第38話 初会合

 一夜明けて、俺は各国の代表やギルドの理事をまじえての会合に臨んでいた。

 会合と言っても食事をしながらの懇談会と言ったところだ。

 最初の内は和やかな雰囲気で話が進んでいたのだが、


「我が国は同意しかねる」

「こちらもだ。貴国の言葉には正当性がない」


 食事を終えて本格的に話し合いに移ろうとしたところで、ロシアの代表が発した一言で一気に険悪なムードへと変わった。

 なにを言ったかと言うと、月のダンジョンをギルドの管理下に置くことを提案してきたのだ。

 日本とアメリカは反対。中国とグリーンランドは静観と言ったところで、意外だったのがエジプトも反対に回ってくれたことだった。昨日の残念美人さんの国だ。

 楽園とは特に関係の深い国ではなかったはずだが、この国の人たちは何故か最初から好意的だった。

 まあ、友好的に接してくれるのであれば、悪いことではない。

 残念美人さんも中身が残念なだけで、基本的には良い人だと思うしな。

 人を神様扱いするのはやめて欲しいけど……。

 その所為で怪しい宗教の勧誘かと本気で疑ったくらいだ。


「では日本とアメリカは月の領有を認めると? そもそも〈月の楽園エリシオン〉など、これまでに聞いたこともない国が突然現れて月の権利を主張するなどおかしいとは思わないのか?」

「なにが言いたいのだ。貴国は……」

「我々は〈月の楽園エリシオン〉なんて国は最初からなく、貴国アメリカが背後にいるのではないかと疑っているのだよ」


 ああ、なるほど。言われてみると、そういう見方もあるのか。

 これまで楽園はアメリカとしか関係を結ばず、窓口もアメリカに限ってきた。

 そうすると他国から見れば、アメリカが裏で糸を引いているように見えなくもないのだろう。

 ロシアがやたらと噛みついてくる理由が少し理解できた気がする。

 だからと言って、こっちが譲歩する理由はないのだが――


「詭弁だ。貴国も〈月の楽園エリシオン〉の技術力を目にしたはずだ。我が国アメリカは疎か、世界中どの国を探しても、あのようなものは作れない。残念なことにな……」

「フン、どうだかな。二十年前、調査計画を打ち切ったかのように見せかけて、実は月の調査を密かに行っていたのではないか? そこで、この都市や我々も知らないようなアーティファクトを発見した。そう考えれば、説明が付く」

「バカバカしい。なんの証拠があって――」

「確かに証拠はない。だが、たった数ヶ月でこれだけの都市を造り上げたと説明されるよりは納得の行く話だ。なんなら国際社会に訴えてみようか? どちらの話が信憑性が高いかをな」


 これはちょっとアメリカの方が分が悪いかな。

 俺も月面都市が四ヶ月で完成するとは思ってもいなかったので驚いたくらいだ。

 自分たちの理解が及ばないからこそ、疑心暗鬼になる。

 その点で言うと、楽園のメイドたちはやり過ぎてしまったのだろう。

 ただまあ、証拠をだせと言われても相手が納得しないのでは悪魔の証明にしかならない。最初から疑念を抱いているのだから、何をしたところで難癖をつけられるのがオチだろう。

 なら、まずは勘違い・・・を正すところから始めるべきか。


「なにやら勘違いをしているようだ」

「……勘違い?」


 俺の言っていることが理解できない様子で、怪訝な表情を浮かべるロシアの代表。

 さすがにこれだけでは分からないと思うので、楽園の考えを説明することにする。

 これは事前にユミルやレギルと相談していたことだ。


「楽園の存在を公表することを決めたのは、貴国と友好を結ぶためではない。この式典の目的は、あくまで〈月の楽園エリシオン〉の存在を示すことにある。国連などというものに興味はないし、地球のルールに従う道理もない。勿論、友好的な国とは仲良く・・・させてもらうつもりだがね」

「な――」


 若干、俺の本音もまじっているが、楽園の方針はこんなところだ。

 人間関係が煩わしくて楽園に引き籠もっていたのに、自分たちに敵愾心を抱く相手と無理して付き合うつもりなど一切ない。友好的な相手とは仲良くしたいと思うが、これまでどおりアメリカとだけ交流を続けてもいい訳だ。最初からすべての国と仲良く上手くやろうなんて考えはなかった。

