第36話 お節介

「すまなかった……」


 反省した態度を見せ、頭を下げる南雲一色。思い込みで行動した挙げ句、式典を中断させてしまったのだ。大勢の人たちに迷惑をかけたことは間違いなく、こればかりは弁明の余地がないと本人も深く反省していた。

 一色の行動に一番肝を冷やしたのは、総理と日本政府の高官たちだろう。楽園とは友好的な関係を維持していきたいと考えていた矢先に、自分たちの連れてきた探索者が問題を起こしたのだ。

 一色を責めるのは簡単だが、その彼を代表団のメンバーに選んだ責任は日本政府にある。式典を中断させた謝罪は当然として、もはや交渉を進めるどころの話ではなくなっていた。


「反省しているなら、もういいです。よくはないですけど、そこは政治家の皆さんの仕事ですから……」


 自分に謝られてもどうしようもないと言うのが朝陽の本音だった。

 実は既に式典は再開されているのだが、一色の情緒が不安定であったことから彼を見ていて欲しいと朝陽は総理から直々に頼まれたのだ。

 仮に一色が暴走した場合、同じ探索者でなければ止めることは難しい。その点、朝陽はSランクに最も近いと噂されるほどの探索者だ。一色の監視役に最適だと判断されたのだろう。 


「それで、どうしてあんな真似を?」


 朝陽が気になっているのは、そこだった。

 恐らく総理や政府の人たちも一番知りたいのは、一色がどうしてあんな行動を取ったのかと言うことだろう。

 一色には〈勇者〉としての活動の実績や信用がある。

 それがなければ、そもそも代表団のメンバーに選ばれたりはしない。

 何か事情があると考えるのが自然であった。


「……どうしてかは分からないけど、一目見て姉さん・・・だと思ったんだ」

「お姉さん?」

「僕の姉さんは十年前にダンジョンで殺されて亡くなった。確かに死んだはずなんだ」

「それって……」


 一色の話を聞いて、もしかしてと言った考えが朝陽の頭を過る。

 死人が甦るなんて荒唐無稽な話が本来はあるはずがないが、既に前例がある。

 一色は確かに朝陽の目の前で、ベヒモスに殺されたはずだからだ。

 しかし、彼は甦った。恐らくは〈楽園の主〉の手によって――

 仮に一色の姉も〈楽園の主〉に助けられていたのだとすれば、ありえない話ではない。

 ただ、そうすると疑問が一つ浮かぶ。


(どう見ても日本人には見えなかったのよね……)


 一色は姉と思ったようだが、どう見ても日本人とは懸け離れた見た目をしていた。

 仮に一色の姉だった場合、生き返ったと言うよりは生まれ変わった・・・・・・・と言った方がしっくりと来る変化だ。

 しかし、どうしてそんなことになっているのか、幾ら考えても答えはでない。

 それに――


「でも、否定されてましたよね?」

「うっ……それは……」


 一色が姉と呼んだメイドは、はっきりと否定していたのだ。

 少しも動揺した様子を見せず、一色のことを知らないと言った態度を見せていた。

 普通に考えれば、一色の勘違いとする方が話は簡単だ。

 しかし、何かが引っ掛かる。

 このまま関わらないという選択肢もあるが、朝陽は一色に負い目があった。


(わたしが勝手に負い目に感じているだけなのかもしれないけど……)


 朝陽は自嘲するかのように薄らと笑みを浮かべる。

 一色は生き返ったが、他のパーティーメンバーは全員が死亡している。命を救ってくれた楽園には感謝しているが、自分だけが生き残ったという現実が朝陽の負い目になっていた。

 だから、これは自分が楽になりたいだけの偽善なのかもしれないと考える。

 それでも――


(楽園にも何か事情があるのかもしれない。どうするべきか、まずはレギル様に確認してみるべきね)


