第55話 サーシャ

 巨大なシリンダーの中には、黄金色の液体と共に一糸纏わぬ姿の少女が入っていた。

 誤解のないように言っておくと、そういう趣味があると言う訳じゃない。

 これはホムンクルスの製造に必要な工程だ。


「錬金骨格の形成及び、肉体の構成も上手くいったみたいだな。順調、順調」


 賢者の石から作った〈生命の水〉に〈霊核〉や〈魔核〉を投入することで、ベースとなる骨格や肉体を製造する技術だ。

 見た目についてはある程度のコントロールは可能だが、基本は霊基(魂の遺伝子情報)に記憶された人物像の影響を受けることになる。シオンに生前の面影が残っているのは、そのためだ。


「やっぱり北欧系の美少女って感じだな。年齢は十五、六ってところか」


 新たなホムンクスルの製造に使った〈魔核〉はお察しの通り、数日前にサンクトペテルブルクで手に入れたものだ。

 それを一週間掛けて〈生命の水〉のなかで培養し、完成したのが目の前の銀髪美少女と言う訳だ。

 ホムンクルスは均整の取れた顔立ちをしているとはいえ、シオンと比べても甲乙つけがたい。そのことからも〈魔核〉に記憶されていた人物は、相当の美少女であったことが窺える。

 胸はシオンの方があるけど。

 シオンは着痩せするタイプなので、ああ見えて結構な胸があるのだ。

 女性の前で胸の話は禁句タブーだと理解しているので、決して口にすることはないが……。

 ホムンクルスは人間ではないとはいえ、女であることに変わりはないしな。


「あとは〈魔核〉に魔力を注ぎ込むだけだな」


 器となる身体が完成すれば、あとはを吹き込むだけだ。

 魔力を注ぎ込んで〈魔核〉を活性化させてやれば、数刻で目を覚ます。

 まあ、ちょっとしたコツがいるので誰でも出来る作業と言う訳ではないのだが――


「――〈構築開始クリエイション〉」


 心臓から全身に血液を流すような感覚で魔力のパスを繋げていく。

 繊細な魔力操作が求められる作業で、これだけは真似ができないとヘイズも言っていた。

 とはいえ、特別なスキルが必要な作業でもないので、俺は慣れだと思っている。

 先代の〈楽園の主〉も出来ていたことを考えると、熟練の錬金術師なら難しい作業ではないはずだ。

 まあ、〈工房〉の責任者と言ってもヘイズは錬金術師じゃないしな。

 さすがに専門で負けるようでは俺の立つ瀬がない。


「これでよしと」


 魔核から全身に魔力が循環し始めたことを確認して、ほっと一息吐く。

 これで一通りの工程は完了した。あとは――


「名前をどうするかだな」


 ホムンクルスは名付けの親に忠誠を誓うという習性があることから、俺が名前を考える必要がある。シオンは生前の記憶があったので同じ名前を付けたのだが、彼女の場合はどうなのだろう?

 レミルは俺の霊基を使ったのに、俺の記憶を継承している様子はなかったしな。

 その点を考えるとシオンは特殊なケースだと思うから、たぶん他のメイドたちと同じ結果になると思うのだが――


「まあ、どうするかは起きてから決めればいいか」


 できることなら本人の希望を聞いてやりたいと思うので、目が覚めるまで待つことにするのだった。



  ◆



「やっぱり記憶はなしか」

「はい、申し訳ありません」

「いや、謝るようなことじゃないんだけどな……」


 少し残念なようで、そりゃそうだよなと納得する。

 服を着せていろいろと質問をしてみたところ、やはり記憶はないようだった。

 ただ無事に知識は継承しているようで、これなら日常生活に問題はないだろう。


「あの……なんと、お呼びしたら?」

「別に好きに呼んでくれて構わないが、一般的には〈楽園の主〉で通っているな」

「楽園ですか?」

「ああ、ここは〈月の楽園エリシオン〉と言う国で、その略称が楽園だ」

「だから〈楽園の主〉なのですね」

「そう言うことだ」


 納得した様子で頷き、考え込む仕草を見せる少女。

 そして、


「なら……王様って呼んでもいいですか?」


 そうきたか。

 とはいえ、他に『王様』と俺のことを呼んでいるメイドがいない訳ではない。

 なかには『陛下』なんて呼んでくるメイドもいるしな。


「それで構わないが、そこまで畏まった喋り方しなくてもいいぞ。家族・・のようなものだしな」

「はい! えへへ……なんだか、お兄ちゃんみたいです」


 頭を撫でてやると嬉しそうに笑みを浮かべる少女。

 お兄ちゃんか……確かに娘と言うよりは歳の離れた妹みたいな感じだ。

 元となった人物に兄でもいたのかなと考えていると、全裸の男が頭を過った。

 可能性としてはない訳ではないが、あの男はアストラル系のモンスターに取り憑かれただけの被害者だろうしな。偶然にしては出来すぎているし、考えすぎだろう。

 ちなみにアストラル系と言うのは、ゴーストなどの実体を持たないモンスターのことだ。物理攻撃が一切効かず、精神系の魔法攻撃をしてくる厄介なモンスターとして知られている。

