第41話 解析と分解

 レミルやレギルとの特訓を通して、楽園のメイドが強いことは朝陽も分かっていたつもりだった。

 レミルは例えるなら災害・・だ。技術も何もない。圧倒的なスペックで相手を蹂躙する暴力的な強さ。

 一方でレギルは魔力操作に長け、様々な魔導具を用いた戦闘を得意としていた。

 しかし、シオンの強さはそんな二人とは大きく異なっていた。

 幼い頃から道場に通い、学んできた剣術。

 モンスターとの戦いのなかで培った戦闘経験。

 肉体のスペックや魔導具に頼らない技術・・こそがシオンの力の根幹にあった。

 だからこそ、魅せられる。


「凄い……」

 

 刀一本でシオンは一色を圧倒していた。

 足運び、間合いの取り方、刀を振るう技術。

 すべてにおいて一色の技量を遥かに凌駕している。


「攻撃の時に視線で追うのは悪い癖だと、何度も教えたはずよ」

「――ぐはッ!」


 間合いを詰めて袈裟斬りに刀を振るうも一瞬で動きを見切られ、胴を薙ぐような一撃を受けて地面を転がる一色。

 圧倒的だった。朝陽の目から見ても勝負にすらなっていない。

 それもそのはずで、生前のシオンは百年に一度と言われるほどの剣術の天才だった。物心がついた時には竹刀を握っていて、十二の時には道場の師範から一本を取るほどの天才剣士だったのだ。

 戦闘系のスキルのなかでは一番多いとされる〈身体強化〉のスキルしか持っていなかったにも関わらず、最速でBランクにまで登り詰めたのは幼い頃から学んできた剣術の技量によるところが大きかった。

 そんな彼女がダンジョンで命を落としたのは、人が良すぎたことが原因だ。

 モンスターから仲間を助けようとしたところで、別の仲間に後ろから刺されたのだ。それがなければ、今頃はAランクにまで登り詰めて名のある探索者になっていただろう。


「はあはあ……強くなったつもりでいたけど、まだこんなに差があるなんて……」


 姉の強さは知っていたつもりだった。

 それでも、まだこれほどの差があることに一色は驚きを隠せずにいた。

 確かに一色は強くなった。剣術の腕も、生前のシオンに迫るほどに力をつけたと言って良いだろう。

 しかし、


「強くなったのが自分だけだと思っているのだとすれば、それは間違いよ」


 強くなったのは一色だけではない。

 止まっていた十年の歳月を埋めるかのように、この四ヶ月でシオンもまた急速に力をつけていた。

 いや、正確には生まれ変わったことでが外れ、人間であった頃よりもイメージ通りに身体を動かせるようになったのだ。

 いまのシオンが振るう剣こそが、嘗て南雲詩音が目指した理想の姿であった。


「もう、分かったでしょう。あなたの目の前にいるのが、南雲詩音・・・・ではないと言うことが――」


 南雲詩音では至れなかった剣術の極致。そこにシオンは至ろうとしている。

 それこそが、シオンが南雲詩音と違う証明になる。


「あなたも剣術家なら理解できるはずよ。わたしの振るう剣は、もう人のものではない」

「だから諦めろと……自分のことを忘れろと……そう言いたいのか? 姉さんは――」

「そうよ。あなたの姉の詩音は十年前に亡くなった。ここにいるのは南雲詩音の記憶を持っているだけの別人。マイスターの忠実なる下僕しもべ――楽園のシオン・・・・・・よ」

 

 何十年と修行しようと、いまの領域に到達することは無理だっただろう。

 いまなら分かる。それが、人間の限界。種族の壁だと、シオンは認識していた。


「まだだ。剣術で敵わないならスキルで……」


 ユニークスキル〈須佐之男スサノオ〉が持つ風の力を発動しようとする一色。

 しかし、


「スキルが発動しない? どうして……」

「無駄よ。この光が届かない闇の世界でスキルは使えない」

「これは姉さんの力なのか……?」

「ええ、そしてこれこそが、わたしが南雲詩音ではない証明・・になる」


 スキルが使えず呆然とする一色に、シオンは現実を突きつける。

 ユニークスキルを封じるなど、同じユニークスキルにしかできないことだ。

 しかし、南雲詩音のスキルは〈身体強化〉でユニークスキルを所持していなかった。

 それは即ち、詩音とシオンが別の存在であるという証明に他ならない。


「認めなさい。もう、あなたの姉はいないと――」



  ◆



 ホテルの中央棟には売店の他、大浴場にプール。遊戯室など様々な施設が集約されているのだが、そのなかの一つに訓練用のトレーニングルームがある。魔導具の実験にも使える特殊なコーティングが施された部屋だ。


「……何があった?」


 そこが凄いことになっていた。

 黒いモヤのようなものに部屋全体が覆われ、中の状況が何も確認できなくなっていたのだ。

 トレーニングルームに備え付けられたシャワー室からでたら、この有様だった。

 なんで、そんなところにいたのかって? 汗を流していたに決まっているだろう。

 最初は大浴場を使おうかと思ったのだが、よくよく考えると今このホテルには各国の代表団が泊まっている。だからと言って、まさか仮面を付けたまま風呂に入る訳にはいかない。

 部屋まで戻ってシャワーを浴びても良かったのだが、このあとまだ予定が入っていることから手早く済ませるために、こちらのシャワールームを使う考えに思い至ったと言う訳だ。

