんだが、もう三日も風呂に入っていない上、さっき水路に落ちて半乾きの状態だしな。

 さすがにこれを脱いで彼女に着せるのは躊躇われる。

 周りに身体を隠せるようなものがないか確認してみるが見つからない。

 上の倉庫にまで戻れば、なにかあるかもしれないと考えていると――


「あ、そういうことですか。お目汚しをしてしまい申し訳ありません」

「いや、そんなことは全然ないんだが――」

「では、なにか問題が?」


 問題があるとすれば、俺の理性の方だ。

 これまで出会ったことがないほどの美人が一糸纏わぬ姿を晒しているのだ。

 これで何も感じない男がいるとすれば、それはもう男ではない。

 とにかく着る物を探しに倉庫に戻ろうと背中を向けたところで――


「え?」


 背後から眩い光が差して何事かと振り向くと、メイド服を着た銀髪の美女がいた。

 どこから服をだしたのかと言う疑問が湧くが、それ以前に――


「……なんでメイド服?」

「マスターの記憶から一番好みに近いものを選んだつもりなのですが、ダメでしたでしょうか?」


 確かにメイドは好きだ。

 自分だけのメイドさんを作ろうとAIの開発を始めたくらいには好きだ。

 好みかどうかと聞かれるとグッジョブとしか言いようがない。

 陶器のように透き通った白い肌。膝下まで届く長い銀色の髪に黄金の瞳。モデルのように手足は長く、身長があることから丈の長いクラシカルなメイド服がよく似合っている。

 似合っているのだが、俺がメイド好きだと知られていることに思わず頭を抱えてしまう。


「……記憶って?」

「意思疎通の問題もありましたので、マスターの霊基情報を参考にさせて頂きました」

「レイキ情報?」

「エーテル体――魂の遺伝子情報のようなものです。認証の際に装置がマスターの霊基情報をスキャンし、記憶の一部が魔力と共に私へ流れ込んできたようで……ご迷惑だったでしょうか?」

「いや、そう言う訳じゃないけど……」


 幾つか分からない単語はあるが、大凡の事情は理解した。

 日本語が話せる理由に納得しながらも、いつ記憶を読み取られたんだと疑問に思う。

 もしかして分かる言葉で話せと言ったあの時か?

 急に日本語で返事がきたと思ったら、そういうことだったのか……。

 プライバシーの侵害も甚だしいシステムだ。


「でしたら、この衣装にご不満が? 他に希望があれば、変更は可能ですが?」

「……変更が可能なのか?」

「はい。この衣装は〈生命の水〉で再現・・したものなので」


 メイド服が溶けて黄金の液体に変わる。

 どこから服をだしたのかと思えば、その正体に驚かされる。

 まさか、この黄金色に輝く液体にそんな使い道があったとは……。

 魔力でイメージを伝達することで身体に纏わせ、服のカタチに〈再構築〉していると言うことか。

 練習すれば俺でも出来そうだが、なんか嫌だな。

 さっきのように魔力切れを起こして気を失うと全裸になるってことだろう?

 同じようなことが二度とないとは言えないだけに、さすがに心配になる。

 

「それで、どのような衣装をご所望でしょうか?」

「いや、よく似合っているし、メイド服のままでいい」


 これ以上、俺の性癖を暴かれるのは勘弁して欲しい。

 それならまだ、メイド服が一番マシだ。

 実際よく似合っているしな。まさに理想のメイド像と言った感じだ。


「俺は暁月椎名だ。えっと、キミの名は?」

「名前ですか? 以前は個体識別番号で呼ばれていましたので、番号は――」


 暗号のような言葉が彼女の口から飛び出す。

 個体識別番号? それって名前じゃないよな?

 やはり人間じゃないのか?