 そもそも月面都市の完成式典を開くとしか言っていないのに、勝手に勘違いして妙な方向に話を持っていこうとしていたのはロシアだ。俺は何も間違ったことは言っていない。

 

「そんなものが通るはずが――」

「通るさ。〈月の楽園エリシオン〉は地球の国ではないのだから」


 正直、国として承認されなくても構わないとさえ思っていた。

 地球にだって主要国が承認していない国はたくさんある。現状ロシアに承認してもらえないから何か困ると言ったことはないので、友好的な国とだけ付き合っていけば良いというのが楽園の考えだ。

 それにアメリカとの関係は二十年ほどになるが、いまくらいの距離感が丁度良いと思っている。

 積極的に地球の問題に関わろうとも思わないし、いまより国を大きくしようなんて考えも俺にはない。現状に満足しているので、いまの生活を続けられるのであれば、それ以上に何も望むものはないというのが俺の考えだった。

 月が緑に覆われるという珍事がなければ、たぶん今でも楽園の存在を公表しようとせず引き籠もっていただろう。


「なるほど……最初から交渉にすらなっていなかったと言う訳か。相手が何も求めていないのだから、これ以上は我々の都合を押しつけるだけだ。この話し合い自体、無意味・・・だと思うのだが貴国ロシアはどう思う?」

「ぐっ……」


 そう言って話に割って入ってきたのは、ギルドの理事だ。

 スーツ越しにも分かる鍛え上げられた筋肉に、ハリウッド俳優のような高身長とイケメンボイスのダンディさん。他にも理事はいるらしいが、今回は彼しか参加していないと言うことだった。

 名ばかりの理事が多いらしく、探索者の資格を持っているのは理事のなかで彼と代表理事の二人だけとのことだ。そのため、病に伏せている代表理事の代わりに参加することになったと言っていた。


「だが、一つお願いがあるのだが良いだろうか? 月のダンジョンの権利を主張するつもりはない。ただ、この都市にギルドの支部を置かせてもらえないかと思っている」


 少し考えるも悪くない提案だと思う。

 下層までで構わないからモンスターを間引きしてくれれば、メイドたちの負担を減らすことができる。前からメイドたちを働かせすぎだと思っていたのだ。

 ちょっとでも彼女たちの負担を減らせるのであれば、一考の価値はある。

 それにダンジョンの素材は今や飽和状態だし、消費しきれないから都市の建設で消費したくらいだしな。さすがにミスリルとオリハルコンの件はやり過ぎだと思ったけど、それでもまだまだ余りまくっているのだ。

 こっちとしてはギルドが間に入ってくれるなら、そうした余り気味の素材を市場に流しやすくなるので助かる。

 ただ、一つだけ確認しておかないといけないことがあった。


「それはギルドに加盟しろと言うことか?」


 正直それは勘弁して欲しいというのが、俺の本音だ。

 さっきのロシアとのやり取りからも分かるように、こういった枠組みに一度入ってしまうと行動を制限される可能性がある。ギルドの支部はあってもいいけど、自由にやらせてくれるのがベターだ。

 でも、さすがにそれはこっちに都合が良すぎかと思っていたら――


「そこまでは求めていない。そもそもギルドは探索者の管理とダンジョンの情報を共有するために作られた組織だ。そのため、それ以外にこれと言った義務はなく各国の支部は独自の運営形態で維持されている。だから、そちらのやり易いようにやってもらって構わない」


 オッケーがでた。話の分かるダンディさんだ。

 でも、そう言えばユミルがそんなことを言っていたのを思い出す。

 日本はその点でも、かなり独特なギルド運営をしていたと聞いている。

 アーティファクトの個人所有を禁止した法律が、その最たる例だろう。

 国のルールがギルドよりも優先されるのであれば、問題はないかな。

 

