第51話 観光案内
「ここ……どこだ? 長崎にあるテーマパークじゃないよな?」
いま俺はヨーロッパ風の街にいた。
どうしてこんな場所にいるのかと言うと、話は三時間ほど前に溯るのだが――
「よし、日本に行こう」
一週間の引き籠もり生活で暇を持て余していたところ、弟子の話をレミルから聞いて様子を見に行こうと思い立ったのが切っ掛けだった。弟子と言うのはギャルの妹のことだ。
アルバイトがしたいとギャルの妹に相談されて四ヶ月。別れ際に材料とレシピを渡して課題を出しておいたのだが、昨日レミルが俺のところにやってきて
完成した霊薬はレミルが預かっていたのだが、間違いなく本物だった。
俺の時と比べても明らかに上達が早い。向上心の高さと本人の努力も理由にあるのだろうが、やはり魔法薬の調合に特化したスキルを持っていることが上達の早さに繋がっているのだろう。
そこで課題を成功させたギャルの妹を労うために日本へ向かう計画を立て、こういう時のために作りおきしておいた〈
「……ない。そんなはずはないんだが……」
研究室においてあった〈
誰か持ちだしたのだろうと思って探していたら工房に積んであるのを見つけて回収したのだが、その〈
そして、話は冒頭に戻るのだが――
「サンクトペテルブルクか……。確か、ロシアの都市だっけ?」
最初はヨーロッパかと思ったのだが、ここはロシアの街らしい。
街のことは、店の前でピロシキを売っていたおばさんに教えてもらった。
なお、金については前にレギルから貰った魔法のカードがあるので
戦闘機も買えるとか言っていたのでカードが使える国なら、お金で困ることはない。返してくれとも言われていないので、レギルに感謝してありがたく使わせてもらっていた。
ちなみに、いまの俺は〈楽園の主〉ではなく日本からきた観光客を装っている。ダンジョンからでるまでは認識阻害の外套を着ていたのだが、旅にトラブルは付き物だと考え、気持ちを切り替えて観光を楽しむことにしたと言う訳だ。
ギャルの妹のところには土産を持って、また後日にでも顔をだせばいいだろう。
「折角だから、この街にしかないようなところを観光したいな」
サンクトペテルブルクは三百年以上続く古い街らしくて、嘗ては帝国の首都でもあったロシア第二の都市らしい。
そのため歴史的な建造物が多く、観光スポットが街の至るところにある。
教会に美術館。大聖堂や古い軍事施設。帝国時代の宮殿なんかもあるらしい。
まあ、ガイドブックの受け売りなのだが、さっき本屋で見つけた。
「黄金宮殿か」
そのなかで特に目を引いたのが、金色に輝く煌びやかな建物の写真だった。
皇帝の住居みたいなことが書いてあることから、帝国時代の建造物なのかな?
最近建てられたみたいに綺麗だが、きっと手入れが行き届いているのだろう。
「折角だから、ここを覗いて見るか」
日本で言うところの金閣寺のような建物なのだと想像が付く。
なら観光スポットとしては打って付けの場所と言うことだ。
写真でも撮って土産話にでもしようと、目的地に足を向けたところで――
「ご主人様!」
見知った顔に声を掛けられるのだった。
◆
メイド服の上からオリハルコンの胸当てを装備した彼女の名はオルトリンデ。
楽園のメイドで〈狩人〉の副長。〈
ちなみに〈九姉妹〉と言うのは〈原初〉の六人に次ぐ実力者たちの総称で、名付けの親は俺だ。
ホムンクルスには名付けの親に忠誠を誓うという習性があるらしく、楽園のメイドたちは俺が名付けを行ったのだが、まさか千人もいるとは思っていなくて当時は本当に大変な思いをした。
全員の名付けを終えるまでに、二ヶ月もかかったからな……。
先代はどうしていたのかと思ったら番号で呼んでいたらしい。
それを俺がユミルたちにちゃんとした名前を与えたものだから、他のメイドたちにも期待をさせてしまった言う訳だ。
その期待を裏切るような真似なんて出来るはずもなく、必死に考えた名前の一つが〈
ちなみにオルトリンデという名前で察しが付くと思うが、名前の元ネタは北欧神話を題材としたワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に登場するワルキューレの一柱だ。
北欧神話って何となく格好良いじゃん?