 いや、ここ穴場なんだよ。各部屋にシャワーはついているし、近くに大浴場だってある。地下にあるトレーニングルームなんてメイドたちくらいしか使わないから、誰も近付くことなんてないからな。

 トワイライトのビル地下にも同じような施設があるが関係者・・・しか知らない穴場と言う奴だ。


「火事じゃないよな? これって何かのスキルか?」


 恐らく結界のようなものだと推察する。

 メイドの誰かが訓練中なのかもしれないが、困ったことになった。

 式典中は誰も使わないと思っていたから、こっちにきたと言うのに……。

 しかし、どうしたものかな。このあと日本の総理と会談の予定が入っているのだ。

 さすがに遅れていくのは失礼な気がするし、いつ解除されるかも分からない状況で待つのもな。


「……どうにかなりそうか?」


 手で触れて軽く解析・・してみるが、これなら何とかなりそうだ。

 以前に話したことがあると思うが、スキルは仕組みを理解できなければ魔導具に付与することはできない。それは即ち、解析が可能な現象スキルであれば分解・・複製・・が可能と言うことだ。

 しかし、これも以前に話したと思うがユニークスキルやディアボロススキルの複製コピーは難しい。解析や分解は可能なのだが、神や魔王の権能は唯一無二・・・・であるというダンジョンが定めたルールを破ることができないのだ。

 何度か試したことがあるが、魔導具への付与は俺もまだ一度も成功したことがない。抜け道はありそうなんだけどな……。まあ、それは追々と言うことでいいだろう。

 と言う訳で――


「――権能分解デストラクション


 訓練の邪魔をするのは悪いと思うが、こちらにも予定があるので許してくれ。  



  ◆



「それでも僕は……」


 ボロボロの身体で立ち上がろうとする一色を見て、シオンは深い溜め息を漏らす。

 このまま一色を放置すれば、いずれ楽園に処分されることになる。

 それなら、せめて自分の手で――


「なら、死になさ――」


 と、一色にトドメを刺す覚悟をシオンが決めた、その時だった。

 周りの空間に亀裂が奔ったのは――


「え?」


 ありえないと言った表情で周囲を見渡すシオン。

 この空間は彼女の魔王の権能ディアボロススキルの力によるものだ。

 世界から光を奪い、闇に染める力――昏き蝕の霊王エクリプス・ロア

 この世界では、何者あろうともスキルや魔法を使用することはできない。

 自分も他のスキルを使えなくなるというデメリットはあるが、一色のスキルの上位互換とも呼べる力だ。

 それが――


「分解され、世界が崩壊していく……こんなことが……」


 目の前の光景が信じられないと言った表情で、声を震わせるシオン。

 ガラスが砕け散るような音と共に世界が分解・・され、まるで夢や幻でも見ていたかのように景色が元に戻っていく。


「どうにかなったようだな」


 光を取り戻した世界に、凛とした男の声が響く。

 声のした方をシオンが振り返ると、そこには――


「マイスター!」


 黒い外套を纏った錬金術師――〈楽園の主〉の姿があった。

 慌ててシオンは片膝を突き、こうべを垂れる。


(これが、マイスターの力……)

 

 理解しているつもりだった。

 それでも自分の認識が甘かったことをシオンは痛感させられる。

 これが〈楽園の主〉――メイドたちが忠誠を誓う月の支配者。

 人の身で神の領域へと至った到達者。まさにがそこにいた。



  ◆



 えっと、これは何が起きてるんだ?

 ギャルがいる。シオンがいる。おまけに勇者の姿もある。

 離れたところにヤクザ者と残念美人に、もう一人ロン毛の青年もいた。

 もしかすると――


(ギャルに頼んだ件か?)


 他に考えられないことからシオンと弟の件だと察する。

 傷だらけの勇者を見るに、ただの話し合いでは済まなかったのだろう。

 ギャルがいて姉弟喧嘩を止められなかったのかと思うが、どっちも頑固そうだしな。

 しかし、これもしかしなくても俺が邪魔したことになるのだろうか?

 でも、もう勇者は満身創痍と言った感じだし、ほとんど話し合い・・・・は終わっていると思っていいんだよな?


「シオン、もうやめておけ」


 姉弟喧嘩に介入するのはどうかと思うけど、これ以上続けたら折角生き返らせてやったのにまた死にそうだ。

 霊薬エリクサーを〈黄金の蔵〉から取り出して、勇者に投げてやる。


「これは……」

「飲んでおけ。死なれては無駄になる」


 霊薬なら腐るほどあるからいいが、勇者を生き返らせるために使った〈アスクレピオスの杖〉は本当に貴重なのだ。

 こんなことで死なれると、貴重なアイテムを使っただけに損した気分になる。

 そもそもシオンもそんなことは望んでいないだろう。

 しかし、どうしたものかな。円満に解決する方法があれば良いのだが――


(あ、そっか)


 ようするに楽園に迷惑をかける可能性があるから、シオンも素直になれない訳だ。

 なら、いっそのことギャルのように勇者をこっちに引き入れてしまえばいいんじゃないか?

 シオンと勇者の関係を疑われることにはなるだろうが、俺はそこまで問題に思っていない。南雲詩音とシオンを結びつける証拠は何一つないからだ。

 それに楽園が表にでると決めた時から、この程度のトラブルが起きることは覚悟していた。

 面倒事は確かに避けたいが、家族のため・・・・・なら話は別だ。


(式典の件で、日本政府には貸しがあるしな)


 たぶん、なんとかなるだろう。

 ちょっと総理にお願い・・・してみようと考えるのだった。

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