第28話 魔王の権能

 これ、夢だよな? もしかして、スキルの範囲内にいたから俺も取り込まれた?

 あのバカ娘……戦闘に集中しすぎて、こっちのことを完全に忘れてたな。

 こうなってしまってはスキルが解除されるのを待つしかない。


「……この音、派手にやってるな」


 先程から爆音が鳴り響いている。

 取り敢えず巻き込まれないように周囲の状況を把握するかと、手頃なビルの屋上に跳び上がる・・・・・

 高さ百メートル以上はありそうなビルだが〈重力制御〉のスキルが付与された魔導具のブーツと〈身体強化〉の腕輪を装備している俺からすれば、このくらいは造作もない。


「夢の中で正解だったな」


 街の至るところから爆煙が上がっているのを確認して、ここが現実世界でなくてよかったと本当に思う。

 このまま、ここで待つかと〈鷹の目〉を飛ばして観戦モードに入っていると、視界に人影のようなものが飛び込んできた。ここはオロチの精神世界のはずだ。人間がいるとは思えないのだが、念のため確認してみる。

 ……女の人? 長い黒髪の女性がじっとこちらを見て、佇んでいた。


「はじめまして――〈楽園の主〉様」


 気になって近付いて見ると、セーラー服姿の女子高生がいた。

 スカートの裾を両手で摘まみ、お辞儀をしながら挨拶をする様が自然と嵌まっている。慣れていなければ、ぎこちなさが目立つところだが、それが一切ないあたり良いところのお嬢様なのだろう。

 しかし、どうして俺のことを知っているのかと訝しむ。


「私は南雲なぐも詩音しおんと申します。いえ、正確には南雲詩音であった存在モノと言った方が正解なのだと思います……」


 例えが分かり難いが、幽霊みたいなものってことか。

 どうして女子高生の幽霊がオロチの精神世界にいるのかは分からないが、もしかするとモンスターに殺された人の残留思念なのかもしれない。

 ちなみに幽霊や魂の存在は、科学は無理でも魔法なら証明が可能だ。実際に錬金術でも霊や魂に関する研究は行われていて、ホムンクルスたちがその研究成果の一つと言っても良いだろう。

 だから俺も幽霊の実在を疑っていないし、実際に魂の研究を行ってきた。

 勿論、人道に反するような実験はしていないが、その研究の果てに生まれたのがレミルだ。

 魂を宿したホムンクルス。生命の創造は錬金術の一つの到達点と言っていい。


「このような自己紹介は不要ですよね。すべてを察し、この世界にまでやってきた〈楽園の主あなた〉なら……」 


 いや、ただ巻き込まれただけですが?

 

精神世界ここから見ていたので状況は理解しています。あなたが〝魔核〟を回収するために、敢えてこの世界へやってきたと言うことも……その上で、お願いがあります。魔核は差し上げます。私はどうなってもいい。だから弟を、弟だけは助けて頂けませんか?」


 魔核? 魔石じゃなくて?

 何を言っているのか理解できないが、必死さは伝わってくる。

 恐らくこの願いが彼女の未練となっているのだろう。


「いいだろう。その願い聞き届けた」

 

 となれば、答えなんて決まっている。

 こんなところに囚われているのは何か事情があるのだろうが、これで未練を晴らして成仏して欲しい。


「ありがとうございます。やはり、あなたは私の思った通りの方でした」


 そう言って笑みを浮かべると、黒髪の女子高生は俺の前から姿を消すのだった。



  ◆



 同じ探索者の仲間に殺されて命を落としたはずの詩音は――気付けばダンジョンの深層で目覚めていた。どうして自分がそんなところで目を覚ましたのかは分からなかったが、自分の身に起きたことだけは理解できた。全長八メートルほどの蛇の姿・・・に変わっていたからだ。

 自分の意識がモンスターに乗り移ったのか?

 それともダンジョンで死んでモンスターに生まれ変わったのか?