 なかには人に取り憑いて悪さをするようなモンスターもいるって話だ。

 恐らくは、その取り憑いていた魂が〈魔核〉に記憶された人格のベースになっているのではないかと俺は考えていた。

 ダンジョンで死んだ人間がゴーストになると言う話は聞いたことがないが、ありえない話ではない。少なくともアンデッドの存在は確認されているからだ。

 シオンもダンジョンで亡くなって幽霊になっていたみたいだしな。


「あとは名前を決めるだけだな」

「名前ですか?」

「ああ、ないと不便だろう?」


 あらためて考えると、メイドたちを番号呼びしていた先代の〈楽園の主〉は俺よりもコミュニケーション能力が欠如していたことが窺える。

 凄い錬金術師だったと言う話だし、それはユミルたちや楽園を造ったことからも分かる。恐らくは研究以外のことに興味がなかったのだろう。所謂、マッドサイエンティストと言う奴だ。

 ある意味で凄いと思うが、俺はそこまで研究に人生を捧げるつもりはない。

 錬金術師を名乗ってはいるが、魔導具製作は趣味のようなものだしな。


「希望はあるか? ないなら俺が考えるけど」


 本音を言うと、俺も余り名前を考えるのは得意ではない。

 北欧神話から名前を取ったのも、ネーミングセンスが欠如しているからだ。

 そういう場合は既存の名前を参考にした方が、まだマシだしな。


「王様にお任せします」


 記憶がないのだから、そうなるよな。

 しかし、こんなこともあろうかと目を覚ますのを待っている間に名前は考えておいた。

 メイドたちと被らない名前にしないといけないので割と苦労したのだが……。

 千人もいると、どうしたって似たような名前が出て来るしな。

 

「お前の名前はサーシャ・・・・だ」


 この名前にした理由は単純で、知り合いの子に似ていたからだ。

 俺の両親が考古学者をしていたことは以前に話したと思う。

 そのため、よく海外を飛び回っていて外国人の知り合いが多く、大学へ進学して間もない頃に一ヶ月ほど面倒を見てくれと、ロシア人の兄妹を家に連れて帰ってきたことがあったのだ。

 妹の方は当時十歳くらいだったので、大きな子供がいてもおかしくない年齢になっっているはずだ。

 その子が『サーシャ』と呼ばれていたの覚えていた。


「サーシャ……良い名前ですね」


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 あれから三十五年か。そう言えば、あの子も覚えたての日本語で俺のことを『お兄さん』って呼んで後ろをよくついてきていたな。ロシアでは家族でも愛称で呼び合うのが普通らしいから、逆に新鮮で気に入っていったようだ。

 日本のアニメが好きでよく見ていたし、その影響なんだと思っているけど。


(あのクソガキも元気にしてるのかね?)


 その所為で兄の方に敵視されていたのを思い出す。

 あの怖いもの知らずのクソガキも生きているとすれば、もう五十近い訳か。

 当時は裸に剥いて路上に転がしてやろうかと考えたこともあるが、いまとなっては懐かしい思い出だ。


「皆に紹介するからついて来てくれ」


 そう言って手を差し出すと、呆然とするサーシャ。

 俺の手をじっと見て動かないサーシャを疑問に思い、首を傾げる。


「どうかしたのか?」

「いえ……なんだか、前にもこんなことがあった気がして……」


 記憶は残っていないはずだが、なんとなく覚えていると言った感じなのだろうか?

 もしかしたら本当に兄がいたのかもしれないな。


「ほら、まだ起きたばかりで上手く歩けないだろう? 手を貸してやるから」

「あ、はい。ありがとうございます」


 おぼつかない足取りで立ち上がるサーシャの身体を支えてやる。

 数日もすれば今の身体に慣れると思うが、当分は介護が必要だろうしな。

 シオンにでも任せておけば問題ないだろう。

 しかし、立て続けに予期せぬことばかりが起こるものだ。

 さすがにもうないと思いたいが、日本には『二度あることは三度ある』という諺がある。


(俺は平穏に暮らしたいだけなんだけどな……)


 これ以上、面倒事が起きないことを祈るばかりだった。

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