第39話 すれ違いと衝突

「ひさしぶり――いっくん・・・・

「本当に姉さん……なのか?」


 南雲一色は目を見張り、声を震わせる。

 いっくん――その呼び方をする人物を一人しか、知らないからだ。


「いつまでも姉離れできないんだから……」

「――姉さん!」


 姉だと確信した一色は自然と駆けだしていた。

 姉弟の感動的な再会。

 普通であれば、お涙頂戴のシーン――のはずだが、


「姉さん、何を……」

「あなた、もう幾つだと思ってるのよ」


 シオンが回避したことで、壁とキス・・・・をする一色。

 南雲詩音がダンジョンで亡くなったのは、もう十年以上も昔の話だ。

 当時はまだ中学生だった一色が、大人へと育つだけの歳月が過ぎていた。

 しかし、身体だけ成長しても中身は姉離れできない子供の頃のままだとシオンは呆れた様子を見せる。


「本当はこうして名乗りでるつもりはなかったのよ。わたしはもう死んだ人間だから……」

「それは……やはり〈楽園の主〉に?」

「そうよ。あなたも薄らとではあるけど、覚えているのでしょう? 自分が死んで生き返った・・・・・ことを――」


 シオンの言うように、一色は死の間際のことを覚えていた。

 だからこそ、東大寺仁の言葉を疑うことなく自分が生き返ったのだと理解できたのだ。

 それに――


「その顔、やっぱり魔核に取り込まれた時のことも覚えているのね」


 はっきりと覚えている訳ではないが、暴走した時のことを一色は記憶していた。

 夢を見ていたかのような感覚で現実味は薄いが、それでも脳裏に刻まれているのだ。

 意識が遠のいていくなかで、憎しみと絶望で染まる自分の姿が――

 

「わたしの正体に気付けたのも、それが原因ね。まだ、ほんの僅かだけど魔核の影響が残っているのよ。だから惹かれ合った・・・・・・。わたしのなかにある魔核と――」

「姉さんのなかにある?」

「もう気付いていると思うけど、いまのわたしは人間ではないわ」


 自分の身に起きたことを最初から説明するシオン。

 ダンジョンで命を落として、目が覚めたらモンスターに生まれ変わっていたこと。

 自分のなかに魔核と呼ばれる魔王の力が宿っていて、それが原因で一色を化け物に変えてしまったこと。

 そして――


「マイスターと……〈楽園の主〉と取り引きをしたの。魔核を差し出す代わりに弟を助けて欲しいと――」


 一色が生き返った理由を、隠すことなく正確に伝える。

 一色には知る権利があるし、理解させるべきだと思ったからだ。

 楽園の……いや、〈楽園の主〉の力を――


「そして、わたしは生まれ変わった。〈楽園の主〉に仕える下僕しもべとして――」


 複雑な表情を浮かべる一色の目を見て、シオンは話す。

 姉が生きていたことを喜ぶ一方で、人間ではなくなったことや〈楽園の主〉に仕える下僕しもべとして生まれ変わったことに複雑な思いがあるのだろう。

 しかし、


「誤解の無いように言っておくけど、わたしはマイスターに感謝しているわ。あの方がいなければ、わたしは大切なものを失っていた。そして、こうして恩を返す機会を頂けたのだから――」


 自分は後悔していないと言うこと。

 心の底から〈楽園の主〉に感謝していることをシオンは伝える。

 その上で――


「これが、最初で最後の忠告よ。南雲詩音はもうこの世にいない。目の前にいるのは楽園のメイドのシオン・・・よ。いつまでも姉の幻影に縛られていないで、あなたはあなたの人生を歩みなさい」


 弟との決別を口にするのだった。



  ◆



 世間では〈勇者〉などと呼ばれているが、一色にとって勇者とは姉のことだった。

 憧れていたのだ。強く、凛々しく、気高い姉の姿に――

 一色が目指した理想の探索者とは、まさに姉そのものであった。

 だからこそ、彼は〈勇者〉と呼ばれるようになった。

 切っ掛けは復讐だったが、姉に恥じない探索者となることが一色の目標となっていたからだ。

 そうすることで、姉の名誉を回復することができると信じていたのだろう。

 しかし、


「姉さんは僕の助けを必要としていなかった。むしろ……」


 見守られていたのは自分の方だったのだと、一色は気付かされる。

 復活させてくれたのは〈楽園の主〉なのかもしれない。

 しかし、こうして一色が生きているのは姉のお陰だった。

 命を落としても尚、シオンは弟のためにすべてを投げ出したのだから――


「いつまで、そうしているんですか?」


 声のした方を一色が振り向くと、部屋の入り口に朝陽が立っていた。

 シオンを焚き付けた手前、気になって一色の様子を見に来たのだろう。


「南雲さんって思っていたよりも、ずっとバカなんですね」


 塞ぎ込んだ一色を見て、悪い予感が的中したと言った顔で朝陽は溜め息を吐く。

 