 何も分からなかったが、この姿で生きていくしかないと言うことだけは理解できた。

 楽園のことを知っていたのは、遠巻きに〈楽園の主〉の姿を見たことがあるからだ。最初は助けを求めようかと考えたこともあった。しかし、モンスターの姿で近付いても警戒され、最悪の場合は殺されるだけだ。せめて言葉を発することが出来れば自分が元は人間だと説明が出来たかもしれないが、それも叶わなかった。


「くッ! みんな逃げるんだ。ここは僕が――」

「ダメ! 南雲さん、避けて――」


 そんな、ある日のことだ。

 ベヒモスに襲われている探索者たちの姿を目撃したのは――

 人間であった頃の記憶が頭を過ったが、自分にはもう関係のないことだとやり過ごすことも出来た。でも、それが出来なかったのは――探索者たちのなかに〝弟〟の姿を見つけてしまったからだった。

 このままでは弟が殺される。そう思った詩音は自分が蛇の姿であることも忘れて走った。弟を助けたいという気持ちが、まだ彼女の中に僅かに残っていた人としての感情を呼び起こし、突き動かしたのだ。


 ――しかし、間に合わなかった。


 辿り着いた時には遅く、詩音の弟はベヒモスの一撃を受けて絶命していたのだ。

 血の海の中で横たわる弟の姿を目にした時、詩音は絶望し、願った・・・


 ――誰でもいい。弟を助けて欲しい、と


 そして、その願いは聞き届けられた。

 詩音の中で眠っていた〈魔核ディアボロスコア〉が覚醒し、魔王の力・・・・に目覚めたのだ。

 しかし、目覚めたばかりの魔王の力では完全な蘇生は難しかった。

 その結果、弟を人間でもモンスターでもない不完全な異形の姿へと変えてしまったと言う訳だ。

 そのあとのことは知っての通りだ。

 詩音の絶望・・と〈勇者〉が心の奥底で抱き続けてきた憎悪・・が〈魔核〉によって増幅され、ヤマタノオロチという化け物を誕生させた。

 あの場に〈楽園の主〉が現れなかったら、取り返しの付かない事態へと至っていただろう。

 でも、いまは――


「ありがとう、優しい錬金術師さん」


 レミルによってヤマタノオロチが倒されたことを感じ取った詩音は、最後の力をふりしぼって自分の胸から心臓・・を抜き出す。

 弟の命を救うために魔核・・を〈楽園の主〉に捧げることを契約やくそくしたからだ。


「ごめんね。いっくん……」


 世界が音を立てて崩壊していく中、詩音は最後まで弟のために祈り・・を捧げ続けるのだった。



  ◆



 どうやら現実世界に帰ってきたらしい。


「終わったな」


 どれだけ傷つけても再生していたオロチの身体が崩れ落ちていく。

 レミルのスキルに物理的な攻撃力はないが、精神の死は肉体の死へと繋がる。

 使い方次第では、どんな相手でも殺すことが出来、どんな願いユメでも叶えることが可能な反則級のスキルだ。

 再生能力が高いだけのモンスターが抗える道理はない。


「これで決着か。あとは……」


 深層のモンスターが一向に現れないと言うことは、作戦は成功したのだろう。

 あとはユミルが深層のモンスターを片付けてくれれば、すべて解決する。

 となれば、もう俺のやるべきことはない。どれほどの数がいようともユミルがモンスターに負けることなど、万が一にもありえない・・・・・と分かっているからだ。楽園に戻る頃には、すべて解決しているだろう。


「……は?」


 もうここでやることはないと、レミルに声をかけて帰ろうとしたところでそれ・・に気付く。

 黒い輝きを放つ魔石のようなものが俺の手に握られていたのだ。

 まったく身に覚えのないものを見つけて目を丸くする。しかし、


「あ……」


 ふと幽霊の女子高生が言っていた〈魔核〉のことが頭を過る。

 これが〈魔核〉なのだろうか?

