第52話 大いなる秘術

 アレクサンドルの胸に槍の尖端が触れた、その時だった。


「――これは魔力暴走!?」


 咄嗟の判断で慌てて後ろに飛び退くことで距離を取るスカジ。

 アレクサンドルの身体が風船のように膨らみ、魔力が暴走を引き起こしていた。 

 肉体に取り込んだ亡者の魂が許容量キャパシティを超えて暴走を引き起こしたのだと、スカジは推察する。

 無理もない。神を降ろすためとはいえ、数十万の命を身体に取り込んだのだ。

 本来であれば人の器に収まるような力ではないし、制御に失敗すればどうなるかなど考えるまでもなかった。


「隔離結界が――」


 空間がひび割れ、隔離結界の崩壊が始まる。

 暴走した魔力が周囲の空間にも影響を及ぼし始めたのだ。

 魔王級の力。奈落アビスのモンスターをも凌ぐ魔力が際限なく膨らんでいく。


「――くッ!」


 魔力で障壁を張って耐えるスカジ。

 結界が崩壊し、現実空間に引き戻されると同時に内側から・・・・建物が倒壊する。

 既にアレクサンドルの身体は宮殿よりも大きく膨らんでいた。

 それでも魔力の暴走が止まる気配はない。


「まずいわ。このままじゃ……」


 スカジの背から冷たい汗がこぼれ落ちる。

 このままでは空気を入れすぎた風船のように制御を失った魔力が大爆発を引き起こし、街が消し飛ぶ可能性が頭に浮かんだからだ。

 それだけ済めばいいが亡者の怨念が大地をけがすことで、この辺り一帯が死の大地・・・・と化す恐れすらあった。

 そうなったら最悪の場合、この国は滅亡する。死の大地で命を落とした生き物は成仏することが叶わず、亡者となって永遠にこの世を彷徨い続けることになるからだ。

 先史文明の時代にも、そうして滅びた国が存在した。

 際限なく増え続けるアンデッドに対処しきれなくなったのだ。


「こんなことになるなんて……これでは計画が……」


 これでは地上に楽園を築くどころの話ではないとスカジは焦る。

 これまでの工作が無駄になるばかりか、アンデッドの噂が広まれば主の評判を落とすことにもなりかねないからだ。

 敢えて楽園の存在を隠さずに行動していたことが裏目にでたと言っていい。

 

「せめて、核を破壊できれば……」


 嘗て〈魔女王〉と呼ばれていた英雄が神降ろしに失敗し、暴走の果てに魔王へと至ったように、アレクサンドルもまた亡霊の怨念によって魔王になりつつあった。

 だとすれば〈魔核〉を破壊することで暴走を止められるかもしれないとスカジは考えるが、下手に外部から衝撃を与えるとその時点で爆発を引き起こす可能性が高い。そうなったら本当に終わりだ。

 魔力暴走によって街は破壊され、亡者の怨念が大地を覆い尽くすことになる。

 最悪のシナリオがスカジの頭を過った、その時だった。


「――おさ!」


 打つ手がなく焦るスカジの耳に、オルトリンデの声が響いたのは――

 異変に気付いてオルトリンデが駆けつけたのだと察するスカジ。

 そして、振り返ったところで――


「主様……?」


 オルトリンデと一緒にいる椎名の姿を目にして、呆然と固まるのであった。



  ◆



 オルトリンデの案内で目的地に着いたタイミングで、金色に輝く宮殿が倒壊した。

 土煙を上げて内側から崩れるように、派手に吹き飛んだのだ。

 爆風や飛んでくる瓦礫に反応して〈反響の指輪リフレクションリング〉の障壁が自動展開している。

 オルトリンデと一緒にいると目立つことから、いつもの錬金術師ファッションに着替えてきたのだが、どうやら正解だったらしい。

 しかしまあ、派手に吹き飛んだものだ。ガス爆発かなと眺めていると、


「――おさ!」


 オルトリンデの声が響いたかと思ったら、土煙の中から人が飛び出してきた。

 どこかで見たことのあるツインテールだなと思ったらスカジだった。


「主様……?」


 困惑した表情で、こちらを見るスカジ。

 状況がよく分からず戸惑っているのは俺も同じなのだが、気持ちは分からないでもない。

 倒壊した建物から出て来たら、犯人だと疑われても仕方のない状況だしな。

 しかし、俺はスカジが原因とは思っていない。

 土煙の向こう側に元凶と思しきものを見つけたからだ。

 巨大な黒い肉塊。なんとなく、どこかで見たことのある物体だ。


(ヤマタノオロチが出現した時も、あんな感じだったな)


 そう、オロチが出現した時の状況によく似ているのだ。

 なんでこんなところにモンスターがと疑問が浮かぶが、ダンジョンも近いことだしな。

 ギャルの妹が両足を失った事故でもモンスターが関与していた疑いがあることを考えると、スタンピードのように何かしらの異変が起きてダンジョンの外にモンスターが現れる可能性はゼロではなかった。


