第61話 はじまりの記憶
一瞬、何が起きているのかを理解できなかった。
「……夢じゃないよな?」
目の前で銀色の甲羅を持った巨大なカメが頭の潰れた状態で死んでいた。
周囲に飛び散った血肉と地面に突き刺さった鉄骨を見て、頭が冷静になっていく。
俺の名は暁月椎名、二十二歳。就活中の大学生だ。
いつもは海外を飛び回っている両親が日本へ帰ってくるとの連絡を受けたことから全部の予定をキャンセルして待っていたのだが、急な仕事が入ったとかで約束をすっぽかされたところまではよく覚えている。
もう日本に帰ってきているのかと思えば、まだグリーンランドにいるらしい。
大事な話があると言っておいて、あの両親は何を考えているのか……。
毎度のことながら振り回される子供のことも考えて欲しい。
と、話が脱線したが、両親の勝手な振る舞いはいつものことなので諦め、気晴らしに外へ晩飯を食べに出掛けたのだ。その帰りにコンビニへ寄って、建設中のマンションの近くを通り掛かったところで――
「足を踏み外して落ちたんだよな?」
最初はマンホールか何かに落ちたものだと思っていたのだが、周囲に散らばっている建築資材を見るにそう言う訳ではないらしい。よく生きていたなと思うと同時に、ここは何処だと言う疑問が頭に浮かぶ。
マンションの建築資材と一緒に落ちてきたのだと言うことは見れば分かる。
ただ、見渡す限りの荒野に見たこともない巨大なカメ――カメ!?
「カメが消えかけてる! はあ!?」
カメ本体だけでなく、周囲に飛び散った肉片も光を放ちながら消滅していく。
現実にはありえない光景に目を丸くし、頬を抓ってみるが、
「痛い……やっぱり夢じゃなさそうだ」
どうやら夢ではないようだ。
となれば、この展開。思い当たる可能性は一つしかない。
「ここ、絶対に地球じゃないよな?」
異世界転移という言葉が頭を過る。ネット小説などでよく見るアレだ。
そんなものが現実に起こるとは思えないが、そうでなければ今の状況は説明が付かない。
どう考えても日本ではないし、海外にもあんなに大きなカメはいないだろう。
ましてや光を放ちながら死体が消えるなんて現象が、現実に起きるとは思えない。
「カメのいたところに何か落ちてるな」
益々ゲームじみた展開に頭が痛くなる。
ドロップ品と言う奴だろうか?
カメの死骸があった場所に銀色に輝く甲羅が落ちていた。
「いやいや、でかすぎるだろう……」
どうやら甲羅だけが残ったらしい。
軽トラックくらいある大きさのカメの甲羅だ。
一目見ただけで持って歩くのには不向きなことが分かる。
ドロップ品にしたって、もう少し持ち歩ける物にして欲しかった。
「銀色に光っていて宝石みたいだな。一部だけでも持って行けないものか」
正直なところ、まだ混乱はしている。しかし、ここが異世界であった場合、街で換金できそうなものを確保しておきたいところだ。
この世界に人間がいるかすら分かっていない訳だが、備えあれば憂いなしとも言うしな。どうにか一部だけでも砕いて持って行けないかと考え、甲羅に手が触れたところで――
「なんだ……これ」
頭に情報のようなものが流れ込んできた。
メタルタートルの甲羅……どうやら、さっきのカメはメタルタートルと言うらしい。
異世界ものの作品でありがちな〈鑑定〉とか、そういう系のスキルだろうか?
「いや、違うな。
まるで世界が俺の疑問に答えてくれているのかのような錯覚を覚える。
頭の中に響く声が教えてくれるのだ。
しかし、なんでも疑問に答えてくれると言う訳ではないようだ。
ここはどこなのかとか、いろいろと頭の中で質問してみても答えてくれる気配はない。
「
だとすれば、さっきのは素材を〈解析〉したと言った感じなのだろうか?
これが俺の知る漫画やアニメの錬金術師なら、素材を武器に変えたりも出来そうなものだが――
「……試しにやってみるか」
ここがどこか分からないが、さっきのカメのようなモンスターがいるのだとすれば、武器くらいは確保しておきたい。
いや、武器はダメだな。剣や斧を振り回したところで、あんな熊よりも大きなモンスターを倒せるとは思えない。武器よりも致命傷を避けるために身を守るものを優先した方がいいだろう。
「
素材に手をかざし、頭に浮かんだ言葉を口にする。
どうしてか分からないが、意識することでスキルの使い方が理解できる。
やはり、さっきの感覚は〈解析〉によるものらしい。
素材の情報を〈解析〉し〈分解〉することで望むカタチに〈再構築〉する。
それが、錬金術の工程。
「――〈
はじめての感覚のはずなのに、どうしてか懐かしく感じる。
頭の中に浮かぶ
魔力? 俺はどうして、この不思議なチカラが魔力だと分かるんだ?
