第33話 異なる価値観と常識

「そんなところで何をしている?」


 式典当日、支度を調えて部屋の外にでるとスカジが姿を消して隠れていた。

 支度と言っても大層なものではなく、金の意匠が施された黒い外套ローブを服の上から着込んでいるだけのいつもの・・・・錬金術師ファッションだ。俺の正体がバレると面倒なことになるのは明白なので、外部の人間に会うときは〈認識阻害〉が施された外套を身に纏うことにしていた。

 ただ、今回は一点だけ、いつもと違うところがある。それが〈偽装〉のスキルを付与した仮面マスクで目元を隠している点だ。

 スキルによる〈鑑定〉を弾く他、髪の色が灰色グレーに変わるという機能付きで、顔付きも引き締まって若干イケメン・・・・に見えるように調整済みの魔導具の仮面だ。

 決して、元が不細工だからとかじゃないぞ? メイドたちが美人すぎるんだ……。

 綺麗どころの隣に平凡なモブ顔の男が立っていたら目立つだろ? そういうことだ。

 それに理由は他にもある。今回は各国の代表と顔を合わせるのだ。

 さすがにフードを付けたままでは相手に失礼だし、以前ギャルの妹や大入道に外套の〈認識阻害〉を突破されたことがある。フードを目深く被っていて顔までは見られていなかったようだが、何度もそういう幸運があるとは限らないので仮面マスクで目元を隠すことにしたと言う訳だ。


「……さすがは主様ですね」

「視線に気付いただけだ。たいしたことではない」

「いえ、私の隠形を見破れるのは主様だけです」


 そんなことないと思うぞ?

 本当に隠れる気があるのかと思うくらい、熱い視線を向けてくるお前が悪い。

 思わず背筋がゾクリとするような視線だ。あんな視線を向けられたら誰だって気付く。 

 こいつ本当に〈狩人〉の長をちゃんとやれてるのかと不安に感じたくらいだ。

 実際、シオンだって気が付いていると思うぞ。

 な、シオン? おーい、シオンさーん!

 なんか呆けた顔をしているけど、大丈夫か?


「式典の間、主様の警護を担当することになりました。しばらくの間、よろしくお願いします」


 そういうことか。ちゃんと理由を説明してくれれば納得だ。

 護衛が必要かどうかは別として、やはり形式的なものは大事だしな。

 そう考えると緊張してきた。これから各国の代表と会うんだよな?

 でも日本の総理も来ているはずだし、多少は知り合いがいると思うと気が楽か。


「マイスター。そろそろ、お時間です」

「わかった。会場に向かうとしよう」


 まだ正直なところ不安はあるが、ここまできたら腹を括るしかない。

 メイドたちの期待に応えるためにも頑張ろうと、改めて決意を固めるのだった。



  ◆



「あなたは気付けなかったみたいね」


 会場を見渡しながら警備に不備がないかの最終確認をしていると、スカジに声を掛けられてシオンは振り返る。露天風呂の時もそうだったが、声を掛けられるまでスカジの存在にまったく気付くことができなかった。

 しかし、


「マイスターは気付かれた……」


 情けなさと悔しさのまじった複雑な表情を見せるシオン。

 仮に潜んでいるのが刺客であった場合、主の身を危険に晒していたかもしれないのだ。

 実力不足を痛感し、シオンが自分を責めるのも無理はない。


「レギルでも気付かないのだから、あなたが気付かないのも当然よ。ユミルでも無理ね。まあ、認識できなくても対応・・してくるでしょうけど……」


 だが、スカジの考えは違っていた。

 そもそも〈原初〉の名を持つ他の五人ですら、スカジが本気で隠れれば気付くことは難しい。ユミルであれば見えなくても対応してくる可能性はあるが、スカジが何かしらの行動を起こさなければ察知することは難しいだろう。

