第40話 シオンの選択

「あいつ、いつの間にこんな……」


 呆然とした表情で、出入り口から朝陽と一色の戦いを見守るルイの姿があった。

 彼が驚くのも無理はない。朝陽のことを知ったのは、半年ほど前。

 本来Sランクの国外への移動は厳しく制限されているのだが、中国政府と日本のギルドとの間で重要な商談があってシュアンが出向くことになり、付き添いで日本を訪れていた時のことだった。

 無事に商談を終えてギルドを立ち去ろうとしたところで、偶然Aランクの昇格試験があると聞き、シュアンが興味を持ったことで一緒に試験会場へ向かったのだ。

 そこにいたのが八重坂朝陽だった。

 試験の内容は模擬戦による戦闘評価。相手は南雲一色だった。

 いま目の前で繰り広げられている戦いは、まさにあの日の再現だ。

 しかし、以前と異なるのは戦闘をリードしているのが一色ではなく朝陽という点にあった。


「強いな。俺ほどでないが、Aランクの枠に収まる戦いじゃない」

「ええ、まさかこれほどとは思ってもいませんでした。魔導具の力なのでしょうが、三つのスキル・・・・・・を同時に使いこなしている。器用ですね、彼女」


 Sランク二人の評価にルイは目を見張る。

 シュアンが戦いを褒めるのは滅多にあることではないが、それ以上に聞き逃せなかったのはシャミーナの言葉だった。

 スキルの並列運用。それも三つものスキルを同時に使いこなすことなど、簡単にできることではない。実際、ルイも試したことはあるが実戦で使えるのは二つまでが限界であった。

 魔導具狂いの名でも知られているシャミーナは五つのアーティファクトを同時に扱えるという噂はあるが、彼女は規格外Sランクだからと納得ができる。しかし、朝陽はAランクだ。それもAランクの資格を取ってから半年ほどしか経っていない。


(そんなバカな……)


 ルイは幼い頃から優秀な探索者になるべく厳しい修行を積んできた。

 この若さでAランクの探索者になることができたのも、スキルに恵まれたということも理由の一つにあるが、彼自身が幼い頃から積み重ねてきた努力の賜物と言っていい。

 しかし、朝陽は違う。彼女は探索者になる前は、極普通の一般人だった。

 探索者になって四年と経たない少女が、身に付けられる技術ではない。

 それだけにルイは目の前で起きていることが信じられない。


「八重坂朝陽……」


 しかし、頭では否定しても朝陽が日本最強の探索者を圧倒しているのは事実だ。

 ルイは強く拳を握り締め、睨み付けるような視線を朝陽に向ける。

 自分に対しての怒りと情けなさがまじった複雑な感情が、ルイのなかで入り乱れていた。


「僕はお前に負けない」


 それ故の宣言。

 いまは差を付けられていても、いつか必ず――

 それはルイにとって、はじめて同世代のライバルを意識した瞬間であった。



  ◆



(まさか、これほどとはね……)


 一色の額から冷たい汗が零れる。

 朝陽が強いことは戦う前から分かっていた。それでも、その強さは一色の想像を遥かに超えていた。

 一色のスキルは自分に向けられたスキルを無効化するという能力だ。

 既に権能スキルは発動している。

 得意とする炎熱系の魔法を朝陽が使って来ないことが、その証明と言えるだろう。

 それでも朝陽の攻撃を凌ぐのが精一杯で、一色は追い詰められていた。

 スピードやパワー。ありとあらゆる面で、朝陽の方がスペックで一色を上回っているからだ。


(……強い。これでも決めきれないなんて)


 しかし、優位に戦いを進めているように見えて、朝陽もギリギリの戦いを強いられていた。

 既に〈雷撃〉〈身体強化〉〈全耐性〉の三つのスキルを発動した状態で戦っている。雷の如き速さと言っても過言ではないほどのスピードで縦横無尽にフィールドを駆け、一色を翻弄しながら朝陽は攻撃を繰り出していた。

 なのに対応される。見えているとは思えない。

 一色の反応速度では見てから対応できるはずがないからだ。

 なら、どこから攻撃が来るのかを予想して動いていると言うことだ。

 ありえない――とは言い切れなかった。これまで一色はギルドの治安活動で犯罪に手を染めた探索者を大勢捕まえてきた。それは言ってみれば、探索者を相手にした戦いに慣れているということだ。

 一方で、朝陽は対人戦闘の経験がほとんどない。

 並の相手であれば、それでも朝陽があっさりと勝負を決めていただろう。

 しかし、相手は日本最強の探索者だ。Sランクには及ばないと言っても、世界トップクラスの実力者であることに変わりは無い。どれだけ速く動いても、動きが単調で予測しやすければ対応されるのは当然であった。

 ただ、一色も余裕がある訳ではなかった。

 攻撃に対応はできる。しかし、反撃するほどの余裕はない。

 じりじりと体力を削られているのは、どちらも同じ状況だった。


(あと何分保つ? このままじゃまずい……)


 いや、一色よりも朝陽の方が不利な状況と言ってもいいだろう。

 先のモンスターの氾濫スタンピードでコツを掴んだ朝陽は三つのスキルを並列運用できるようになったが、それでもこの力には時間制限がある。全力で使用すると十秒と保たないほどに肉体への負荷が大きいからだ。