(このままだと、まずそうだな)


 目立つのは避けたいけど、そうも言ってられないようだ。

 考えごとをしている間にも、どんどん肉塊は大きくなっていく。

 しかしオロチの時はすぐに変異したのに、ぶくぶくと膨れるだけでその兆候がない。

 もしかすると――


簡易解析アナライズ――やはり、そういうことか」

 

 スキルで〈解析〉を試みたが、どうやら魔力暴走を引き起こしているようだ。

 となると、あの黒い肉塊のようなものは魔力の塊と言う訳か。

 攻撃してくる様子はないし、これなら俺でもどうにかなるかもしれない。


「スカジ。オルトリンデと協力して、周囲の封鎖と逃げ遅れた人の救助を頼む」

「え、はい。主様は……」

「こいつをどうにかする」


 スカジの能力では相性が悪いだろうと考え、引き受ける。

 たまには主らしいところを見せておかないと、格好が付かないしな。

 それに俺のスキルは、こういう相手との相性が良いので打って付けだった。


「ちょっと弄らせて・・・・もらうぞ」


 俺のスキル〈大いなる秘術アルス・マグナ〉は錬金術に特化したスキルだ。

 その効果は魔力を帯びた物質や現象への干渉――所謂マテリアルの〈解析〉と〈構築〉に秀でている。ようするに魔導具の製作やスキルの複製に便利なスキルだと理解してもらえればいい。

 とはいえ、複製したスキルは〈魔法石マナストーン〉と呼ばれる魔石を加工して作った特殊な石に封じなければ使えず、魔法石があれば俺でなくてもスキルを付与した魔導具は開発できることから特別凄いスキルと言う訳ではない。

 凄いと言うよりは汎用性の高い便利なスキルと言った方が正解だろう。

 一見すると物作りにしか使えないスキルに思えるが、このスキルには他にも使い道があった。


構造解析アナライズ――」


 目の前の肉塊に手をかざし、再び〈解析〉を使用する。

 スキルは言ってみれば、補助輪のようなものだと俺は考えていた。

 効率は落ちるが〈身体強化〉のスキルがなくたって、探索者はみんな魔力で自己強化を行っている。魔法も同じでスキルのアシストなしでも魔力操作が適切なら、あとは発動のために必要な術理を学ぶことで誰でも使えるからだ。

 だからスキルを極めると言うことは、スキルなしでも魔法が使えるくらい魔力への理解を深める必要がある。

 俺の場合、元から得意だった魔力操作を極めた結果――


魔力分解デストラクション


 魔力そのものを分解できるようになったのだ。

 発動後のスキルであっても同様に、それが魔力を源とする力であれば分解は可能だ。

 前にシオンのスキルを無効化したのも、この力だ。

 あれは発動したスキルの効果を解析することで分解したのだが、今回はもっと単純だった。

 暴走した魔力そのものを分解し、集めた魔力を正常な状態に戻して再構築・・・する。魔力を圧縮することで魔石を人工的に造る方法があるのだが、その応用なので難しい作業でもない。

 分解した魔力をそのまま拡散しないで集めている理由は簡単だ。

 奈落アビスのモンスターを凌ぐほどの魔力を拡散すれば周辺の環境にどのような影響を与えるか分からないし、何より勿体ない。これだけの魔力があれば、いろいろと有効活用することも可能だしな。


「まあ、こんなものか」


 肉塊を構成していた魔力が完全に分解され、萎んでいく。

 普段やっている複雑なスキルの解析と比べれば、不安定な状態の魔力を分解して正常な状態に戻すくらいのことは簡単だ。

 逆に言うと俺にできることって魔導具の製作以外では、このくらいしかないんだけど……。

 しかし、


(災難な人もいるものだ)


 勇者の時と同じく、肉塊があった場所に裸の男が倒れていた。

 解析した時に分かったのだが、どうやらモンスターの依り代にされていたらしい。

 大方、ゴーストのようなアストラル系のモンスターにでも取り憑かれて、魔力暴走を引き起こしたのだろう。

 まだ生きているようだし、体力が回復すれば自然と目を覚ますはずだ。

 それより、これ・・の方が問題だった。


(これ、魔核だよな……)


 ソフトボールくらいの黒い石・・・が、俺の手には握られていた。

 忘れるはずがない。そう、これは〈魔核〉だ。

 集めた魔力を再構成したところ、これが手の中に現れたのだ。

 理由はよく分からないが、


「ここまでだな」


 考えごとをしている時間はなさそうだ。

 周囲が騒がしくなってきたのを察し、騒ぎが大きくなる前にここから離れた方が良さそうだと考え、


(二人には悪いけど、先に退避させてもらおう)


 後始末はスカジとオルトリンデに任せ、俺は逃げるように立ち去るのだった。

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