第60話 王様の秘密

 最近また一つ悩みが増えた。

 どうやら俺はストーカーされているようなのだ。

 なぜ曖昧な例えなのかと言うと、視線は感じるのだが姿を確認できない。

 最初はスカジかと思ったのだが、いま彼女は任務で楽園にいないらしい。


「お父様、どうかしたですか?」


 口元にクリームをつけながら、そう言って尋ねてくるレミル。

 俺とレミル。それにシオンとサーシャの四人は楽園の商業区画にあるカフェに来ていた。メイドたちに人気のカフェで、最高級のチョコレートを使ったザッハトルテが評判とのことだ。

 この四人で出掛けることにしたのは、たまには親子水入らずの時間を過ごすのも悪くないかと思ったのが切っ掛けだった。

 最近、楽園のメイドに仲間入りしたサーシャは言わずもがなシオンも街を散策したことが余りないとの話だったので、丁度良い息抜きになると思って楽園の案内がてら一緒に出掛けないかと誘ってみたのだ。

 と言っても、あらためて案内が必要なほど楽園は大きな国と言う訳ではない。先日、お披露目を行った月面都市の方が大きいくらいだ。ここで生活しているのは俺とメイドたちだけだしな。

 街の中央には世界樹がそびえ立ち、その近くに俺の屋敷がある。世界樹を中心に東西南北の四つのエリアに分かれていて、主に〈商会〉〈工房〉〈庭園〉の三つが協同で街の管理と運営を担っていた。

 いま俺たちがいるのは〈商会〉が主に管理を担っている東の商業区画だ。


「妙な視線を感じてな」

「……視線なのです?」


 レミルの疑問に答えると、シオンから反応が返って来る。

 険しい表情を浮かべていることからも、心配させてしまったのかもしれない。

 とはいえ、俺はそこまで深刻には考えていなかった。


「心配させてしまったようだな。だが、大丈夫だ」

「ですが……」

「警戒するほどのことじゃない」


 ここは楽園だからだ。

 だとすれば、ストーカーはメイドの誰かと言うことになる。 

 気にならないと言えば嘘になるが、身の危険を感じていないのは事実だ。

 敵意のようなものも感じないしな。なので、もう少し様子を見ようと考えていた。


「さっきから手が止まっているみたいだが、もしかして甘い物は苦手だったか?」

「い、いえ! そんなことはありません!」


 ケーキが全然減っていないようなので気になって尋ねてみると、何やら慌てた様子で思い出したかのようにケーキを食べ始めるサーシャ。その反応を見て、もしかしたらと頭に過るが本人は目の前にいるしな。

 そもそも、彼女にストーカーをされる理由が思い当たらない。

 だとすれば、気の所為か。結局、誰の仕業なのやら……。


「そうだ。折角の機会なので、王様のことを聞いていいですか?」

「俺のこと?」

「はい。王様は人間・・なんですよね?」

「ああ……そういうことか」


 そう言えば、まだシオンとサーシャには話していなかったと思い出す。

 メイドたちの前では素顔を晒しているし、気になるのも当然か。

 シオンは気付いている様子だったが、これまで尋ねられることがなかったしな。

 丁度、良い機会だと考える。


「シオンは気付いていると思うが、俺は日本人だ」


 最初に元と言う部分を強調したのは、俺なりのケジメだ。

 日本は俺の生まれ育った国だが、いまの俺は〈楽園の主〉だ。

 半年前のスタンピードのようなことが起きて日本と楽園のどちらかしか助けられないとなったら、俺は楽園を優先する。楽園を危険に晒してまで日本を助けようとは思わないだろう。