ラグナロクとかレーヴァティンとか、少年心をくすぐる響きがいいんだよな。
それで若い頃に書物を読み漁っていたことがあって、よく覚えていたと言う訳だ。
両親が考古学者をしていて、その手の本が書斎にたくさんあったと言うのも理由にある。
とはいえ、さすがに千人もの名前を神話から持ってくるのは俺の知識量的に無理があったので、他のメイドたちは〈庭園〉に所属しているメイドなら花の名前とか、結構適当になってしまったのだが……。
まあ、本人たちが納得して喜んでいるのなら問題はないだろう。
少なくとも番号で呼ぶよりはマシだ。
「お忍び中なんだから、あんなところで声を掛けてくるなよ。目立つだろ」
「……申し訳ありません」
人目の付かない路地裏に移動して、オルトリンデに注意する。
大丈夫だとは思うが、〈楽園の主〉の正体がバレたら大騒ぎだしな。
そこはしっかりと注意しておかないと、今後も同じようなことがありそうだ。
それよりも、ここにオルトリンデがいることで分かってしまった。
俺の研究室から〈
「スカジはどこにいる?」
オルトリンデは〈狩人〉の副長で、常にスカジと行動を共にしている。
彼女がここにいると言うことは、スカジも来ていると言うことだ。
となれば、犯人は自ずと絞られる。そう、スカジだ。
「……もしかして何か不手際が?」
「ああ、まだ確証がある訳ではないがな。もう一度聞く、スカジはどこだ?」
きっと何か理由があるのだろうが、一言欲しかったと言うのが本音だ。
親しき仲にも礼儀ありという言葉もあるしな。
ここは主として、しっかりと注意しておくべきだろう。
オルトリンデも同罪と言えなくはないが〈狩人〉の長はスカジだしな。
事情を聞いて叱るのであれば、まずはスカジからだろう。
「……黄金宮殿です」
それって、さっき俺が向かおうとしていた観光スポットだよな?
オルトリンデの反応が少しおかしいと思っていたが、まさか――
「全員きているのか?」
「はい。〈狩人〉は総動員しています」
間違いない。これは〈狩人〉全員で慰安旅行を企画したのだろう。
式典が無事に終わって、スカジなりに部下たちを労おうとしたに違いない。
別にそれがダメって訳じゃない。楽園のメイドたちは働きすぎだと思っているし、もっと休みを取って欲しいと考えているくらいだ。スカジもそういうところに気を配れるようになったのは良いことだと思う。
しかし、それならそれで相談して欲しかったと寂しい気持ちになる。
「あの……ご一緒してもよろしいでしょうか?」
どこか不安そうな表情で、そう尋ねてくるオルトリンデ。
やっぱり内緒にしてたのがバレて、バツが悪いと言ったところなのだろう。
もしかしたら〈
彼女はスカジのことを慕っているし、ありえる話だ。
「気にするな。俺にも悪いところがあったようだ」
「そんな! ご主人様に悪いところなんて――」
「いや、自分の手でどうにかするべきだった。お前たちに頼り過ぎていたようだ」
事情を知ってしまってはスカジのことを怒りにくい。
本当なら彼女たちの主として、俺が気を遣うべきところだしな。
しかし、メイドたちを労うのに慰安旅行は良いアイデアだと思う。
折角なので今後の参考になるかもしれないと考え、
「案内を頼めるか?」
「はい! お供させて頂きます!」
オルトリンデに案内を頼むのだった。
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