 そう言う意味で、自分たちの主は特別なのだとスカジは考えていた。


「前から少し気になっていたのですが、〈原初〉の方々に上下関係はないのですか? ユミル姉様のことも敬称なしで呼ばれていますし……」

「おかしなことを気にするのね……。それも人間の感性なのかしら?」


 想定と違った返しをされ、どこか気の抜けた表情を見せるスカジ。

 てっきり権能スキルのことを尋ねられると思っていたからだ。

 しかし、ここに椎名がいたら真面目なシオンらしい疑問だと苦笑していただろう。


「ないわね。立場の違いはあるけど、それだけね。私たちは等しく主様の所有物なのだから、そこに優劣をつける意味はないでしょ?」


 自分たちは道具・・なのだと、はっきりと断言するスカジ。

 ホムンクルスは人間のように見えるがではない。

 創造主によって肉の器を与えられ、魂を吹き込まれた人形だ。

 人形との違いは人間のように意志を持ち、感情を宿していると言うこと――

 しかし、それでも道具・・であることに変わりは無い。


「あなたもそうよ。主様がお作りになった特別・・なホムンクルス。あなたのその身体も、血も、魂に至るまで存在すべてが主様の所有物。そこのところをちゃんと理解しているのかしら?」

「……理解しているつもりです」


 少し逡巡しながら答えるシオンに、スカジは双眸を細める。

 他のメイドであれば、迷いなく答えるはずだからだ。

 それができないと言うことは、人間であった頃の価値観や常識に引っ張られているのだと分かる。

 南雲詩音についての調査はもう粗方終わっていた。

 どこかの組織や国家との繋がりはなく、家族構成や人間性にも特別なにか問題を抱えていると言った点は見受けられない。むしろ周囲からの評価は高く社交的で多くの人たちから慕われていて、生前の彼女は優秀な人間であったことが窺える調査結果だった。

 これだけであれば、何一つ問題がない。問題はないのだが、問題がなさすぎることが問題だとスカジは感じていた。ただ粗探しをしている訳ではない。ようするに彼女は善人・・過ぎるのだ。

 正しい価値観や常識を持ち合わせ、人間として見れば文句の付け所がない。しかし、その価値観や常識はあくまで人間から見たもので、楽園の価値観や常識とは当て嵌まらない。

 だからこそ、スカジは必要性・・・を感じていた。この先、シオンが楽園のメイドとして生きていくには、その価値観や常識を一旦壊す・・必要があると――

 もうシオンは生前の暮らしに戻ることはできない。

 生まれ変わった以上は、楽園のメイドとして生きていくしかないからだ。

 だから――


「あなたが楽園のメイドとして正しい・・・対応を取ることを期待しているわ」


 そう言って薄く微笑むのだった。



  ◆



 式典は月面都市の中央に建つ〈政庁〉で開かれるそうだ。

 オリハルコンやミスリルを使ったとかいう一際大きな建物だ。視察の時に見て思ったが、言葉を失うくらい贅沢な意匠を施した建物だった。

 日本人に分かり易く例えると金閣寺にイメージが近いかもしれない。勿論、見た目は全然ちがっていて西洋の大聖堂に近い厳かな建物なのだが、ミスリルやオリハルコンと言った稀少金属を建造物に使うという発想が、建物に金箔を施す感覚に近いのだ。

 はっきりに言うと、余り趣味がよくない。俺の好みでないことは言っておく。

 メイドたちがやりきったと言う表情をしていたので、敢えて突っ込まなかったけど……。


「マスター、こちらの席へどうぞ」

「ああ……」


 ユミルに案内された場所は楽園にある玉座の間のような場所だった。

 これまたオリハルコンで造られた豪奢な椅子が置かれていて、そこに座るようにと促される。既に〈原初〉の名を持つ他の五人を始め、シオンやレミルも待機していた。

 こういう催しに参加したことがないのでよく分からないのだが、いまはこんな感じなのか?

 壁際にメイドたちが待機しているのは恐らくは警備のためだと思うけど、なにやら物々しい雰囲気を感じる。メイドたちもはじめてのことで緊張しているのかもしれないなと考えていると、各国の代表と思しき団体が会場に姿を見せた。


「そ、総理。こ、これは……」

「あ、ああ……私たちは夢を見ているのか?」


 重々しい空気で顔が強張っているような……考えすぎか。

 恐らくは彼等もメイドたちと一緒で緊張しているのだろう。

 一国を代表するような人たちでも緊張するのだと思うと、少し気持ちが楽になる。


「――姉さん!」


 覚悟が決まったところで席を立ち、挨拶をしようとした、その時だった。

 若い男の声が会場に響き渡ったのは――

 何事かと思い、声のした方に視線を向けると、


(あいつは確か……)


 そこには以前、助けた真っ裸の男がいた。

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