 一色に協力するかどうかは、それから判断すればいい。

 式典が終わったらレギルと連絡を取ってみようと、朝陽は考えるのだった。



  ◆



 いろいろ・・・・とあったが無事に式典を終えることができた。

 式典の話はどうしたって? と言っても、式典なんて肩が凝るだけで特に面白いイベントでもないしな。

 これが漫画やアニメなら、式典中にテロリストが乱入してくるなんてイベントもあるのだろうが、そんなお約束な展開が現実に起きるはずもない。

 そもそも、ここは月面に造られた都市だ。侵入しようにも気軽に来られる場所ではない。〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使う以外に、月と地球を行き来する方法はないからだ。

 深層を突破できれば話は別だが、いまの探索者たちの実力を考えると現実的ではないだろう。これで行動を起こすような犯罪者がいるとすれば、それはもうただのバカでしかない。

 バカに付ける薬はないと言うので、その時は厳しく対応するだけだ。

 ああ、でも――


「バカが一人いたな……」

 

 式典を中断させた勇者バカがいた。

 後先を考えずに行動できるのは若さだと思うが、各国の代表がいる前で騒ぎを起こしたバカが――

 代表団の注目を集めるだけでなくメイドたちにも睨まれていたし、あれはもう『勇者』と呼んで良いだろう。

 その勇者だが、かなりこってりと絞られたらしく式典にも顔を見せることはなかった。どうやら、ホテルに軟禁されているらしい。総理から聞いた話では、帰国するまで監視付きで過ごすことになるそうだ。

 折角の月旅行を楽しめないのは可哀想だと思うが、自分のしでかした行動の結果だしな。こっちが同情するくらい総理には頭を下げられたし、いろんな人に迷惑をかけたことを考えれば当然の処分と言えるだろう。

 ただ――


「姉さん、か。やっぱり、あれってシオンのことだよな?」

 

 勇者が〈アスクレピオスの杖〉で蘇生した真っ裸の男なら、幽霊女子高生もといシオンの弟で間違いはないだろう。

 しかし、シオンは弟に姉と呼ばれながらも、それを否定した。

 とはいえ、あれがシオンの本心でないことは明らかだ。本当に弟のことを忘れるくらいどうでもいい・・・・・・と思っているのなら、俺に弟を助けて欲しいなんて頼まないと思うからだ。

 恐らくシオンが否定したのは、他人の目があったからだろう。

 あの場で肯定すれば、各国の代表団にシオンと勇者の関係が知れ渡ることになる。

 その結果、楽園に迷惑を掛けることを恐れたのだろう。


「しかし、まさかシオンの正体に気付く奴がいるとはな……」


 相手が肉親とはいえ、正体がバレるとは思ってもいなかった。

 前世の記憶があると言っても、見た目はまったくと言って良いほど違う。

 多少は面影が残っているかもしれないが、普通は気付かないレベルだ。

 それを一目で自分の姉だと気付いた勇者は――


「間違いなくシスコンだなあ」


 それ以外に考えられない。あの男は間違いなくシスコン勇者だ。

 それよりも問題は、これからどうするかだ。

 シオンのことだ。楽園に迷惑をかけると分かっていて、自分から正体を明かすような真似はしないだろう。

 しかし、それで根本的な解決になるとは思えない。

 あの男が素直に諦めてくれればいいが、なんせ自分の姉だと一目で見抜くほどのシスコンだ。

 姉に対する愛情と執着心は並々ならぬものがあると察せられる。


「一番はシオンの気持ちだよな」


 結局のところ、シオンがどうしたいのかが大事だという結論に達する。

 俺にとって、あの男は赤の他人だ。よく知らない人間のために一肌脱いでやろうなんて気持ちは湧かないが、シオンのことは家族だと思っている。だから、俺にできることなら力になってやりたいと思っていた。

 そうなると、どうにかしてシオンの本心を確かめたい。

 とはいえ、自慢じゃないがコミュニケーション能力ゼロの男だ。学生時代もクラスでは目立たない方で、これと言って友人と呼べる相手すらいなかった俺に、他人の相談に乗るスキルがあるはずもない。