 そう言えば、レミルのスキルは夢の世界で起きたことを現実に反映する力があるんだった。ということは、幽霊の女子高生に渡された魔核を現実世界に持って帰ってきたと言う解釈で良いのだろうか?


「なんとなく見覚えのある石だが……」


 思い出せない。

 どうしたものかと悩んでいると、また面倒臭そうなものを見つけてしまった。


「マジか……」


 オロチが光の粒子となって消えた場所に、真っ裸の男が倒れていたのだ。

 黒髪から察するに日本人のようだが、探索者なのだろうか?

 もしかして人型のモンスターの正体?

 いや、どう見てもモンスターではなく人間だよな。

 そこでまた幽霊と交わした約束を思い出す。弟を助けてくれとか言っていた記憶があるけど、もしかして――

 ……ありえない話ではない。

 でも、これピクリとも動かないし、もう死んでるよな?


「お父様、終わったです。どうかしたですか?」


 どうかしたも何も……見つけてしまった以上は仕方がないか。

 俺は約束を守る男だ。


「助かるかどうかは、この男次第だが……」


 夢での出来事とはいえ、一度交わした約束を反故にするつもりはない。

 一本の杖を〈黄金の蔵〉から取り出す。〈アスクレピオスの杖〉と言って〈蘇生〉のスキルが付与された使い捨て・・・・の魔導具だ。貴重な素材を使っているため余り数の作れないものだが、約束をしてしまった以上は仕方がない。

 杖を掲げると、男の身体が黄金色に輝き始める。


「……上手くいったようだな」


 どうやら蘇生が成功したようで、身体に活力が戻っていくのが見て取れた。

 これなら誰かが見つけて回収してくれるだろうと考え、


「帰るぞ。これ以上、厄介事に巻き込まれる前にな」

「はいです!」


 俺とレミルは裸の男をその場に残して離脱するのだった。



  ◆



 レミルがオロチと戦闘を繰り広げている頃、月面・・にユミルの姿があった。

 深層のモンスターが群れとなってひしめき合う光景を、空中から見下ろすユミル。

 モンスターを〈帰還の水晶リターンクリスタル〉で転移させた先とは、月のダンジョンの入り口だった。

 月面であれば、人間の街に被害が及ぶ心配もない。尚且つ、ユミルが全力・・をだせる場所と言うことで、ここが選ばれたのだ。とはいえ、深層のモンスター程度に全力をだすつもりは最初からユミルにはなかった。


「この程度の数であれば、右手だけ・・・・で問題ありませんね」


 ユミルは右手一本分の魔力を解放する。

 首相官邸で使用した魔力は指一本分だけ。それでもAランクの探索者を圧倒できるだけの力があった。

 仮に全力をだせば、月をしてしまう可能性がある。

 だからこそ、加減が必要だった。主の領土もちものを傷つけないためにも――


昏き終焉の光ラグナレク・ロア――」


 能力の名を口にした瞬間、ユミルの右腕から黄昏の光が放たれる。

 世界を彩る黄金の輝きが月面を満たし、モンスターを呑み込んでいく。

 終焉とはじまりを告げる力。

 それが、ユミルの魔王の権能ディアボロスキル――灰を纏いし原初の魔王グレイ・オリジン。 

 一瞬だった。

 万を超える深層のモンスターが一瞬にして、断末魔を上げる間もなく消滅する。


白き再生の光ユグドラシル・リヴァイブ


 滅びのあとに待つのは再生・・の時間。

 ユミルの権能によって分解されたモンスターの魔力が、失われた時間を巻き戻すかのように月に生命を吹き込む。

  

「月から見る地球は綺麗ですね。いつか、あの星もマスターに捧げたい」


 この大地のように――

 そう話すユミルの眼下には、緑に覆われた月の大地が広がっていた。


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