第62話 遺跡の女神

「……助かったみたいだな」


 微かに光が差し込む天井を見上げながら、生きていることを実感する。

 ブレスの直撃で生きていたのは、背中に担いでいた盾のお陰らしい。

 どうやらメタルタートルの甲羅には、ドラゴンの炎を弾く効果があったようだ。

 しかし、盾で炎は防げても遺跡の方は耐えられなかったようで、地面が崩れて真っ逆さまに落下したと言う訳だった。

 不幸中の幸いは落ちたところが、水路・・だったと言うことだろう。


「上に登るのは無理そうだな。ドラゴンもまだいるかもしれないし、素直に別の出口を探した方が賢明か」


 高さにして十メートルくらいはありそうだ。

 ジャンプで届く距離でもないし、壁をよじ登るのは難しそうだった。

 それにドラゴンが諦めて去ったという保証はない。

 前向きに考えるのであれば、飲み水はどうにか確保できそうなことか。


構造解析アナライズ――〈構築開始クリエイション〉」


 地球もそうなのかは分からないが、この世界のものはすべて魔力を宿している。

 だから飲み水に適していない水だとしても、スキルで〈分解〉して身体に害のある不純物を取り除いた上で〈再構築〉してやればいい。この点は非常に便利なスキルだと思う。

 戦闘では余り役に立ちそうにないのが難点ではあるけど……。

 まあ、ドラゴンから逃げるのには役に立った訳だし、前向きに考えよう。


「これで飲み水は確保と」


 飲める状態にした水を、空のペットボトルにたっぷりと注ぐ。

 一先ず、この辺りを拠点にして周囲の探索を行うべきだろう。

 なにか食べられそうなものも見つけられるといいのだけど古い遺跡みたいだし、そこまで期待するのは幾らなんでも望みすぎかと考えながら、まずは周辺の探索を開始するのだった。



  ◆



「やっぱり食べられそうなものはないか」


 倉庫のような場所を見つけたのだが、よく分からない道具が棚に並んでいるだけで食べ物は見つからなかった。

 まあ、仕方がないだろう。あっても腐っている可能性の方が高いだろうしな。

 とはいえ、


「生活の跡がある。ここで暮らしていた人がいるってことだな」


 石造りの遺跡に見えた場所は、誰かの住処だったようだ。

 見たこともない道具がたくさん並んでいて、考古学者をしている両親が見たら喜びそうな場所だなと倉庫の中を探っていると、壁に貼り付けられた巨大な地図・・を見つけた。

 たぶん建物の見取り図だと推察する。

 地図に書かれている水路がここだとすると、やはり建物の地下に落とされたのか。


「文字は……さすがに読めないよな」


 地図に書かれている文字を確認するも、さっぱり読めない。

 しかし、なんとなく地図の内容から推察することは出来る。

 たぶん、食庫から繋がっている広間が食堂のような場所なのだろう。

 この上の階に、まだ幾つか部屋があるようだ。

 地図のある壁の脇には、上の階に続く階段が見えていた。


「階段も大丈夫そうだな。外とのギャップが凄まじいなこれは……」


 外から見ると草木が生い茂っていたのに、建物の中は綺麗なものだ。

 床や階段もしっかりとしているし、建具が傷んでいる様子もない。

 まったくと言って良いほど設備の劣化が見られなかった。

 というか、よく観察してみると壁もただの石材ではないようだ。


「――魔法銀ミスリル?」


 壁に手を当てて〈解析〉を試みてみると、どうやらミスリルで壁の表面を覆っているらしいことが分かった。

 ミスリルと言えば、あのミスリル・・・・だろう。

 やはり、この遺跡は普通じゃない。


「気にはなるけど、背に腹はかえられないか」


 何かあることは間違いないが、考えても仕方がない。

 非常事態なので、ありがたく使わせてもらうことにする。

 いまのところ危険もないようだし、拠点として使うには問題なさそうだと考えていると――


「……こっちにも何かあるな」


 不思議な魔力の流れを感知した。

 モンスターではないようだが、壁を伝って魔力がどこかに送られているようだ。

 だとすると、この壁一面を覆ったミスリルにも意味があるのだろう。


「……この先か?」

 

