第58話 継承されるもの

 いま俺はいつもの外套を着て、日本の八重坂家にきていた。

 弟子に会うためだ。


「これはロシアのお土産だ」

「あ、ありがとうございます」


 ロシア土産のマトリョーシカを玄関で渡して、家の中に入れてもらう。

 以前に住んでいた民家から都内のマンションに引っ越して、いまは生活をしているそうだ。

 引っ越したことは話に聞いていたが、教えてもらった住所を訪ねて驚いた。

 コンシェルジュが常駐した三十九階建ての所謂、タワマンって建物だったからだ。

 しかも、高層階のフロアなので見晴らしが良い。

 レギルの紹介らしいが、どうやらセキュリティ面を考慮したそうだ。


「学校はちゃんと行けてるのか?」

「あ、はい。先月から都内の学校に通っています」

「それならいいが、有名な姉を持つと大変だな」


 これと言うのも、ギャルが有名になりすぎたことが原因だ。

 本人が望んだこととはいえ、俺たちにも責任がないとは言えない。

 だからレギルも手厚くサポートしたのだろう。

 一応、アメリカに移住する話もあったそうだが、それは見送ったらしい。

 と言うのも――


「学校では母方の姓を名乗っているので大丈夫ですよ。転校先も政府の人が紹介してくれたところなので、いまのところトラブルも起きてません」


 家族がアメリカに移住するなら自分もとギャルが言いだしたことで、政府に泣きつかれたからだそうだ。

 日本からすれば、優秀な探索者を一人失うことになるしな。最近ニュースになっている支援庁の件もあるし、さすがにまずいと危機感を持ったのだろう。

 そこで生活面でのバックアップを申し出てきたらしい。ギャルの妹に学校を紹介したのも、それが理由だろう。

 あの総理、本当に苦労性だと思う。気苦労で倒れないか心配だ。

 今度、特製の回復薬・・・でもお裾分けするかな。


「それに中学を卒業したら探索者の学校に通うつもりですから」


 あと一年の我慢ですと胸の前で拳を握り締めて話すギャルの妹を見て、逞しいなと感心する。

 普通は不満を言ったり、文句の一つくらいでるものだと思うからだ。

 それがないと言うのは、姉のことが本当に好きなのだろう。仲の良い姉妹だ。

 しかし、探索者の学校か。そう言うのがあるって話は聞いているが、確かに普通の学校に通うよりは理解がありそうだ。


「なら、マジックバッグはそのまま持っておけ」

「え、いいんですか?」

「どうせ、お前にしか使えないように作ってある。それにアーティファクトの規制も近いうちに見直される。問題はないだろう」


 ギャルの妹には、ダンジョンの素材を入れたマジッグバッグを預けていた。

 魔法薬の調合を練習するのに、道具と素材がなければ話にならないしな。

 ただ、日本にはアーティファクトの所有を制限する法律があるので警戒しているのだろう。

 正確にはギャルの妹に持たせているマジックバッグは俺の作った魔導具なので古代遺物アーティファクトとは言えないのだが、スキルが付与された魔導具が一般的でないことから日本ではアーティファクト扱いになるみたいだしな。

 実に面倒臭い法律だと思うが、それが見直される方向で議論が進められているらしい。夏にも撤廃される見通しって話なので、このままギャルの妹が使っていても問題はないだろう。

 それに所有者制限も設けてあるしな。

 ギャルの妹以外だと俺にしかマジッグバッグの中身は取り出せない。

 盗まれたとしても念じれば、所有者のもとに戻ってくる防犯機能付きだ。


「では、遠慮なく借りておきます。食材も腐らないから安い時に買い置きできて便利なんですよね」


 確かに俺の作ったマジッグバッグには〈時間停止〉のスキルが付与してある。

 前に言ったようにダンジョンの中であれば魔力を帯びた素材は劣化することがないのだが、普通の食材は腐るし、それ以外のものは劣化することから楽園では〈時間停止〉を付与したマジッグバッグで保管するのが今は一般的になっていた。

 しかし、それを家計のために活用するとは本当に逞しい少女だ。

 ギャルの妹だけのことはある。ああ見えて、ギャルも根性はあるしな。

 いまもメイドたちの訓練に参加するため、出掛けているそうだ。

 ホムンクルスと人間では身体の作りが違うというのに、同じ訓練を受けていると言うのだから本当に根性がある。


「食べるか?」


 食材が腐らないと言う話で思い出し、蔵からピロシキをだして渡してやる。

 前にサンクトペテルブルクの屋台で買ったピロシキの残りだ。まだ十個ほどあるのだが〈黄金の蔵〉の中も時間が停止しているので、焼きたてのあたたかい状態が保たれていた。


「魔導具って便利ですよね」

「自分で作ってみたくなったか?」

「えっと、はい……それが出来たらお姉ちゃんの助けになるし、みんなの生活ももっと便利で豊かになるかなって。マジックバッグが普及すれば食材ロスを減らすことが出来たり、物流も大きく変わると思うし、それに――」