「やはり俺の手に余るな。でも、メイドたちもな……」


 俺よりはマシと思うが、こういうことにメイドたちも向いているとは思えない。

 彼女たちは人間のように見えるが人間ではない。ホムンクルスだ。

 だから人間とは違った独自の価値観を持つ。

 そのため、まともなアドバイスができるとは到底おもえなかった。

 そうなると――


「代表団のなかにギャルの姿があったな」


 式典では勇者と同様に姿を見なかったが、代表団のなかにギャルがいたはずだ。

 弟ではないが妹がいることを考えると、今回の件に打って付けの人材だろう。

 それにギャルなら信用できる。この四ヶ月ほど様子を見てきたが、楽園の不利益になるような情報を一切漏らしていないからだ。

 我ながら名案だと思い、


「レミルちょっといいか?」

「はいです?」


 丁度暇そうにしていたレミルに声を掛けるのだった。



  ◆



「やっぱり、そんなに上手くは行かないよね……」


 どうにかしてレギルに会えないかとメイドたちと交渉してみた朝陽だったが、結論を言うと無理だった。

 それもそのはずで、相手は世界一の魔導具メーカー〈トワイライト〉の代表だ。

 本来は会いたいと思っても、アポイントを取ることすら困難な有名人。

 トワイライトに所属する探索者とはいえ、簡単に会えるのなら苦労はなかった。


「一応、伝言は頼んだし待つしかないかな」


 こうなったらレギルから連絡が来るのを待つしかない。

 メイドに伝言を頼んだ以上、無視されるということはないだろうと朝陽は考える。


「反省しているみたいだから大丈夫だとは思うけど総理から頼まれたし、ホテルから離れるのはまずいよね……。夕陽へのお土産はホテルの売店で済ませるしかないかな」


 いまは政府の警護官が一色の部屋を見張ってくれているが、彼等の実力はCランクと言ったところだ。仮にAランクの一色が本気で脱走を図った場合、彼等では止められない可能性の方が高い。そのため、朝陽もホテルから身動きが取れなくなっていた。

 そこまで面倒を見る責任はないのだが、総理から直々に頭を下げられた以上、朝陽としても無碍には出来なかったと言う訳だ。


「他は見たことがないくらい凄いものばかりなのに、この売店だけどうしてこんなにレトロなんだろう……」


 古い温泉旅館で見かける売店と言った感じのレトロなスペースに、朝陽は違和感を覚えて首を傾げる。椎名の趣味嗜好に全力でメイドたちが応えただけなのだが、そんなことなど知る由もない。


「お、〈神槍シェンチアン〉じゃないか」 

「――リューシュアン!?」


 売店でお土産を見ていると、見知った人物に声を掛けられて驚く朝陽。

 中国のSランク探索者、リューシュアン。朝陽が唯一、面識のあるSランクが彼だった。

 月面都市のホテルは受付ロビーや各種レジャー施設をまとめた中央棟の他、六芒星をカタチ取った敷地の中に六つの棟が建てられていて、各国の代表団には別々の棟が割り当てられていた。

 しかし売店があるのは中央棟で、大浴場などの施設も中央棟に集約されている。

 だから顔を合わせるのは不思議なことではないのだが――


「〈戦乙女アサヒ〉を探していたら、まさかこんなところで〈神君あなた〉に会うとは――」

「ん? 誰かと思えば、〈聖女〉様じゃねえか」

「彼女から離れなさい。このあと彼女はわたしと神のことで語らう予定なのです」


 立て続けにSランクと遭遇するという状況に、脳の処理が追い付かず固まる朝陽。

 しかし、それだけでは終わらず畳み掛けるかのように――


「お父様が呼んでいるので一緒にきて欲しいのです!」


 Sランク以上の規格外・・・が朝陽の前に現れるのだった。

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