第37話 厳しい現実

 レミルにギャルを呼びに行ってもらったのだが――


「俺はリューシュアン。拝謁の機会を頂き、光栄だ。〈楽園の主〉殿」


 おまけが付いてきた。

 丸いサングラスに赤いシャツを着た如何にもヤクザ者・・・・と言った風貌の人が――

 どう見てもヤクザにしか見えないが、代表団の人間なら少なくとも犯罪者と言う訳ではないのだろう。

 そして、もう一人――


「ああ、我が神よ――ご尊顔を拝した喜びで、このシャミーナの胸は幸福で満ち溢れております」


 怪しい宗教の勧誘みたいな言葉を口にしている女性。

 褐色の肌に長く艶やかな黒髪。アラブの民族衣装と思しきドレスから察するに、恐らくはエジプトの代表団の人なのだろう。

 見た目は美人なのに中身が残念というか、ちょっと変わった人だ。

 しかしヤクザ者に残念美人って、なかなか個性的な組み合わせだな。


 ちなみに二人の言葉が分かるのは〈言語理解〉のスキルが付与された魔導具で、ギルド加盟国の言葉はすべて習得しているからだ。そのため、現地人と遜色のないレベルで外国語を話すことができる。

 もっとも、二人が使っているのは母国語ではなく英語なのだが――

 式典中も英語で挨拶してくる人が多くて日本の総理に理由を尋ねてみたのだが、アメリカとの関係が影響しているらしい。どうもアメリカとだけ交流してきたことから、楽園の関係者と話をするのであれば英語が必須みたいな印象を持たれていたようだ。


「…………」


 ギャルに視線を向けると、緊張した様子で固まっていた。

 ちなみにここは中央棟の最上階に設けられた俺専用・・・のプライベートルームだ。ワンフロアが丸ごと部屋になっているという豪華な造りで、ホテルでも最上級の部屋らしい。いろいろと言いたいことはあるが、メイドたちのすることなので突っ込むだけ無駄と思って、ありがたく使わせてもらっている。

 しかし、どうしたものか……。一緒にいると言うことはギャルの友人なのだろうが、まさかおまけが付いてくるとは想定していなかった。

 

「あ、あの――勝手に二人を連れてきたことは謝罪します。ですから怒りを静めて頂けると……」


 別に怒っている訳ではないのだが、ギャルが緊張していたのはそれでか。

 誤解を解いておいた方が良いだろう。


「招かれざる客であることは事実だが、気にはしていない」


 ギャルが謝るようなことではない。

 ちゃんと話を聞かずに飛び出して行ったレミルの落ち度だろうしな。 


「招かれざる客か。確かにその通りだが、ククッ……なるほどな」

「神の御前で失礼ですよ」


 ヤクザ者の言葉に反応して、急に残念美人さんが怒りだした。

 先程から『神』って何のことかと思ったら、もしかして俺のことなのか?

 神様扱いされるようなことをした記憶はないのだが、そもそも初対面だよな?


「相変わらずの〝魔導具狂い〟みたいだな」

「あなたこそ、その下品な物言いと態度は変わりませんね」


 険悪な雰囲気を醸し出し、睨み合うヤクザ者と残念美人。

 まさに一触即発と言った様子で、身体から魔力が漏れ出ているのが見て取れる。

 この感じからして、二人はギャルと同じ探索者なのだろう。

 さすがにこんなところで暴れたりはしないと思うが、ギャルの友人なんだしギャルに止めてもらおうと思って視線を向けたら、


「ど、どうしたら……」


 おろおろと慌てふためいていた。

 こういった修羅場に慣れていないのだろうが、思っていた以上に使えない奴だ。

 どうしたものかと困っていると――


「主様の前での暴挙――死にたいのですか?」


 ずっと部屋の角・・・・で様子を窺っていたスカジが割って入るのだった。



  ◆



 結局なにをしにきたのか分からないまま、ヤクザ者と残念美人の二人はスカジに連れて行かれた。これなら最初からレミルに頼まず、スカジに頼んでおけばよかったと思わなくもない。

 ただ、じっと部屋の角に待機して動かないので、声を掛けづらかったんだよな。

 式典の間は護衛に専念するようなこと言ってたし、仕事の邪魔をするのは悪いかと思って声を掛けずにいたのだ。


「お前を呼んだのはシオンのことだ」


 スカジが二人を連れ出してくれたので、本題に入る。

 ギャルを呼んだのは、シオンのことで相談に乗って欲しかったからだ。

 俺やメイドたちでは難しいと思うが、シオンの本音をギャルなら聞き出せるのではないかと考えていた。

 コミュニケーション能力が高いし、妹もいるからな。

 ギャルなら姉の気持ちが分かるのではないかと考えての人選だ。


「シオン……もしかして、南雲さんが『姉さん』って呼んでた」


 ギャルの反応から察するに、やはりシオンの弟で間違いなかったようだ。

 しかし、相変わらず察しの良い奴だ。


「あの……ここに呼ばれたと言うことは……」

「お前の想像通りだ」


 話の流れからギャルも察した様子を見せるので肯定しておく。

 俺と違って、コミュニケーション能力が高いだけある。

 相談する前に気付くとは、恐らくギャルも気になっていたのだろう。

 

