第49話 黒と白の軍勢

「なんだ貴様は!? 一体いつから――」

「ずっとてたわよ。滑稽な見世物だったけど、面白い話が聞けたから多少は得るものがあったわね」

 

 先程まで誰もいなかったはずの場所に、一人のメイドが立っていた。 

 十代半ばから後半と思しき、メイド服を着た銀髪の女が――

 頭の両端で束ねられた髪が尻尾のように垂れ下がり、少女のような外見のなかに妖艶さが共存している。まさに妖精のようで、この世のものとは思えないほどに美しいが、アレクサンドルは言葉にできない不安を感じていた。

 それもそのはずだ。彼女の名はスカジ。

 原初に名を連ねるホムンクルスの一人にして〈狩人〉の長なのだから――


「……どこまで知っていやがる?」

「正直に言うと、あなたのことは何も知らないわ。ただ想像はできる。そのはよく知っているから――愚者を演じているのは復讐・・のため?」


 何も答えないアレクサンドルを見て、肯定だとスカジは受け取る。

 国に対しての復讐と言うよりは、理不尽な社会に対しての反発。

 世界に対しての反抗なのだと、スカジはアレクサンドルの行動を分析していた。

 そう判断した理由として、暴君の噂から考えると犠牲者が少なすぎると感じたからだ。

 実際アレクサンドルが台頭してから、この地での争いは大きく減少していた。

 彼に殺された人間も、そのほとんどは裏社会の人間ばかりだ。


「ダンジョンは人の欲を駆り立てる。この場所も十五年ほど前までは、争いが絶えなかったそうね」


 ダンジョンは人類に多くのものをもたらした。

 スキル、魔法、資源。

 それらは文明に革新をもたらすほどのものであったことは間違いない。

 しかし、その一方で世界中で新たな争いを引き起こす火種ともなっていた。


「でも、あなたが〈皇帝〉を名乗り、この街を支配下に置いたことでダンジョンを巡る争いは終息した。これって、ただの偶然かしら?」


 サンクトペテルブルクは政府の力が及ばない無法都市のように見えるが、実際には一定の秩序が保たれている。〈皇帝〉に対する恐怖が人々の心を縛り、目立った行動を抑制している側面があるからだ。

 そして、それこそがアレクサンドルの狙いにあるのだと、スカジは考えていた。

 愚者を演じ、自らを恐怖の対象とすることで抑止力・・・としたのだと――

 サンクトペテルブルクを支配下に置いたのも、ダンジョンを巡る争いを抑え込むためだと推察できる。


「まあ、いいでしょう。あなたにどのような事情があれ、主様を侮辱した人間を許すほど私たちは寛容ではないので」

「そうか、お前は……」


 メイドの正体に気付いた様子を見せるアレクサンドル。

 だとすれば、グスタフと連絡が付かないことにも納得が行く。恐らくは始末されたのだろうと察しが付くからだ。

 しかし、アレクサンドルが正体に気付こうと気付くまいと、どうでもいいことだった。

 噂通りの愚者でなかったことには興味が湧いたが、それだけのこと。

 アレクサンドルの思惑や事情など、スカジにとっては関係のないことだからだ。

 重要なのは楽園を侮ったという事実のみ。

 実際に行ったのは政府だからと言って、そんな言い訳が通用するはずもなかった。


「でも、安心していいわ。愚者として歴史に名を残すことになるでしょうけど、あなたの望みは叶う。紛い物ではない真の力と叡智を兼ね備えた主様によって、この地は楽園・・の一部になるのですから――」


 より圧倒的な恐怖で人間たちを縛ると言う意味だと、アレクサンドルはスカジの言葉を受け取る。

 確かに目の前の女なら、それが可能かもしれないと思わせられるくらいには、得体の知れない力をアレクサンドルは感じていた。

 そのあるじともなれば、一体どれほどの力を持っているのか想像も付かない。

 しかし、


「俺にも〈皇帝〉としての意地がある。この命、簡単に取れると思うな!」


 スキルを発動し、黒い瘴気を纏った無数の亡者を呼び出すアレクサンドル。

 彼のユニークスキル〈黒い神チェルノボーグ〉は〝魂の監獄〟に捕らえた亡者を使役することができる。

 不死者の軍団を統べる皇帝。それこそがアレクサンドルの力だった。


「紛い物に相応しい能力ね」


 しかし、スカジはまったくと言って良いほど動揺していなかった。

 不死の軍勢に囲まれているにも拘わらず、涼しい顔を崩していない。

 その態度が不気味さを際立たせる。


れ!」 


 亡者に指示をだすアレクサンドル。

 皇帝の指示を受けた不死の軍団が、一斉にスカジへ襲い掛かる。

 しかし、


「な……」


 アレクサンドルの目の前で、まったく予期しないことが起きていた。

 スカジに襲い掛かった亡者たちが、まるで金縛りにあったかのように動きを止めたのだ。


「どうした!? その女を殺せ――どうして言うことを聞かない!」


 命令を繰り返しても亡者たちはピクリとも動かない。

 まるでアレクサンドルの声が聞こえていないかのように、動きを停止していた。

 それどころか――


「可哀想に」


 そう言ってスカジが手をかざした瞬間、彼女の周りに集まっていた亡者たちが光を放ち、まるで昇天するかのように姿を消す。


「……何をした?」

解放・・してあげたのよ。この子たちがそれを望んでいたから――」


 ありえないと言った表情を見せるアレクサンドル。

 アレクサンドルの〈魂の監獄〉も、謂わば〝界〟と呼ばれる力の一種だ。

 彼の場合は外側に展開するのではなく自身の内面に世界を構築することで、そこに捕らえた魂を収容している。監獄からだした魂は一時的に現界するが、それでもスキルの影響下に置かれていることに変わりは無い。

