第43話 一件落着?
「……僕が月面都市のギルドに?」
突然降って湧いたような話に困惑した様子を見せる一色。
無理もないと言った顔で、アレックスは話を続ける。
「できれば、この話を受けて欲しい。
それが何を指しているのか理解できない一色ではなかった。
自分の勝手な行動で式典を中断させたことに関しては深く反省しているからだ。
とはいえ、そんなことが罰になるのだろうかと疑問に思う。
月面都市にギルドができると公表されれば、世界中から希望者が殺到するような気がするからだ。
そんな一色の考えを察して、疑問に答えるかのようにアレックスは話を補足する。
「月面都市のギルドはBランク以上の探索者に限る予定だ。それも各支部の推薦を受けた優秀な探索者にね」
Bランク以上と言えば、探索者のなかでも数パーセントしかいない高ランク探索者だ。ましてやギルドの推薦も必要となると、参加を希望したとしても条件を満たせる探索者は極一部に限られるだろう。
良い手だと一色は考える。
それなら月のギルドに探索者が殺到するリスクを回避できるからだ。
しかし、尚のこと分からないことがあった。
「僕が
あんなことをしでかした後なのだ。ギルドからの推薦が貰えるとは思えない。
それに、やはりこれが罰になっているとは一色には思えなかった。
「推薦なら既にでている。日本政府からの要請でね」
「……政府の?」
「そうだ。それで
話を聞いて更に混乱した様子の一色を見て、アレックスは苦笑する。
無理もないと思ったからだ。自分が同じ立場なら何か裏があると疑っている。
実際、裏がない訳ではなかった。
「最初に言っただろう。
「でも、罰になっていないような気がするんですけど……」
「日本の総理が〈楽園の主〉に言われたそうだ。責任を取らせるなら本人に取らせろとね」
そのため、ギルドのボランティアに参加することが条件だと説明される。
ボランティアの内容は、ギルドの雑務から誰も受けたがらないような安い依頼の処理、治安活動への参加など多岐に渡る。ボランティアに参加するとランクの昇格に必要な
だから軽い罪を犯した探索者へのペナルティとして、よく使われている手なのだ。
(〈楽園の主〉からの提案と言うのが引っ掛かる。たぶんこれは……)
話の筋は通っているように思えるが、これは
楽園の不利益になる行動を取れば、今度こそ始末される。
まだ生かされているのは、姉の――シオンのお陰なのだと一色は理解していた。
なら実質、選択肢はないようなものだ。
「よろしくお願いします」
そう言って、一色は頭を下げるのだった。
◆
「日本政府は楽園に大きな借りができたな」
表向きは一色に対するペナルティということになってはいるが、このことで誰が一番得をしたかと言えば日本政府だとアレックスは考えていた。
一色は問題を起こしたとはいえ、日本を代表する探索者の一人だ。日本最強の探索者として知られ、これまでに多くの犯罪者を捕らえてきた謂わばヒーローのような存在だ。
そんな彼を月面都市のギルドに派遣したとなれば、楽園との関係をアピールするのにこれほど有効な手はない。
経緯はどうあれ、結果がすべて。
日本政府からすれば〈楽園の主〉からの提案は、是が非でも飛びつきたい話だったことが窺える。
「そう言いながら話に一枚噛んでいるキミもやり手だと思うがね」
苦笑を漏らしつつも、大統領はアレックスの手腕を高く評価していた。
ギルドの理事という立場を最大限に利用して、日本政府に恩を売ったのだからやり手と言うほかない。探索者の推薦は各支部に委ねられているが、実際に配属を決めるかの決定権はギルド本部が握っていた。
余程のことがない限りは本部が支部の決定に反対することはないが、一色は問題を起こしている。それも式典を中断させ、楽園に迷惑をかけるという国際的な問題をだ。
それを理由に一色の月面支部への異動を拒否することは不可能ではなかった。
とはいえ、〈楽園の主〉からの提案である以上は結局了承しなくてはならなかっただろうが、それをアレックスは一色への説得を引き受けることで日本政府に助け船をだしたのだ。
貸しと言えるほどのものではないが、恩を売れたことに違いはない。
その上、楽園に対しても協力的なアピールをすることができたのだから言うことのない成果だった。
「しかし、これで楽園と〈勇者〉に何かしらの繋がりがあるのは確実となったな」
「ああ、だが下手に探ろうとするなよ? そんなことは楽園も想定済みだろうしな」
あんなことの後に勇者の話を持ちだせば、関係が疑われることは間違いない。
それを承知の上で〈楽園の主〉は介入した。