「そういうことなら良いだろう。詳細はレギルと詰めてくれ」

「感謝する」


 こうして何事もなくと言っていいかは分からないが、無事に会合を終えた。

 概ね楽園の考えと立場はちゃんと伝えられたと思う。

 しかし、最後まで中国とグリーンランドの代表は話に参加してこなかったな。

 何を考えているのか分からないが、敵意は感じなかった。

 ロシアにはああ言ったが、楽園に友好的な国が増えてくれることを願うのだった。

 


  ◆



「ロシアの反応は予想通りだったな」


 そう話すのはアメリカの大統領だ。

 会合の場では激しくロシアとやり合っていたが、すべて想定の範囲内だった。

 ただ一つだけ想定外だったことが――


「しかし〈楽園の主〉はさすがだな。交渉事にも長けているとは……」


 楽園の対応だった。

 ロシアからすれば最初に無茶な要求をして、少しずつ譲歩を引き出す狙いがあったのだろう。アメリカもまた、そんなロシアから楽園を庇うことで今後の交渉を少しでも有利に進めようとする狙いがあったのだ。

 しかし、結果は〈楽園の主〉の思うようにしてやられただけだ。

 最初から楽園は交渉の場・・・・にすら立っていなかったのだから、話し合いが通じるはずもない。


「アレックス。〈楽園の主〉の言葉の意味をどう捉える?」

選別・・だろうな。自分たちに協力するのなら、甘い汁を吸わせてやると――。だが、敵意を向ける国に対しては……」


 容赦をしないと釘を刺されたのだとアレックスは感じていた。

 この月面都市の姿と〈楽園の主〉の周りに侍るメイドたちを目にした今では、それが不可能だとは言えない。

 どれだけ頭の鈍い政治家たちでも理解したはずだ。

 この式典は楽園の力を見せつけ、選択を迫るための布石に過ぎなかったかのだと――


「その証拠にギルドの支部を月に置くことを、あっさりと了承した。これもすべて計画の内だったのだろう。我々は完全に〈楽園の主〉の手のひらで踊らされていたと言う訳だ。まったく恐ろしい策略家だよ」


 しかし、あれ以外に手がなかったのも事実だとアレックスは振り返る。

 大統領の立場を考えれば、何かしらの成果を持ち帰る必要があった。

 だからこそ、大統領と事前に相談していた最後のカードを切ったと言う訳だ。

 月にギルドを置くことができれば探索者を送り込む口実になるし、ダンジョンから得た資源やアーティファクトの取り引きに関わることができる。ダンジョンの利権にほんの僅かでも与ることが出来るのであれば、それは大きな成果と言える。

 しかし、楽園はギルドに頼らずともダンジョンを管理できる力がある。本来であれば、ダンジョンも独占することが出来たはずなのだ。なのにそれをしなかったと言うことは、他に狙いがあったと考えるのが自然だ。

 それこそ――


「この月面都市そのものが我々に対する飴と言う訳か……」


 大統領の言葉にアレックスは頷く。

 しかし、そうと分かっていても誘いに乗らない訳にはいかない。

 この都市の技術をほんの僅かでも持ち帰ることができれば、それだけで他国に対して大きなアドバンテージとなる。ダンジョンの利権よりも遥かに優先すべき問題だと、大統領は考えていた。


「しかし、こうも予想通りの行動を取るとはな。やはり、いまのロシアは……」

「ああ、間違いない。今回のことはすべて〈皇帝〉の意向だろう」


 ロシアの政治家たちもバカではない。

 勝算はあったのだろうが、今回のことは少し性急すぎるように感じていた。

 だからこそ、政府以外の思惑が介入しているのではないかと大統領は考えていたのだ。

 それが、アレックスの話す〈皇帝〉の存在だった。

 世界に五人しかいないSランクの探索者。そのなかでも〈皇帝〉は国も恐れるほどの危険人物・・・・として知られていた。

 身勝手が服を着て歩いているような男で、誰に対してでも傲岸不遜な態度を崩さない絵に描いたような暴君だ。〈皇帝〉というのは本人の自称だが、その皮肉を込めて呼ばれている二つ名でもあった。


「……楽園はどうでると思う?」

「あの場で〈楽園の主〉が口にした言葉がすべてだろう。だとすれば――」


 Sランクの探索者が一人、この世から消えるかもしれない――

 と、大統領の問いに険しい表情でアレックスは答えるのだった。

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