 いまは三割ほどの出力で使用しているため、どうにか身体はっているが、それでも疲労は蓄積されていく。

 このままでは保って、あと数分と言ったところだろう。

 だからこそ――


「はあああああッ!」


 勝負にでる決断をする。

 抑えていた力を解放し、一気に出力を上昇させる。

 これまで全力をださなかったのは一色を殺してしまう可能性があることと、まだ力のコントロールが上手くできないからだ。

 下手をすると攻撃を当てられずに自滅する可能性すらあった。

 そういう意味で、スタンピードの時は運が良かった・・・・・・と言える。

 なにも出来ずに自滅していた可能性があったと言うことだからだ。


「勝負にでるか。なら、僕も全力・・で応えよう!」


 朝陽が一撃の勝負にでたことを察し、一色も迎え撃つ覚悟を決める。

 ユニークスキル〈須佐之男スサノオ〉の力はスキルの無効化だけではない。

 暴風を操る力。それこそ、スサノオが持つ権能の一端であった。

 一色の身体を中心に風が渦巻き、ミスリルの刀に魔力が収束していく。


「これで終わりです――南雲さん!」

「――〈勇者〉を舐めるな!」


 同時に床を蹴る二人。

 この一撃で勝負が決まる。

 その場にいる誰もが戦いの決着を確信した、その時だった。


 闇が爆ぜた・・・・・のは――



  ◆



 朝陽と一色は互いに呆然とした表情で固まっていた。

 全力で放った攻撃が威力を殺され、まるで闇に呑まれるように消失・・したからだ。

 周囲の景色もガラリと変わっていた。

 昏い夜に覆われた世界。なにもない闇の中に二人は呆然と立ち尽くしていた。

 現実とは思えない景色に目を奪われていると――


「まったく……ここまで頼んだ覚えはありませんよ」


 闇の中に響く声に気付き、朝陽と一色は一斉に同じ方向へ振り返る。

 月明かりのように魔力の光が灯り、人影が現れる。

 メイド服を纏った銀髪の美女。

 正体を尋ねるまでもなく、真っ先に声をあげたのは一色だった。


「姉さん!」


 二人の前に姿を見せたのはシオンだった。

 どこか呆れた表情を浮かべながら自分のことを姉と呼ぶ一色を無視して、シオンは朝陽に声を掛ける。


「どうしてこんな真似をしたのかと問い質すつもりはありません。姉離れできないバカな弟と、わたしのためにしてくれたことだと理解していますので……」

「あはは……」


 すべてバレていると悟った朝陽は、笑って誤魔化すような仕草を見せる。

 

「あなたも彼女の狙いが分かっていて勝負を受けましたね?」

「え……」

「この子はシスコンですが、バカではないので」


 一色が気付いていたとシオンに聞かされ、朝陽は顔を赤くする。

 朝陽が一色に戦いを挑んだのは、自暴自棄になってバカなことをさせないためだ。

 あの時の一色は冷静な判断が下せるようには見えなかったため、姉を解放するようにと〈楽園の主〉に迫って命を落とす可能性まであると、朝陽は最悪の可能性を想定していた。

 そうなれば、シオンは間違いなく後悔する。

 そう思ったからこそ、どんな手を使っても一色を止めようとしたのだろう。


「……わたし、もしかして余計なことしました?」

「いや、お陰で頭が冷えた。冷静じゃなかったのも事実だしね……」


 朝陽の狙いに気付いていたのは確かだが、冷静でなかったことも事実だ。

 だからこそ、一色は朝陽の行動を余計なことだとは思っていなかった。

 むしろ、感謝していると言っていい。


「ご迷惑をおかけました。この恩は必ず返させてもらいます」

「い、いえ……気にしないでください!」


 今更ながら自分のしたことが恥ずかしくなって、大きなリアクションを見せる朝陽。

 とはいえ、シオンも弟と同様、朝陽には感謝していた。

 赤の他人である自分たち姉弟のために、ここまでのことをしてくれたのだ。

 彼女には彼女の事情があったのかもしれないが、恩を感じないはずがなかった。


「あの……ところで、この空間って?」

「わたしのスキルの力です。マイスターに迷惑をお掛けする訳にはいきませんから、これから起きることが外から見えないように隔離・・させて頂きました」


 やはり彼女も楽園のメイドなのだと、シオンの説明に朝陽は納得する。

 こんな真似、ユニークスキルでもなければ不可能だと察したからだ。

 しかし、


「……これから起きること?」


 シオンの口にした何気ない一言が引っ掛かる朝陽。 

 一色が冷静になった以上、もう戦闘を続ける意味はない。

 これ以上なにがあるのかと言った視線を朝陽がシオンに向けた、その時だった。


「武器を構えなさい」


 どこからともなく取り出したをシオンが一色に向けたのは―― 

 

「姉さん、なにを……」

「言ったはずです。わたしはあなたの姉ではない。楽園のメイドのシオンだと――」


 一瞬のことだった。

 空気を斬り裂くような衝撃が走ったと思うと、一色が地面を転がっていた。

 なにが起きたのか、傍で見ていた朝陽ですら分からない刹那の出来事。

 一つだけ分かることは、シオンが目で追えないほどの速度で刀を振るった・・・・・・と言うことだけだ。


「もう一度、言います。武器を構えなさい。死にたくなければ――」


 咄嗟に身体が反応し、刀を構える一色。

 場を支配する冷たい空気。

 身体が震えるほどの濃密な殺気がシオンから発せられていた。

 

「言って分からないのであれば、その身体に刻み込んであげます。楽園の恐怖を――あなたの目の前にいる存在・・がなんであるのかを――」


 それが、シオンの選択であった。

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