第42話 苦悩と決断
「長老たちに釘を刺しておいて正解だった」
「頑張って説得したのは僕ですけどね」
ルイのツッコミに一瞬固まり、誤魔化すように視線を逸らすシュアン。
そして、何事もなかったのように話を続ける。
「あのメイドが使っていた力。あれは間違いなく〝界〟だった」
スキルは使えば使うほどに出来ることが増え、強力になっていくことが知られている。同じスキルでも使い手によって強化される方向性は変わり、自分自身の強化に特化したものから他人に力を分け与えるものまで、多種多様な成長を見せるのがスキルの特徴の一つだ。
そのなかで稀に
従来のスキルと隔絶した力を持ち、能力によっては天候を操る強力なスキルへと進化することが――
「だとすると〈楽園の主〉の周りにいたメイドたちは、ユニークスキルが使えると言うことになりますね……」
なかでもユニークスキルの覚醒は『奇跡の力』とも呼ばれていて、世界そのものに影響を与えるほどの力を秘めていた。
シュアンが口にした〝界〟と呼ばれる力もその一つだ。
別名〈領域結界〉とも呼ばれ、世界に干渉することで
スキルの影響が及ぶ範囲であれば、世界の
まさに神の権能。奇跡の体現。ユニークスキルだけに許された究極の力だ。
朝陽が実力的にはAランクを大きく超えていると言われながらもSランクになれないのは、この力を使えないことに理由があった。
ユニークスキルを覚醒させ、その力を使いこなすことがSランクに選ばれる条件にあるからだ。
「そして、あのメイドが使っていた〝界〟は俺の力を超えていた。外部からの干渉を一切受け付けないほど強力なものだ。あの〝界〟に囚われたら最後、俺でさえ何もできずに終わっていただろう」
破る手段がない訳ではないが、それには同じユニークスキルで対抗するしかない。
しかし、ユニークスキルの影響下にある領域に干渉するには、そのユニークスキルと同等かそれ以上の力が求められる。世界に対して、より強い干渉力を持つスキルの方が優先されると言うことだ。
「
驚きを隠せない様子を見せるルイ。
一年前、中国で開かれたギルド主催の国際大会で、日本の代表選手の
しかし、Aランクに留まっていることからも分かるように冬也の使った〝界〟は未完成で、ユニークスキルも覚醒には至っていない未熟なものだった。
スキルの熟練度と言う点では、冬也はAランクのなかでも頭一つ抜きんでているが、それだけでSランクの領域に至れるほど甘くはない。あの程度であれば、他のSランクでも簡単に無効化できるからだ。
しかし、ホテルの地下で見た〝界〟はSランクの力を持つシュアンでも干渉できないほど強力なものだったのだ。
それを――
「では、やはりあれは〈楽園の主〉が……」
「間違いない。外部から干渉して
楽園の主は外部から無効化した。
Sランクにも不可能なことを軽々と実行して見せたのだ。
それは即ち〈楽園の主〉には、覚醒したユニークスキルですら通用しないということに他ならない。
魔導具の力などでは決してない。
あれは純粋に〈楽園の主〉の力が、スキルの干渉力を上回った結果だ。
「甘く見ていた……。本当の化け物は周りにいるメイドたちじゃない」
楽園の主の方だと、シュアンは険しい表情で話す。
神の如き存在?
