第57話 円卓
ギルドから公開された情報は瞬く間に世界を駆け巡った。
世界に五人しかいないSランクの一人、〈皇帝〉アレクサンドルの訃報。
それが、どれほど世界に衝撃を与えたかは言うまでもない。
特に〈皇帝〉と同じSランクの探索者たちが受けた衝撃は大きなものだった。
アレクサンドルの力は、彼等が一番よく理解しているからだ。
「〈皇帝〉が亡くなった?」
彼女もその一人だった。
青い騎士服に長く透き通った金色の髪。凛とした佇まいの小柄な少女。
名はクロエ。クラン〈
そして〈皇帝〉の力を最もよく知っている人物でもあった。
それだけにギルドからの発表が信じられないのだろう。
「あの男が死ぬなんて、ありえない」
皇帝を自称するアレクサンドルが、たくさん恨みを買っていたことは知っている。
しかし十五年もの間、圧倒的な力と恐怖でサンクトペテルブルクを支配してきた男だ。
その力はSランクに相応しいもので、クロエも立ち合ったことがあるがスキルの相性もあって決着が付かないまま引き分けた相手だった。
病気で死んだなどと信じられないし、あの男を殺せる人間がいるとも思えない。
それだけに理由を伝えられず、ただ亡くなったと言われても信じられないのだろう。
しかし、
「この件に〈楽園〉が関与しているとの噂があります」
青を基調とした〈円卓〉の制服に身を包み、アッシュブラウンの長い髪をしたクランの副長にして第二席の女騎士から『楽園』の名を聞かされ、ピクリと反応するクロエ。
楽園の話はクロエも耳にしていたからだ。それも、うんざりするくらい。
先日の円卓会議でも話題に挙がったのは楽園に関することばかりだった。
だからこそ楽園の噂が
「それ、アメリカの情報工作って話じゃなかった?」
楽園なんてものは実際には存在せず、月のダンジョンの独占を目論んだアメリカの陰謀だという話をクロエは周りから聞いていた。
だから気にも留めていなかったのだ。しかし、それは古い情報だった。
「その情報は誤りだったと、前回の会議で訂正がありましたよ……まさか、聞いていなかったのですか?」
呆れた様子で尋ねてくる副長から、そーっと視線を逸らすクロエ。
ダンジョンの利権や政治などに興味はなかったし、〈円卓〉の役割はモンスターの脅威から人々を守ることにある。だから自分たちに関係のない話だと思って、楽園の話は適当に聞き逃していたのだ。
「正義の味方ごっこもいいけど、ちゃんと人の話は聞きなさいと、いつも言ってるでしょ?」
「……ごっこじゃない。ダンジョンは危険なの。だから、わたしたちが――」
「その心がけは立派だと思うわよ。でも、会議中に居眠りしたり、さぼっていい言い訳にはならないわよね? あなたは
「ぐ……いつも正論ばかり……」
「あなたが言わせてるんじゃない」
もはや敬うのも忘れて、いつもの口調でクロエを叱り付ける副長。
彼女の名はオリヴィア。クロエとは一歳違いの幼馴染みだった。
ちなみにクロエの年齢は二十六歳。オリヴィアは二十七歳だ。
しかし、オリヴィアの容姿は少し若く見えるくらいで年齢相応なのに対して、クロエは二十六歳には見えない。最年少のSランクとしても有名なクロエだが、その見た目は少女と言って良いほどに幼かった。
ダンジョンの影響と言う訳ではない。昔からこうなのだ。
そのため〈剣聖〉の他に『
本人は気に入っていないようだが、この見た目では仕方がないと言えるだろう。
「そんなのだからリヴィは彼氏の一人も出来ないんだよ」
「……あなただって、人のことは言えないでしょ。幼児体型のくせに」
「あ、人が気にしてることを言った! わたしはリヴィと違って人気あるもん! ファンだっているし――」
「わたしにだってファンくらいいるわよ。あなたの場合、マスコット的な人気もあるでしょうし、本気で告白してくるような男なんて危ないのしかいないじゃない」
「うぐぐ……リヴィのバカ! もう知らない!」
「あ、こら――まだ話は終わってないわよ!」
言葉で敵わないと悟って部屋から飛び出していくクロエを、呆れた様子で見送るオリヴィア。
いつものこととはいえ、溜め息が溢れる。
Sランクには変人が多いと言う噂があるが、クロエも例に漏れず問題を抱えていた。
見た目だけでなく精神年齢も幼いのだ。
だからこそ、あの強さなのだと納得できる部分もあるのだが――
いまだに発展途上でありながら〈皇帝〉と引き分けるほどの実力を既にクロエは備えているからだ。