 一見するとただの壁にしか見えないが、魔力の流れが壁の向こうに通じている。

 隠された道があるようなので、スキルで構造の〈解析〉を試みてみる。


「上手くいったみたいだな」


 上手くいくか分からなかったが、目の前の壁が消えて階段が現れる。

 壁の構造を〈解析〉して〈構築〉で入り口を作ってみたのだ。

 あらためて思うが便利なスキルだ。

 探索には持って来いの能力だと自分でも思う。


「更に地下へと通じる階段か。怪しいな……」


 正直、かなり怪しい。怪しいが、いまのところ俺の魔力感知はモンスターと思しき気配を感知していない。地上の魔力が地下に向かって流れ込んでいることが分かるだけだ。

 魔力を集める仕組みか。

 もしかしすると、発電機のようなものがあるのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、建物の機能を復旧できる可能性はある。

 ここまでの状況から察するに、なにかの施設だったと考えるのが自然だしな。


「しばらく、ここで生活するのなら把握しておく必要はあるか……」


 最低限、何があるのかを把握しておく必要があると考え、下を目指す。

 ミスリルが魔力に反応しているのだと思うが、壁が青白く光っていて地下なのに随分と明るい。


「やっぱり、何か重要な施設だったみたいだな」


 自分の中の仮説が現実味を帯びてきたのを確認しながら地下へと進む。

 すると、階段を下りたところで不思議な部屋にでた。


黄金色こがねいろの光……なんだ。この部屋……」


 円筒形の水槽のようなものが林立し、なかには黄金色の液体が満たされていた。

 液体が灯りの役目を果たしているようで、部屋全体が明るく照らされている。

 不思議な光景に目を奪われながら部屋の奥へと歩みを進めると、


「え?」 


 そこで更に信じられないものを目にするのだった。



  ◆



 人間・・が先程と同じ黄金の液体が入った水槽のなかに沈んでいた。

 見た目から察するに二十代前半と思しき女の人だ。

 一糸纏わぬ姿をしているが、劣情を抱くよりも先に神々しさに目を奪われる。

 この世のものとは思えないほど、美しい女性だったからだ。

 まるで女神のようだと思う。


「……生きているんだよな?」


 最初は死体かと疑ったが、胸が微かに動いているし魔力を目の前の女性から感じる。

 となれば、恐らくは生きているのだろう。

 生きているのであれば助けてやりたいと思うが、水槽を壊してだすのは最後の手段にしたい。

 何が起きるか分からないからだ。


「これが制御端末か?」


 端末のようなものを近くで発見するが、相変わらず文字が読めない。

 この様子だとマニュアルを探したところで、解読は難しいだろう。

 どうしたものかと困っていると、


「え、ちょ――」


 空中にモニターのようなものが投影され、端末が動きだした。

 なにかまずいところを触ってしまったのではないかと焦るが、意味不明な羅列の文字が表示されるだけで、まったく内容が理解できない。


「――――」


 聞き取れない言葉が部屋の中に響く。

 恐らくは端末からでているのだと察するが、何を言っているのか分からなかった。


「ああ、もう! せめて分かる言葉で喋ってくれ!」


 無理な相談だと分かっていながらも、思わず叫んでしまう。

 すると、


「――再起動ニハ認証ガ必要デス。王ノ証ヲ提示シテクダサイ」

「日本語を話せるのかよ!?」


 日本語で返事が戻ってきた。

 ここ異世界だよな? 自分でも無茶振りだと思っていたのに……。

 なんで日本語を話せるんだよとツッコミどころしかない。

 というか、『王の証』ってなんだ?

 セキュリティパスのようなものが必要ってことか?

 当然そんなものを持っている訳がない。


「……ここに手を置けってことか?」


 台座のようなものが目の前に現れ、ここに手を置けとばかりに手の平のカタチをしたマークが表示される。

 俺の考えを読んでいるんじゃと思えるタイミングの良さだ。

 魔法のある世界だしな。何が起きても不思議ではないが――


「ああ、もうヤケだ!」


 これ以上、状況が悪くことはないだろうと台座に右手を置く。

 水は確保できたと言っても、外にはモンスターがいることを考えると、どうせ今のままでは八方塞がりだからだ。

 いずれ、飢えて死ぬことは決まっている。

 なら少しでも足掻いた方が生き残れる可能性は高いと考えてのことだった。

 

アルスマグナ・・・・・・ヲ確認シマシタ。再起動ヲ開始シマス」


 え? 王の証ってスキルのことだったの?

 よく分からないまま視界が真っ白に染まり――

 全身の力が抜けていくような感覚の後に、俺は意識を手放すのだった。

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