違う。あれは神そのものだとシュアンは考えていた。
「いま思うと〈聖女〉のことを笑えないな」
シャミーナは〈楽園の主〉を神として崇め、心の底から崇拝していた。
もしかすると気が付いていたのかもしれないとシュアンは考える。
魔導具狂いと呼ばれるだけあって、アーティファクトについては専門職よりも見識が深いからだ。
だからこそ、彼女には分かっていたのだろう。
神と崇められるだけの何かが〈楽園の主〉にはあると――
「どうしますか? このことも長老たちに……」
「やめておけ。どうして〈楽園の主〉があの場で力を見せたと思う?」
「え……まさか……」
「そのまさかだ。あれは俺たちに対する
人類最高の戦力に数えられるSランクの二人がいる前で力を披露した理由。
そんなものは一つしか考えられなかった。
あれは示威行為だとシュアンは受け取っていた。
力の差を見せつけることで、選択を迫ったのだと――
「それじゃあ、もしかしてあの場で見たことを誰かに漏らしたら……」
「最悪、国が消えてなくなる。その前に、俺がお前を殺すがな」
本気なのだと悟って、ルイは息を呑む。
シュアンがそこまで危機感を抱くほどの状況なのだと悟ったからだ。
しかし、救いもあるとシュアンは考えていた。
相手は確かに神の如き力を持った存在だが、話の通じない化け物ではない。こうして選択の機会を与えたということは、少なくともこちらから何かをしない限りは安全だと考えられる。
問題は敵意を向けた時だ。
(バカなことをする奴がでないと言い切れないのが困ったところだ)
今回はどうにか危機を回避できた。しかし、次はどうなるか分からない。
納得していない長老もいるだろう。
鼻先に人参をぶら下げられたら先走る政治家もいるかもしれない。
(国を守るために国盗りを考えさせられるとか、本末転倒だろう)
自分でもバカなことを考えていると、シュアンも分かっていた。
しかし、そのくらいのことをしなければ、国を守ることができないと考えさせられる。少なくとも面倒なことを起こしそうな連中には、早々に表舞台から退場してもらう必要があるとシュアンは考えていた。
いま楽園と事を構えれば、すべてが終わるからだ。
せめて対抗できるだけの力を得るまでは、雌伏の時を過ごすしかない。
そんな日は永遠に訪れないかもしれないが、滅亡の道を歩ませる訳には行かない。
「ルイ、お前には共犯になってもらうぞ」
「それ、拒否権があるんですか?」
「ない。
断れば殺される。どのみち選択肢などないことをルイは悟る。
リーファも自分のいないところで生死に関わる決定がされているとは思ってもいないだろう。
それでも、やるしかないとルイも覚悟を決めるのだった。
◆
同じ頃、エジプトの代表団に割り当てられたホテルの一室には、興奮冷めやらぬ様子のシャミーナの姿があった。
神と崇める存在の力を目にしたのだ。
それはシャミーナにとって、奇跡を目の当たりにしたに等しい。
「ああ、神よ。やはり、わたしの選択は間違えてなどいなかった」
幼い頃のシャミーナは、これほど信心深くはなかった。
彼女を変えたのは〈魔導具〉との出会い。
干ばつに苦しむ祖国に奇跡をもたらした〈黄昏の錬金術師〉の偉業を目にしてからだった。
エジプトやその周辺国の人々が楽園に好意的なのは、その時の恩を忘れていないからだ。
そしてシャミーナも、あの日の奇跡を一度として忘れたことがない。
「この都市のように地上にも楽園を築きたい。それがわたしの願い……」
あの時の感動を、もっと多くの人々に知って欲しい。
みんなを魔導具で幸せにしたい――
それがシャミーナが〈
月面都市は、まさにシャミーナの理想が詰まった街だと言える。
「まずは我々の有用性を示さなければ……」
地上に楽園を築くには〈楽園の主〉の協力が必要不可欠。
そのためにも、自らの有用性を楽園に示す方が先だとシャミーナは考える。
神の目に留まり、奇跡の一端を賜れる存在になることができれば、その時こそ――
「月にギルドの支部を置くという話がありましたね。フフッ、良い案が浮かびました」
政府の人間から聞かされた会合での話がシャミーナの頭に過る。
アメリカの発案ではあるが、それを利用しない手はない。
「これならきっと、神にも喜んで頂けるはずです」
シャミーナは信じた道を疑うことなく、己が理想に邁進するのだった。
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