第50話 神降ろし

「――魂食いソウルイーター


 召喚した亡者を送り返すように、影に取り込むアレクサンドル。

 するとアレクサンドルの身体から亡者と同じ黒い瘴気のようなものが溢れ出し、顔や身体に紋様のようなものが浮かび上がる。


「炎よ、穿て――フレイムランス!」


 詠唱と同時に炎の槍がスカジに向かって放たれる。

 しかし、英霊が割って入るようにスカジの前に立ち、アレクサンドルの放った炎の槍を剣で払い落とす。


「なるほど……過去がない男の秘密はそれね。支配下に置いた亡霊の外見や力をコピーする能力と言ったところかしら?」


 アレクサンドルの外見が〈皇帝〉を演じるために用意した偽りの姿であると、スカジは見抜いていた。それなら、どれだけ過去を探っても何も出て来ない理由に説明が付くからだ。


「過去の名は捨てた。〈皇帝〉アレクサンドル――それが、いまの俺だ」


 スカジの言うとおり〈魂食いソウルイーター〉によって取り込んだ亡者の能力や姿をコピーする能力がアレクサンドルの権能にはあった。

 それは即ち、ありとあらゆるスキルが使えると言うことに他ならない。

 相手が何者であっても負けるはずがない。

 まさに最強の能力だと、アレクサンドルもこの能力に目覚めた時は考えていた。

 しかし、スカジから言わせれば、そんなものは紛い物の力に過ぎなかった。


「他人の力を借りたところで、使いこなせなければ意味がないでしょうに……」


 いまの炎の槍も容易く払い落とせる程度のものでしかなかった。

 それはアレクサンドルが取り込んだスキルを使いこなせていないからだ。

 スキルを使えると言うだけなら、まだ亡者に戦いを任せていた方がマシなくらいだ。


「そんなことは分かっている。だから、こうするのさ」


 だが、そんなことはアレクサンドルも分かっていた。

 使いこなせないスキルが幾つあっても意味はないし、〈魂食いソウルイーター〉にも弱点はある。結局、他人のスキルが使えたところで覚えられるスキルは一つに限定されるからだ。

 魂食いで記憶できるスキルは一つだけ。新たなスキルを習得すれば、以前のスキルは失われてしまう。

 だから考えたのだ。

 それが人間の限界だと言うのなら人間をやめてしまえばいい、と――


「顕現せよ――黒い神チェルノボーグ!」


 召喚した亡者を次々に取り込み、身体を覆う瘴気が粘土のように変形し、アレクサンドルを異形の姿へと変貌させていく。


「これは……」


 目を瞠り、はじめて驚いた様子を見せるスカジ。

 スカジにとって目の前の光景は、予想を大きく超えたものだったからだ。


「取り込んだ魂を捧げることで、悪神を降ろしたのね」


 亡者を食いつくし、現れたのは一匹の顔のないノーフェイスの悪魔だった。

 巨大なコウモリノような羽を持ち、熊のように大きな身体をしている。

 恐らくは、この姿こそが〈黒い神チェルノボーグ〉の真の力なのだとスカジは察する。

 亡霊を統べる悪神。それが〈皇帝〉アレクサンドルの権能なのだと――


「まさか、この時代にも同じこと・・・・をする人間がいるなんてね……」


 ――まるで魔王みたい、とスカジはどこか呆れたような悲しい表情を見せる。

 人間たちは〝界〟がユニークスキルの到達点だと考えているようだが、それは違う。

 真の到達点とは、神そのものを身に降ろし、人の身で神へと至ること。

 数十万の亡者の力を取り込んだアレクサンドルは、奈落アビスのモンスターにも届くほどの魔力を身に纏っていた。

 それだけの魂を捧げることで、神を自分の身に降臨させたのだ。


「オワリダ」


 アレクサンドルの姿が掻き消え、一瞬にしてスカジとの距離を詰める。

 それに気付き、アレクサンドルに攻撃を仕掛ける英霊たち。

 しかし、


「ムダダ」


 アレクサンドルの纏った闇の障壁に攻撃を阻まれ、腕の一振りで英霊たちは全身を切り刻まれる。

 淡い光を放ちながら消滅する英霊を横目に、スカジの頭上に目掛けて腕を振り下ろすアレクサンドル。しかし、確実に捉えたと思ったアレクサンドルの攻撃はスカジの身体をすり抜け、宙を切る。


「気配ヲ感ジナカッタノモ、ソノ〈権能スキル〉ノチカラカ……」


 いつの間にか後ろに回り込まれていたことに驚きながらも、その力の一端をアレクサンドルは見抜いた。

 実体をアストラル化することで、幽霊のように姿を消したのだと――

 目の前にいるはずなのに、いまのスカジからは気配をまったく感じない。

 身体は青白い光を放っていて、まるで蜃気楼のように揺らめいて見える。


「察しは悪くないようね。そう、あなたが人間をやめて悪魔になったように私もなれるのよ・・・・・


 ――英霊そのものに。

 実体を掴めなかったスカジの輪郭がくっきりと浮かび、変貌していく。

 魔術と武術の両方を極め、魔王の名を冠した最強の英雄へと――

 それこそが〈白き国を守護せし者アウラ・ゲニウス〉の本来の力だった。



  ◆



「侮っていたことをお詫びするわ。英霊たちが生きていた時代でも、その領域に至れる人間は極僅かだった。手段はどうあれ、あなたは確かに神の領域へと至った。それは誇って良いことよ」