何も分からない。分からないが――
「おお……」
自分の思うように素材のカタチが変わっていく様が、俺の好奇心を刺激する。
昔から物作りが好きでロボットの開発に興味を持ち今の大学に進んだのだが、人付き合いが得意でなかった俺は小中高に続き大学でも孤立していた。
正直なところ就活も上手く行っているとは言い難い。大学院に進むことも考えたが、去年から所属している研究室でもトラブルを抱えていて人間関係が上手く行っていなかった。
というのも高校の時からコツコツと開発を進めていたAIが高い評価を受けたのだが、どう言う訳か同じ研究室に所属する学生の成果になっていて、自分が製作者だと名乗りでても教授を含めて誰にも信じてもらえなかったのだ。
その所為で研究室以外でも悪い噂が立ち、最近は大学に通うのも億劫になってきているのが実情だった。
だけど、いまは――
「……出来た。メタルタートルの盾ってところかな?」
俺でもどうにか持てそうなサイズの盾が完成した。
素材の一部を使い、ただカタチを弄っただけの工夫も何もない普通の盾。
しかし、俺がはじめて錬金術で完成させた装備だ。
そう考えると、嬉しさが込み上げてくる。
「……こんなことをしている場合じゃなかった。まずは安全な場所を探した方が良さそうだな」
自分の置かれている状況を思い出し、頭が冷静になる。
こんなところにいて、さっきのカメのようなモンスターに遭遇すると大変だ。
「周囲に散乱している建築資材から使えそうなものを拝借していくか」
鉄骨を持ち歩くのは無理だが、ビニールシートなんかは何かに使えそうだ。
一部はスキルで加工して持ちやすくすれば、どうにかなるだろう。
とにかく人里を探そうと、俺は回収できるものを持ってその場を後にするのだった。
◆
あれから三日ほど経ったが、どうにか生きていた。
周囲に散乱していたもののなかに、俺の鞄があったのだ。
そのなかに朝食用にとコンビニで買った飲み物やパンが入っていたのが不幸中の幸いだった。
どうにか、それでこの三日は飢えを凌ぐことができたが、それも限界を迎えようとしていた。
先程、最後のパンを食べてしまったからだ。飲み物も、もうない。
このままでは遠からず、飢えと渇きで野垂れ死んでしまうだろう。
「どこまで行っても見渡す限り荒野ばかり……どうなってるんだ。この世界は……」
現実は甘くないと分かっていたつもりでも、かなり危険な状況だ。
今日中に人の住む集落か、せめて飲み水が確保できればいいのだが……。
「とにかく移動するか。こんなところにいても野垂れ死ぬだけだしな」
体力を温存したいところだが、そうも言ってはいられない。
再び探索を開始しようとしたところで――
「……なんだ?」
ゾクリと背中に寒気を感じて、周囲を見渡す。
あれからスキルをいろいろと試していた副産物か分からないが、魔力を感知できるようになってきたのだ。
このお陰でモンスターと遭遇することなく、ここまで生き残れたと言うのがある。
遠くまでは分からないが、目視できる距離であれば大凡の魔力の位置が分かる。
そして、いま感じ取った魔力は、これまでに感じたことがないほど大きなものだった。
近くにモンスターの姿はない。しかし、魔力は確かに感じる。
「まさか!」
空を見上げると、巨大な翼を広げたモンスターが目に入った。
赤いトカゲのような外見をしていることから、あるモンスターの名前が頭に浮かぶ。
「ド、ドラゴン!?」
ドラゴンだ。赤い色から察するに、レッドドラゴンと言ったところだろうか?
この手の展開で、お約束と言えば――
「やっぱりかよ!」
大きく息を吸うような動作を見せ、炎の
予想通りだが、さすがにこんなお約束の展開は望んでいない。
間一髪のところで地面を転がるように炎を回避して、脇目も振らず逃げる。
「くそッ――やっぱり追ってくるか」
しかし、必死に走るも距離が開く様子はない。
当然と言えば、当然だ。
相手は空を飛んでいるのだから、走って逃げ切れるはずがない。
「ちくしょおおお! こんなところで死んでたまるか!」
とにかくダメ元で走る。
戦って勝てるような相手ではないし、そもそも手持ちの装備は背中に背負っているメタルタートルの盾だけだ。
攻撃魔法が使えればいいが、俺のスキルは戦闘向きのものではない。
しかもドラゴンを撒こうにも、周囲は見渡しの良い荒野だ。
せめて身を隠せる遮蔽物でもあればと考えていると――
「あれは――」
遺跡のようなものが視界に飛び込んできた。
しかし、まだ結構な距離がある。逃げ切れるかは怪しいところだ。
「――〈
咄嗟の判断で地面に向かってスキルを使用する。
いろいろと試して分かったことだが、俺のスキルはモンスターの素材に限らず魔力を含んだものであれば、どんなものでも構造を解析し再構築することが出来る。それは大地も同じだ。
ドラゴンの視界を遮るように巨大な土の壁が現れる。
「こっちだ! トカゲ野郎!」
俺の声に反応して、土壁に向かって炎を吐くドラゴン。
すると高温に耐えきれず、土壁が白い煙と共にボロボロと崩れる。
しかし、
(想定通りだ)
こんなものでドラゴンの攻撃を防げるとは、最初から考えていなかった。
崩れた壁が土煙を起こし、乾燥した土は風に巻き上げられて一気に広がる。
土壁は囮。本命は土煙を起こすことで、自分の姿を隠すのが狙いだ。
案の定、俺の姿を見失っているようで空をグルグルと飛び回っている。
ほんの僅かでも時間を稼ぐことが出来れば――
「気付かれた! くそ、もう少しなのに――」
思っていたよりも、ずっと賢い。
土壁のあった場所に俺の姿がないことに気付き、ドラゴンが再び追い掛けてくる。
同じ手はもう通用しないだろう。となれば、全力で走るしかない。
もう少し、あと一歩と言うところで――
「――ッ!」
ドラゴンの放った炎が背後に迫るのだった。
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