「あなたがそんなのだから、シオンさんが安心できないんですよ。お姉さんを縛っているのが自分だって気付かないんですか?」

「……キミに何が分かる」

「少なくとも今のあなたよりは分かりますよ。お姉さんを言い訳にして、過去に縛られて生きているあなたよりは――」


 一色の身体から暴風のような魔力が吹き荒れる。

 それはユニークスキル〈須佐之男スサノオ〉が持つ力の一端。

 しかし、朝陽は涼しい顔でそんな一色の放つ魔力を受け流していた。


「〈勇者〉が聞いて呆れますね」


 荒れ果てた部屋を見渡し、哀れむような目を朝陽は一色に向ける。

 感情のままに魔力を暴走させる。普段の一色なら、絶対に犯さないミスだと分かっているからだ。

 冷静さを欠き、精神が不安定になっていることが見て取れる。

 それだけに、いまの一色を放置するのは危険だと判断した朝陽は、


「南雲さん、わたしと模擬戦・・・をしませんか?」


 勝負を持ち掛けた。

 突然なにを言いだすのかと言った表情で驚く一色。

 しかし朝陽の目を見て、本気だと悟る。


「……キミでは僕に勝てない」


 朝陽の活躍は聞いている。Sランクに迫る実力を持っていると言うことも――

 しかし、それはモンスターが相手の話で、探索者同士の戦いなら自分の方がまだ強いと一色は考えていた。

 その自信の根拠となっているのは、探索者にとって天敵とも呼べるユニークスキルにあった。

 自身に向けられたスキルを無効化する能力。

 これまで一色はこの力を使って、犯罪に手を染めた探索者たちを大勢捕まえてきた。

 なかにはAランクの探索者もいたが、例外なく無力化してきたのだ。

 それ故の自信だ。しかし、


「そうでしょうか? いまのあなたになら余裕で勝てると思いますよ」


 それでも尚、朝陽は一色を挑発するのであった。



  ◆



 ホテルの中央棟には各種レジャー施設が集約されているが、そのなかにトレーニングルームが設けられていた。

 体育館ほどの広さがあり、床や壁はメタルタートルの素材でコーティングされた模擬戦も可能なトーレニングルームが――


「ホテルの地下にこんな施設があったとはな」

「アサヒがいると聞いてきたのに、神はいらっしゃらないのですね……」


 どこで嗅ぎつけてきたのか分からないが、見知った顔を見つけて朝陽は溜め息を漏らす。

 リューシュアンとシャミーナの二人だ。

 おまけにもう一人、シュアンに付き添うようにファン如意ルイの姿も確認できた。


「この仕合が終わったら、俺ともやろうぜ」

「やりません」

「この戦いの見届け役を、神にお願いすると言うのはどうでしょうか?」

「無茶を言わないでください」


 勝手なことばかり言ってくる観客を軽くあしらい、対戦相手に視線を向ける朝陽。

 視線の先には、準備万端と言った様子でダンジョン用の装備を身に付けた一色の姿があった。


「Sランクの二人が観客とはね。それに〈銀腕ぎんわん〉まで……キミの人脈には恐れいるよ」


 一色の言う〈銀腕〉というのは、ファン如意ルイのことだ。

 朝陽が記録を塗り替えるまでは、最年少のAランク探索者で名が通っていた青年だ。

 当然、一色もルイの噂は耳にしていた。

 それだけに、朝陽の交友関係の広さに驚いたのだろう。


「わたし自身、恵まれていると思っています。ここまで強くなれたのは、たくさんの人に支えられ、助けてもらったお陰ですから……。そのなかには南雲さん……あなたも入っているんですよ」

「……それは光栄だね」

「感謝しています。だから、わたしにできるやり方で返させて・・・・もらいます」


 魔力を全身に纏い、朝陽はミスリルの槍を構える。

 模擬戦とはいえ、互いに装備は万全な状態。

 朝陽の装備が普通でないことは一色も分かっていた。

 それでも尚、彼はこの条件での勝負を望んだのだ。


「装備の差で負けたなんて言い訳しないでくださいね」

「その装備も含めてキミの力・・・・だろう? 負けた時の言い訳にして欲しくはないからね」


 挑発めいた言葉を交わし、構えに入る二人。

 そして、


(――速い!)


 朝陽の姿が一色の視界から消える。

 最初に仕掛けたのは、朝陽の方だった。


「やるね――ッ!」

「そちらこそ、よく反応できましたね」


 朝陽の槍と一色の刀が激しく交錯する。

 日本最強の探索者と、スタンピードで活躍した新たな英雄。

 最もSランクに近いと噂される二人の戦いが、こうして幕を開けるのだった。

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