引き分けたのが一年前であることを考えると、既にクロエの実力は〈皇帝〉を超えているかもしれない。少なくとも一対一の戦いでクロエと戦えるSランクは、中国のSランクだけだろう。
アメリカとロシアのSランクは強いが、彼等の強さは個人の武を誇るものではなく
世界最強の剣士にして、幼いが故の吸収力と成長速度を有した規格外。
それが欧州を代表するSランク、〈剣聖〉クロエだった。
しかし、
「あの子が暴走しないように、しっかりと抑えないと……」
その幼さが弱点であり、トラブルを呼び込む原因になっている。
それだけに今回の件はクロエに勝手なことをさせる訳にはいかないと考え、釘を刺すつもりでいたのだ。
ギルドは〈皇帝〉の死亡原因について公表していないが、オリヴィアは楽園の仕業だと考えていた。
皇帝の訃報が事実だとすれば、これまで信憑性が薄いとされてきた楽園の情報も考えを改める必要がある。
Sランクを殺せるだけの戦力が楽園にはあると言うことになるからだ。
恐らくは月面都市に向かった代表団も、その危険性を察知したからこそロシアのような愚行を犯さず、楽園をじっくりと観察するために様子見の対応を取ったのだと想像できる。
グリーンランドのギルドには、代表理事の
ダンジョンの出現によって戦争の危機にまで直面していたグリーンランドを救い、独立に導いた人物。探索者の
あのクロエですら頭が上がらず、子供扱いするような人だった。
ただ不治の病に悩まされていて、ここ数年は人前にでてくることがなかった。
「楽園の目的は分からない。でも、あの子は絶対に守ってみせるわ」
Sランクを守ると言うと笑われるかもしれない。
しかし、それがオリヴィアの――〈円卓〉の総意だった。
クロエは〈円卓〉を人類を守護する正義の味方か何かだと勘違いしているが、実際には危なっかしいクロエを支え、社会の害悪から守るために集まったのが〈円卓〉だからだ。
謂わば、ラウンズとはクロエを守るために組織された親衛隊だった。
その第二席、英国を代表する大商会の令嬢が彼女、オリヴィア・レッドグレイヴであった。
◆
「やはり、こうなってしまったか……」
サンクトペテルブルクのギルドから公表された情報に、溜め息を溢す男がいた。
アメリカを代表するSランク探索者。
ギルドの理事にして〈軍神〉の二つ名で知られるアレックス・テイラーだ。
彼がそれほど驚いてはいないのは〈皇帝〉の訃報は予想できたものだったからだ。
「恐らくは
Sランク探索者は国家戦力に例えられるほど、国にとって重要な存在だ。
個人で軍隊を相手にできるほどの
しかし、〈皇帝〉はやり過ぎた。喧嘩を売る相手を間違えたと言っていい。
楽園を怒らせた結果が、これだ。
そして、それは世界に対してのメッセージでもあるとアレックスは受け取る。
楽園を侮った者たちの末路。それを世界に知らしめる狙いもあるのだと――
「荒れるだろうな。間違いなく……」
誰しも楽園の仕業を疑うはずだ。
そうなるように楽園側も仕向けているのだから――
となれば、楽園を擁護する者、危険視する者、距離を置こうとする者。
置かれている状況や立場によって対応は分かれるはずだ。
ギルドの理事を務めているアレックスの立場からすると、頭の痛い話だった。
しかし、今回のことで楽園を侮ってバカなことをしでかす国は間違いなく減るだろう。
どこの国もロシアのような二の舞を演じたくはないからだ。
そこは大きな救いと言えた。
「やはり、月面都市の件はあの人に任せるしかなさそうだな」
自分の手には余ると考え、代表理事に一任することをアレックスは決める。
代表理事の決めたことなら、どの国も逆らえないだろうと考えてのことだ。
それほどの影響力を持っている人物が、ギルドの代表を務めていた。
大統領を務めたこともあるアレックスでさえ、頭の上がらない人物だ。
だからこそ、いまになって思うことがアレックスにはあった。
楽園の主はこれを予想して〈万能薬〉を自分に渡したのではないかと――
「本当に未来が見えているのかもしれないな。こんな感覚は、あの人とはじめて会った時以来だ……」
なにもかも見透かされているかのような感覚。
その点で言うと、〈楽園の主〉とギルドの代表理事は似ているのかもしれないとアレックスは考えるのだった。
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