 ユニークスキルに対抗できるのは、同じユニークスキルだけ。

 ましてやスキルの影響下にある魂を解放するには、アレクサンドルの力を超えるスキルを所持していなければ不可能なはずだ。


「まさか……」


 何かに気付いた様子を見せるアレクサンドルに、スカジは薄く微笑む。

 そして――


「〈白き国を守護せし者アウラ・ゲニウス〉――それが私のスキルの名よ」


 まるで女王を守るように白き亡霊・・・・たちが姿を現すのだった。



  ◆



 黒い瘴気を纏った不死の軍団に対抗するかのように、白い亡霊の集団が姿を見せる。

 それはスカジの魔王の権能ディアボロススキル白き国を守護せし者アウラ・ゲニウス〉によって召喚された英霊・・たちだった。

 スカジには〈狩人〉の長以外のもう一つの顔がある。

 それは〈墓守〉としての役目。英霊たちの魂を管理し、鎮めることにあった。

 

「不死の軍団だと!? まさか、本当に俺と同じ力を――」

「そんな無理矢理に従わせるだけの紛い物の力と一緒にしないで欲しいわね。彼等は死後も女王に忠誠を誓い、国を守るために戦い続けた英霊たちよ。ひとりひとりが、あなたたちの基準で言うところのAランク以上の実力を持った戦士ばかり。格が違うわ」

「な――」


 目の前にいる亡霊たちがすべてAランク以上の力を持っていると聞かされ、絶句するアレクサンドル。

 一見すると無敵に思える不死の軍団にも弱点は存在する。それが亡霊として召喚された魂は人間であった頃よりも思考能力が低下するため、戦闘力が劣ることにあった。

 最低でも一段階、Aランクの探索者であればBランク相当にまで実力が落ちる。

 C以下の探索者など雑兵も同然だ。なのに――


(ありえん!)


 仮にスカジの言葉が正しいのだとすれば、彼女の召喚した英霊たちは生前Sランク以上の力を持っていたと言うことになる。

 そんなことがありえるはずがないと頭を振るアレクサンドル。

 世界にSランクの探索者は五人だけ。なのにスカジが召喚した亡霊の数は百を軽く超える。そのすべてがAランクを超える近い力を持っているなど、信じられるはずがなかった。


「目の前の敵を殲滅しろ!」


 不死の軍団に命令を飛ばすアレクサンドルを見て、学習能力のない男だと呆れるスカジ。

 先程のように亡霊たちの動きを止めるのは難しくない。

 しかし、それでは目の前の男は納得しないだろうと考え、スカジもまた英霊たちに指示をだす。


「あなたたちに任せるわ。彼等の魂を解放してあげなさい」


 スカジの言葉に応えるように白い軍勢は動き出す。

 ある者は剣を振るい、ある者は弓矢を携え、ある者は杖をかざし――

 無駄のない動きで連携し、アレクサンドルの不死の軍団を削っていく。


「バカな――」


 戦いとも呼べない蹂躙劇が、アレクサンドルの目の前で繰り広げられていた。

 白い軍勢が圧倒的な力で、瘴気を纏った黒の軍勢を呑み込んでいく。

 それでも諦めず、数で押し返せとばかりに亡霊を召喚するアレクサンドル。

 しかし、状況は何一つ好転しない。むしろ、被害ばかりが拡大していく。


「無駄よ。最低でも・・・・Aランク以上の力があると言ったでしょ?」


 雑兵をどれだけぶつけようと、英雄の軍団に敵うはずがない。

 疲れを知らないのはアレクサンドルの不死の軍勢だけではないのだ。

 それはスカジの命令で動く白い英霊たちも同じであった。

 

「まだだ!」


 僅か十分足らずの攻防で千を超す亡霊を失ったアレクサンドルは、再び召喚した亡霊を盾にして宮殿の外へと走りだす。

 狭い屋内の戦いでは数の利を活かしきれないと考えてのことだ。

 しかし、


「多少、知恵は回るみたいね。でも――」


 その程度のことはスカジも想定していた。


「見えない壁だと――いや、これは結界か!」


 宮殿が白い壁のようなものに覆われていることにアレクサンドルは気付く。


「位相空間を発生させる魔導具で結界を張らせてもらったわ。他に人がいないことを、もっと疑問に思うべきだったわね」


 聞いたこともない魔導具の効果に、アレクサンドルは戸惑いを見せる。

 スカジが使ったのは〈楽園の主〉が製作した魔導具の一つで、通常の空間に重ね合わせるように位相空間を発生させる魔導具だ。

 外部からの干渉は勿論のこと視認も不可能。この空間から外にでるには、スカジが左手の薬指・・・・に装備している指輪型の魔導具を奪うか、魔力の供給を断つしかない。いずれにせよ、スカジを倒さなければこの結界からでることは不可能と言うことだ。


「小賢しい真似を……!」

「フフッ、この程度で卑怯なんて言わないわよね? 〈皇帝〉さん」


 スカジの挑発めいた言葉に、苛立ちを募らせるアレクサンドル。

 しかし、命の奪い合いに卑怯も何もないと言われれば、確かにその通りだった。


「なら、俺も奥の手・・・を使わせてもらう」


 故にアレクサンドルも奥の手を使う覚悟を決める。


「――魂食いソウルイーター


 それは嘗て、滅び行く国を救うため、魔王へと身を堕とした女王が使ったとされる禁忌の技であった。

 

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