となれば監視の意味もあるのだろうが、手元に置くことで各国が一色に手を出し難くしたのだろう。
恐らく鍵となるのは、一色が姉と呼んだメイドだ。
しかし、楽園と〈勇者〉の関係を探るよりは協力した方が得策だとアレックスは考えていた。
「しかし、そうなると支部長の選任が難しくなるな」
「ああ……俺がやれればいいんだが……」
「〈勇者〉の彼はAランクだが、キミはSランクだ。自分の立場を考えてくれ」
本来はAランクでも、おいそれと国外へでる許可は下りない。
Sランクともなれば尚更だ。
今回のことも月面都市の式典に参加するという理由から、特別に許可が下りたに過ぎなかった。
「まあ、代表理事に相談をしてみるさ。
「……回復薬? まさか、
アレックスが手に持った瓶に気付き、驚いた様子を見せる大統領。
エリクサーは欠損部位の快復や古傷を癒すとされる霊薬で、数えられるほどしか発見されていない稀少な魔法のアイテムだ。
それだけに驚くのは無理もないのだが、
「違う。これは
想像の上を行く答えが返ってきて、大統領は呆然と固まるのであった。
◆
無事に総理との話は済んだ。勇者についてだが、月面都市でボランティアをさせることになった。ギルドが責任を持って対応してくれるとのことなので、これで一件落着と言ったところだろう。
あとダンディさんには、いろいろと手間を掛けたこともあって〈万能薬〉を渡しておいた。
ギルドの代表理事が病気だと話に聞いていたからだ。
万能薬は
霊薬よりも稀少な薬には違いないが、俺の〈黄金の蔵〉にはストックが大量に入っているしな。
一本くらい譲ったところで、まったく問題ない。
それよりも――
「いつまで、そうしているつもりだ? シオン」
シオンの方が問題だった。
心ここにあらずと言った様子で溜め息を繰り返し、仕事にも身が入っていない。
大方、自分でもやり過ぎてしまったと反省しているのだろうが、昨日からずっとこの調子なのだ。
偶然とはいえ、俺が止めなかったら姉弟喧嘩で弟を殺していたかもしれないしな。
上手く力を使いこなせていないのが原因ではないかと俺は考えていた。
人間だった頃と違って身体能力や魔力は段違いだろうし、スキルも使えるみたいだしな。
しかも、レミルやユミルたちと同じ〈
力を上手くコントロールできないのも無理はない。
「申し訳ありませんでした。マイスターの手を煩わせてしまい」
「それは別にいい。それよりも、もう少し力の使い方を学んだ方がいいな」
「う……はい。力不足を痛感しています」
とはいえ、シオンは生まれてまだ四ヶ月だ。
前世の記憶があると言っても、まだまだ経験不足。
これから力の使い方は学んでいけば、恐らく大丈夫だろう。
真面目で努力家だし、才能もあるようだしな。
(そういや、スカジはどこに行ったんだ?)
ふと思い出したかのようにスカジの姿を捜してみるが、見当たらない。
いつものように隠れて見守っているのかと思ったのだが……。
まあ、もう式典も終わったことだし、護衛の必要もないしな。
何か別の仕事が入ったのだろうと考え、
「美味いな。これ」
「本当ですか! よろしければ、こちらの饅頭もどうぞ」
シオンの入れてくれた緑茶と温泉饅頭で一服するのだった。
◆
「さすがは主様。上手く
楽園の主の真の狙いに気付かない愚かな人間たちを冷笑するスカジ。
人間たちは〈勇者〉に注目しているが、本当に秘匿されるべきは彼ではない。
朝陽の妹、八重坂夕陽こそが楽園にとって最も重要な人間となっていた。
それもそのはずで、椎名がはじめて取った弟子が夕陽だからだ。
楽園の主の叡智を継承する存在。それはメイドたちにとって重要な意味を持つ。
そもそも朝陽が世間の注目を集めるように誘導したのも、妹の存在を隠すためだった。
その役割を〈勇者〉が果たしてくれるのであれば、これほど都合の良い駒はない。始末してしまうよりは利用価値があると主は判断されるのだろうと、スカジは考えていた。
「主様に免じて
楽園のために弟を切り捨てる覚悟をシオンは見せた。
いまはそれで十分だと、スカジはシオンの覚悟を評価する。
いざと言う時に楽園のために動けるのであれば、何も問題はないからだ。
それに今回の一件で、シオンも気付いたはずだ。
楽園の主の力に、その偉大さに、神の如き叡智に――
それよりも、
「愚か者には
スカジには楽園の〈狩人〉として対応すべき案件が残っていた。
皇帝を自称し、楽園を侮った愚か者への制裁が――
「
楽園に牙を剥いた者の末路を、人間たちに示す必要がある。
それが〈狩人〉の――スカジの仕事であった。
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