 先代から楽園を継承し、メイドたちの主となった責任が俺にはあるからだ。


「はい、気付いていました。ですが、正体を隠されているようだったので黙っていましたが……」

「要らぬ騒動を起こさないためだ。俺は三十二年前に死んだことになっているしな」

「では、やはり……」


 シオンは気付いたのだろう。

 俺がダンジョン出現の際に行方不明になった十万人の一人だと言うことに――

 当時、ダンジョンから帰還した人の数は僅か二千人ほどと言う話だ。

 ほとんどの人間はダンジョンから帰らぬ人となり、行方知れずとなっている。

 俺の両親もそうで、生存者はもういないという見方が世間では一般的だった。


「だが、俺は生きていた。三十二年もの間、ダンジョンの中で――この楽園で過ごしていた。だから見た目も当時と変わっていない。ダンジョンに呑まれたのが二十二の時だったから、もう五十は超えている計算になるな」


 改めて口にすると、随分と歳を食ったなと実感する。

 ダンジョンで長く生活しているためか、時間の感覚が一般的な人たちとズレている自覚はあった。三十二年が一瞬とは言わないが、昨日のことのように感じることがあるからだ。

 性格が大きく変わった訳ではないし、喜怒哀楽だってある。しかし、感情の起伏が小さくなっているような気はする。実際スタンピードの時も、少しも動揺することがなかった。

 目の前で少なくない犠牲者がでているのにも関わらず、人間がモンスターに殺される光景を他人事のように見ている自分がいた。以前の俺からすれば考えられなかったことだ。

 だからと言って、楽園の主になったことを後悔していると言う訳ではない。

 むしろ、俺はユミルたちに感謝・・していた。


「……帰りたいと思ったことはなかったのですか?」

「まったくなかったと言えば嘘になる。だが、ユミルと出会わなければ俺は間違いなくダンジョンで野垂れ死んでいた。いまの俺があるのは彼女たちのお陰だ」


 だから俺は決めたのだ。

 彼女たちが〈楽園の主〉を望むのであれば、俺は彼女たちの主人を演じ続けると――

 それが俺に出来る唯一の恩返しだと思っている。

 まあ、もっともらしいことを言ったが、俺自身も今の生活を楽しんでいるしな。

 感情の起伏が小さくなっていると言ったって、先程も言ったように喜怒哀楽がない訳ではない。歳を取って落ち着いたという見方も出来るし、精神的に強くなったという見方も出来るだろう。

 そもそも本当にダンジョンでの生活が原因なのかも分かっていないのだ。

 なら結局、どういう風に捉えるかは自分次第と言うことだ。


「失望させたか?」

「いえ、立派だと思います。それに分かる気がするんです。わたしもマイスターに救って頂けなければ弟と生きて再会することも、こうして第二の人生を送る機会にも恵まれなかった訳ですから……」


 そこまで大層なことをした覚えはないのだが、シオンの感謝が伝わってくる。

 恩に着せるつもりはないが恩に感じてくれているのなら、素直に受け取っておくのが俺の主義だ。

 こっちにそのつもりはなくとも、どう感じるかなんて人それぞれだしな。

 俺だって自分の気持ちを否定されるのは嫌だし、自分が嫌なことを相手に強制しようとは思わない。

 シオンがそう感じているのなら、それが彼女にとっての正解なのだろう。


「わたしも王様の考えは素晴らしいと思います。でも、一つ疑問が……」


 サーシャがそう言って、手を挙げながら質問してくる。


「ここってダンジョンの深層にあるんですよね?」


 当然の疑問だった。

 ユミルたちに助けられたとは言ったが、普通は生きている方が不思議だしな。

 ダンジョンが危険なことは子供でも知っている。

 深層ともなれば、高ランクの探索者でも命を落とすような場所だ。

 どうやって生き残ったのかと疑問に思うのは当然だった。


「お父様は最強なのです!」

「え!? ダンジョンが出現する前からモンスターよりも強かったんですか?」


 それ、もう人間じゃないよね?

 サーシャが信じそうになってるし、レミルは黙っててくれ。

 ここは変な誤解をされる前に、ユミルと出会った時のことを話しておくべきだろう。


「そんな訳がないだろう……。だが、そうだな。少し昔話をしようか」


 いまから話すのは、どこにでもいる平凡な男が一国一城の主に至るまでの物語。

 三十二年前、あの夏の日に俺の運命は大きく変わったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る