 神の領域へと至ったアレクサンドルを賞賛するスカジ。

 先史文明の時代でも、神の領域に至れる人間は数えるほどしかいなかったからだ。

 やり方はどうあれ、間違いなくアレクサンドルは賞賛されるべき偉業を為したと言える。

 しかし、


「でも、上には上がいることを教えてあげるわ」


 アレクサンドルが神の力を降ろしたように、スカジもまた魔王の力をその身に降ろす。

 神化ならぬ魔王化。これが〈原初〉に名を連ねるホムンクルスの真の力。

 スカジの身体を覆っていた光が輝きを増し、銀色の髪が青みを帯びていく。

 そして、身に纏っていたメイド服が手足の露出した戦装束へと変化し、スカジの右手には禍々しい気配を放つ一本の槍が握られていた。

 蛇のような装飾が管に巻き付いた二叉の槍が――


「化ケ物メ……」

「そっくりそのまま言葉を返させてもらうわ」


 スカジの身体から放たれる桁違いの魔力を感じ取り、畏怖するアレクサンドル。

 その直後、スカジの姿が消え、アレクサンドルの身体が弾け飛ぶ。


「――舐メルナ!」


 しかし、すぐに反撃へと転じるアレクサンドル。

 雷のような轟音と、空気が弾けるような衝撃だけが宮殿内に響く。

 常人の目では追いきれないほどの速さで、激しい攻防を繰り広げる二人。

 身体能力だけで言えば、ほぼ互角と言ったところだ。


「グ……ッ!」

「スピードはなかなかのものね。でも動きが直線的すぎる」


 しかし、椎名が以前に言っていたようにスカジの戦闘技術は〈原初〉の六人のなかで特出している。

 スキルなしの戦闘力であれば、間違いなく楽園で最強と言える存在。

 そして今の彼女の姿こそが、その戦闘技術を最大限に発揮できる姿であった。


「何故ダ! 何故、攻撃ガ当タラナイ!」

「動きが単調で読みやすいからよ。凄いのはスピードとパワーだけ。戦闘技術は二流もいいところね」


 スカジの戦闘技術は、この世界で最強・・と呼べるほどに卓越したものだ。

 槍術に限らず、ありとあらゆる武術を達人の域で使いこなし、魔術も全属性・・・の最上級魔法を扱えるほどの魔導師メイガスでもあった。

 それもそのはずで、彼女を生み出すために使われた魔核ディアボロスコアは嘗て英雄の国・・・・を治めた女王。世界最強と謳われた魔女のものだ。

 禁忌の技で神の領域へと至り、魔に身を堕とした・・・・・・人類史上最強の魔女。


「バカナ――」

 

 故に最強。一対一の戦いであれば、彼女に勝る戦士はいない。

 回し蹴りでアレクサンドルを床に叩き付けると、二叉の槍を投擲するスカジ。

 分裂した二叉の槍がアレクサンドルの四肢を地面に縫い付け、スカジは続けて雷の最上級魔法を放つ。


「――裁きの雷霆ジャッジメント・ヴォルテクス


 渦を巻くように雷雲が上空に現れたかと思うと、槍に向かって無数の雷が落ち、アレクサンドルの全身を焼き焦がす。


「ガアアアアアアッ!」


 並のモンスターであれば塵一つ残さずに消し去るほどの一撃を受け、アレクサンドルの絶叫と轟音が響き渡る。

 しかし、


「さすがに頑丈ね。仮にも神域へ至っただけのことはあるわ」


 全身が焼け焦げ、雷が直撃した四肢は黒く炭化しているような状態ではあるが、それでもアレクサンドルは生きていた。

 それどころか、既に焼け焦げた四肢が再生を始めている。

 仮にも神の領域へと至った化け物だ。

 この程度の攻撃で死ぬはずがないことは分かっていた。

 故に――


「トドメを刺してあげるわ」

 

 四つに分かれた二叉の槍を再び一本に戻し、刺し殺すことに特化した形状へと変化させる。

 スカジの槍は先代の〈楽園の主〉が製作したアーティファクトの一つで、〈魔女王〉の名で知られた史上最強の魔女が実際に使っていたものだ。

 使用者の意志に応じて様々な形状へと変化する魔槍。

 それが、スカジの武器〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉であった。

 この槍で心臓を貫かれれば、例え神や魔王であっても死を免れることは出来ない。


「これで終わりよ」


 少しの迷いもなくスカジはアレクサンドルの胸に槍を突き立てるのだった。

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