「あの男とは知り合いなのか?」

「あ、はい。Aランクの昇格試験の相手が南雲さんだったので……パーティーを組んだこともありますし……」


 やはりな。知り合いだったのならギャルの察しの良さも頷ける。

 ん? Aランク? ギャルってAランクだったのか……。

 てっきりBランクくらいかと思っていたのだが、思っていたよりもランクが高くて驚いた。

 でもまあ、スタンピードの時の活躍はそれなりだったしな。

 装備の大切さがよく分かる。


「お前から見て、あの男はどうだ?」


 知り合いなら話は早い。

 ここは勇者の人となりを知るチャンスだと考え、尋ねてみる。

 俺の知っていることと言えば、空気の読めない男と言うことだけだしな。


「良い人だとは思います。周りからも頼りにされていますし。ただ、ちょっと正義感が強すぎるというか……思い込んだら一直線なところがあるというか……」


 なるほど。大体のところは分かった。ようするに正義バカと言うことか。

 善人ではあるが、真面目で融通が利かないタイプ。そのため、思い込みで突っ走って周りに迷惑を掛けることがあると――

 やはり、勇者だな。しかし、シオンと似ているところはあると思う。

 シオンも真面目で融通の利かないところがあるから、ある意味で似たもの姉弟なのだろう。

 だが、これは良い情報だ。この手のタイプの性格なら、姉のためとでも言っておけば口止めは難しくないだろう。リスクがまったくないと言う訳ではないが、それは楽園が表にでると決めた時から、ある程度は覚悟していることだ。

 となれば、やはりシオンがどうしたいのかと言ったところだろう。


「あの……本当に悪い人じゃないんです。だから――」

「それは、お前次第だ」


 俺やメイドたちだと、シオンの本音を聞き出せそうにないしな。

 だから、ギャルが上手くやってくれることを期待するのだった。



  ◆



「わたしに話があるとのことですが、何の御用でしょうか?」


 どこか緊張した面持ちで、朝陽はシオンと面会としていた。

 どう話を切りだしていいものか逡巡する様子を見せるも、思い切って朝陽は尋ねてみることにする。


「シオンさん、でいいですか? 南雲一色さんのお姉さんですよね」 

「……違います。確かにわたしの名前はシオンですが、その人のことは知りません」


 しかし、相変わらず否定の言葉が返ってくる。

 それでも朝陽は話を続ける。

 シオンが本当のことを言っていないと分かっているからだ。 

 きっとそれは楽園に迷惑をかけないため、そして弟のため――

 なら、


「このままでは弟さんの命が危ないんですよ。それでもいいんですか?」

「――ッ!」


 朝陽の言葉に、はじめて動揺した様子を見せるシオン。


「あなた自身ではなく、あなたの弟から秘密がバレることを〈楽園〉は危惧しています」

「それは……」

「たぶん南雲さんは、あなたのことを諦めきれない。どれだけ否定されても真実を突き止めようとする人だと思います。でも、そうすると楽園の秘密に近付くことになる」


 そして、秘密を暴こうとする者に楽園のメイドたちが容赦をするとは思えない。

 楽園の主は寛容な人物だと思うが、それでも楽園を守るためなら非情な判断を下すだろう。

 だから、これは〈楽園の主〉がくれた最初で最後のチャンスなのだと朝陽は考えていた。


「あなたが否定すればするほど、南雲さんは真相を求めて楽園の秘密に近付くことになる」


 そうなれば、最悪のシナリオを迎える可能性が高い。

 秘密に近付いた南雲一色は、楽園の手によって始末されるだろう。

 それが〈楽園の主〉との会談で察した朝陽の考えだった。


「……わたしにどうしろと言うのですか?」

「弟さんと話をしてください。楽園が求めているのは、弟さんから楽園の秘密が漏れないことへの保証・・です。でも、弟さんには証明できるだけの信用も信頼もない。だからお姉さんが代わりに保証するしかないと、わたしは思っています」


 すべてを打ち明けた上で、弟を説得するしかない。

 楽園に関わらないように、自分のことは忘れるようにと――

 それが、朝陽のだした答えだった。


「……もし、あの子が納得しなかったら」


 朝陽は何も答えない。答えられなかった。 

 そして、それこそスカジが懸念していたこと。

 シオンに突きつけられた厳しい現実であった。

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