 円筒形の水槽シリンダーのようなものの中に入っていたし、おかしいとは思っていた。

 念のため、確かめておいた方が良いと考え、そのことを尋ねてみる。


「キミは人間なのか?」

「いえ、私は人間ではありません。造物主様の手で造られた〈原初はじまり〉の一体――ホムンクルス・・・・・・です」


 彼女が俺のことをマスターと呼ぶ理由が、今更ながら理解できた気がするのだった。



  ◆



 彼女が人間ではないと言うのに驚いたが、どうやらここは錬金術師の工房だったらしい。

 そして、もう一つ驚きの真相が明らかとなったのだが――


「え? ここってダンジョンの中なの?」

「はい。ダンジョンの深層領域、場所は〈赤き国〉のゲート近くになりますね」


 赤き国なんて聞いたこともないし、やはり異世界なんじゃと思いながら彼女の話を聞く。

 ダンジョンは上層、中層、下層、深層、奈落アビスと五つの階層に別れていて、ここは下から二つ目の深層領域という階層らしい。世界には七つのダンジョンが存在するが、入り口が別なだけでゴールは同じ。深層領域で合流する構造になっているようだ。

 そして、ここは〈赤き国〉に通じるゲートの近くらしい。近いと言っても、まだ二千キロメートルくらい距離はあるそうだけど……。どうも説明を聞いている感じだと、ユーラシア大陸くらいの広さがありそうだ。

 ダンジョンと聞くと洞窟のようなイメージを抱くが、もうこれはダンジョンと言うよりは一つの世界と言っても過言ではないと思う。 


「それじゃあ、その〈赤き国〉というところに行けば、俺の他にも人間がいるってことか」


 取り敢えず、目的地が見えたのは前進だと考えることにする。

 ゲートまでの距離や、そこから更に地上を目指すと考えると途方もないが……。

 これが異世界転移なのだとすれば、最初からハードモード過ぎるだろう。


「いえ、〈赤き国〉はもう存在しません」

「存在しない? それって滅亡したってことか?」


 モンスターのいるような世界だ。

 考えたくはないが、ありえない話ではないのだろう。

 そう考えていると彼女の口から――


「〈赤き国〉だけではありません。地上の文明は大災厄・・・によって滅亡しました」


 想像を絶する非情な現実が飛び出すのだった。



  ◆



「……地上が滅亡した? もう人間はいないってことか?」

「少なくとも私の記憶・・では、そうなっています」


 折角、希望が見えてきたと思ったら上げて落とされた気分だ。

 人類が滅亡しているとか、ハードモードを通り過ぎているだろう。

 異世界転移が神の仕業なら、やり直しを要求したいくらいだ。

 いや、待てよ?


「記憶って、どのくらい昔の話なんだ?」

「いまから二万年・・・ほど昔の話です。ご存じありませんか?」


 二万年って、確か世界最古の文明でも一万年くらい前じゃなかったっけ?

 その倍となると想像が付かないし、こんなに高度な文明が地球に存在したなんて話は聞いたことがない。

 ここの施設にあるものなんて、ほとんど理解できないような代物だしな。

 となれば、やはりここは異世界だと考えるのが自然なのだが、


「地上では、私たちの記録が失われているようですね」

 

 彼女はここが異世界ではなく地球だと確信している様子だった。

 俺の記憶を見たことと関係があるのかと思い、そのことを尋ねてみる。


「俺はまだ半信半疑なんだけど、だとすると〈赤き国〉のゲートと言うのが日本に通じていると?」

「マスターの記憶を参考にするのであれば、そうなると思います」

「ううん……」


 やはり、まだ確信が持てない。

 彼女の言葉を疑う訳ではないのだが、簡単に信じられるような話ではないからだ。

 しかし、人類滅亡後の世界に転移したと考えるよりは希望が持てると言うことだ。

 いずれにせよ、すぐにどうこう出来る話でもない。

 ここは希望が見えただけマシと前向きに考えるべきだろう。


「私が行って確認してきてもいいのですが、マスターを一人にする訳にも……」

「いやいや、そこまでしなくていいから!」


 コンビニへ行ってきますみたいな軽いノリで言われた気がするが、俺にだって人の心はある。ドラゴンがいるようなダンジョンに、女性一人で向かわせるような真似が出来るはずも無い。

 俺よりも彼女の方が強者の雰囲気は漂っているけど、それはそれこれはこれだ。

 

「でしたら、まずは楽園を目指されることを提案します」

「……楽園?」


 このモンスターが徘徊するダンジョンに、楽園のような場所があるのだろうかと首を傾げる。

 そんな場所があるのなら行ってみたいものだと考えていると――


「はい、素晴らしいところですよ。是非、案内させてください」


 女神のような微笑みで誘われるのだった。

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