 なかなかよく考えているようで、ギャルの妹の熱弁に感心させられる。

 そう簡単な話ではないと思うが、夢を持つのは悪いことではない。

 魔導具が人々の生活を豊かに便利にするか。確かに魔導具でなければ実現不可能なこともある。

 日本では当たり前でも、海外ではそうでもないことが結構あるしな。

 同じように楽園では当たり前のことでも、地球ではそうでもないことがある。


「なら魔導具の勉強もしてみるか?」

「いいんですか?」

「ああ、簡単な道程ではないと思うがな」


 魔法薬だけでなく魔導具にまで適性があるとは限らない。

 一から勉強するとなると、かなり大変な道程となるだろう。

 それでもやる気があるのなら応援したいと思っていた。

 はじめての教え子だしな。


「これを貸してやるから目を通しておくといい」


 蔵から一冊の本を取りだし、ギャルの妹に手渡す。

 錬金術の勉強をはじめた頃、俺が使っていたものだ。

 先代の〈楽園の主〉が書いた本らしくユミルが眠っていた遺跡で見つけたものなのだが、俺も駆け出しの頃は随分と世話になった。


「これは?」

「錬金術の入門書だ。ついでにこれも渡しておく。文字が読めないだろうしな」


 昔使っていたモノクルを蔵からだして渡してやる。

 いま俺が使っているものとは違うが〈言語理解〉と〈鑑定〉のスキルが付与された魔導具だ。

 これも同じ遺跡で見つけた魔導具の一つだった。

 このくらいの手助けなら良いだろう。俺も先代の残した魔導具に随分と助けられたしな。

 楽園を継承した時にユミルから譲り受けた〈黄金の蔵〉もそうだ。

 このなかに先代の残した遺品が数多く眠っている。


「理解できなくても、まずは何度も読み返せ。全部、丸暗記するくらいにな。そしたら魔導具の作り方を基礎から叩き込んでやる」


 なんでもそうだが、まずは基本的な知識を身に付けることが大切だ。

 曖昧な知識で技術だけを追い求めると危険だからな。


「ただいま――って、〈黄昏の錬金術師〉様!?」

「お姉ちゃん、お帰り。あ、お祖母ちゃんも一緒だったんだ」

「あらあら、ようこそいらっしゃいました」


 玄関の方が賑やかだなと思ったら、ギャルと祖母が帰ってきたようだ。

 てか、黄昏の錬金術師って……。

 そういや、前に雑誌のインタビューでも、そんなことを答えてたな。

 丁度良い機会だ。これ以上、あの黒歴史を広められないように注意しておくべきだろう。


「姉を少し借りるぞ」

「はい。お祖母ちゃんと一緒に夕飯の用意しておきますね」

「ちょっと、夕陽! え、待ってください。わたしは何も――」


 後退るギャルの腕を素早く掴み、俺は隔離結界・・・・へと引きずり込むのだった。



  ◆



「お父様を知らないですか?」

「ん……主なら日本へ行ったよ。弟子の様子を見に行くって」

「ありがとうなのです!」


 嵐のように現れ、通り過ぎて行ったレミルに少しも動揺することなく作業を続けるヘイズ。いつものことと割り切っていると言うのもあるが、これが彼女の平常運転だった。

 環境や他人に左右されない。どこまでもマイペースな少女。

 それが〈原初〉に名を連ねるメイドの一人にして〈工房〉の責任者、ヘイズだった。

 そんな彼女が珍しく真剣に取り組んでいることがあった。

 それは、月面都市の開発だ。

 既に八割方完成していて、公開されている部分は出来上がっている。あとは住民の増加に合わせて商業エリアや住宅地を拡張していくくらいなのだが、それでも満足していないことがヘイズにはあった。

 楽園にあって月面都市にないもの。それが数百年先を見越した場合、どうしても必要になると考えたからだ。

 しかし、そのためには〈工房〉だけでは難しく〈庭園〉の力を借りる必要があった。

 だから、こうして準備を進めながら連絡を待っているのだが――


「お待たせ、ヘイズちゃん」


 待ちに待ったそれ・・を持って現れたのは〈庭園〉の管理人イズンだった。

 この先、絶対に必要になると考えていたものがイズンの手の中にあった。

 植木鉢に植えられた小さな苗木。それこそが――


「これが?」

「ええ、世界樹の苗木よ」


 世界樹の苗木であった。




後書き

 これにて第二章は完結です。

 後ほど二章の総括を近況ノートに投稿予定です。

 ここまで、ご覧頂きありがとうございました。

 まだまだ話は続くので、これからも応援よろしくお願いします。

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